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24-70 トオル
「そうやっけ、俺憶 えてへん。ごめんなあ。トシ食うてて忘 れっぽいねん」
そう言うて、ものすご済 まなさそうに謝 ったのに、起きあがろうとした竜太郎 を、どーん、てまた転 かしてた。
そして、あれえ、またやってもうたわあって、怜司 兄 さんは笑ってたけど、どうもそういうの、この人らには日常茶飯事 らしいで。
怜司 兄 さん、気に入った子は、優 しくいじめちゃう人らしいねんで。
「もおっ、やめてくれ! 耳に水入ったら中耳炎 になるかもしれへんやん!」
ほんまに耳に水入ったらしい、竜太郎 は怒 って、自分の耳を指でごそごそしてた。
「ならへんよ、中耳炎 なんて。お前は神仙 の類 なんやで、丈夫 やしな、はしかも二時間くらいで治ったんやで。一瞬 やないか。そやのに姐 さん、竜太郎 が死ぬって大騒 ぎして、鏡 や榊 まで持ち出してきて神頼 みはするし、友達 の坊 さんに加持 祈祷 は頼 むし、えっらい騒 ぎやったんやで。過保護 やなあ」
医者やないんや、蔦子 さん。そのへんがズレてる。普通 のおかんと。
「そんなん知らんもん……」
竜太郎 はブチブチ言うてた。
「知らんやろ。三歳 くらいやったんとちゃうか。俺も意味なく喚 ばれて、坊 さん来た時にはもう竜太郎 ぴんびんしとって気まずすぎるから、坊主 の大好物 のケーキ買 うてこい言われてな、芦屋 のアンリシャルパンティエにケーキと、お持たせ用の焼 き菓子 詰 め合 わせセット買いにいかされた。忘 れもしいひん、仕事の打ち上げパーティーで、ものっすごイケてる男つかまえて、さあホテル行くかていう瞬間 に電話かかってきて、泣く泣くキャンセルしたんやった」
めっちゃ記憶力 ええやん。全然忘 れっぽくないやん。未 だにその時の悔 しさを、パリッパリに新鮮 なままで、心に保存 してるみたいに見えるけど、怜司 兄 さん。
「俺もそれくらい、お前のこと大事に思うてるんや、竜太郎 。蔦子 さんも、お前のこと大事にしてる。そやからお前も、もっと自分のこと大事にせなあかん」
「そんなん怜司 に言われたくない。お前ほど自分を大事にしてへん奴 はおらんて、お母 ちゃんいつも言うてた。啓太 も言うてた。信太 も言うてた」
「痛 っ。なんて痛 い餓鬼 や、お前は。ここは感動せなあかんところやろう」
本気で痛 いみたいに、朧 は中一にダメ出ししていた。
「ほんなら俺もこれからは自分を大事にするしな、お前もそうしろ。蔦子 姐 さん泣かすようなこと、しいひんて約束してくれ。俺はもう、行かなあかんねん。本家 の式(しき)になったから」
あばよ竜太郎 、そんな口調で、湊川 怜司 は中一に別れを告 げた。
海道家 を出て、アキちゃんとこに来るって、こんな餓鬼 にも挨拶 してやるらしい。案外 きっちりした人ですよ、怜司 兄 さんは。
「う……嘘 や! なんでみんな行ってしまうの。信太 も行くって言うてた。僕も行きたい、一緒 にアキ兄 んとこ行きたいよ」
「みんなって、俺と信太 だけやで。啓 もおるしな、他は皆 おるねんで。会いたい時には来たらええやん。京都なんて、すぐそこやで。結界 あって入られへん訳 やないやろ。お前ももう中学生なんやし、ひとりで阪急電車 かJR乗って、びゅーって来たらええねんで? 俺が迎 えにいったるやん」
にこにこ中一をなだめてる怜司 兄 さんが、ありえへん未来の話をしている気がして、俺は相当 、切なくなってた。
そんな未来やったらええのに。またこの先も、普通 に京都の出町 の家で、のんびりだらだら暮 らしてて、そこへ気が向いたら竜太郎 も来てええわ。
毎日は困 るけど、たまーにやったら、来てええわ。お前にも、うちでカレーを食 わしてやってもええよ。
そこで、アキちゃんと俺と、そして水煙 と、瑞希 ちゃんと、怜司 兄さんと……って、えっらい増 えたな。何人チームや。
五人やで。戦隊 モノか! チーム戦隊 、アキちゃんと愉快 な神さまズやで。
どういう状況 やねん、アホみたい!
それでもいい。アキちゃん死んでもうて、みんな散 り散 り、どないなってまうんか分からんよりは、ずっといい。
そんな未来にしてくれ、神様。どの神様でもいい。俺でもええけど、どうすればそうできるのか、今はまだ見えへん。
でも、そう。怜司 兄さん言うてるように、諦 めたらあかん。どこかに突破口 はあるって信じて、それを支 えに突 き進 むしかない。
「アキ兄 、死ぬの? 死ぬんかなあ?」
竜太郎 は急に、ふにゃあっと泣いた。蔦子 さんはそれに、びっくり仰天 していた。
もしかして、息子 が泣くとこ、見たことないのん?
なかったんかもしれへん。こいつ泣くとき、実はいつも、朧 様の胸 をお借りしていたんやないか。
なんかそんな、泣き方やったで。こまっしゃくれた竜太郎 が、うええんて泣いて、潮水 でびっしょびしょのまま怜司 兄 さんに抱 きついてるのを見てると、これが初回というような、遠慮 のある体当たり具合 ではなかった。
「ああもう、よしよし。死んでもかまへん、こんな男なんか。お前にはもっと上手 な相手がふさわしいよ」
何の話や、朧 様。アキちゃん、リアクションできんで固 まってもうてるで。
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