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24-71 トオル

「それに俺の()きやった男も。海神(わだつみ)の、()(にえ)なって死んだけど、けろっと(もど)ってきてるらしいしな。心配いらへん。また会えるから。ぴいぴい泣くな。そして俺のお気に入りのパンツに、(なみだ)()みをつけるな。なんでお前は俺がシルクとか、(あさ)とか着てる時に(かぎ)って泣きついてきて、鼻水()らして、二度と落ちひん()みをつけるんや」  そう言うて背中(せなか)()でてもろて、ひんひん泣きつつ、竜太郎(りゅうたろう)(おぼろ)に、ごめんなさいと言うた。服がそんなに大事か、(おぼろ)様。  よかったなアキちゃんのシャツ()りてる時で。これが暁彦(あきひこ)様のシャツ着たまんまやったら、実は竜太郎(りゅうたろう)(きたな)い、()れる、とか言うて、海にポイ()てされてたんちゃうか。  それぐらいやるで、怜司(れいじ)(にい)さん、ほんまにイカレてもうてんのやから。 「泣いたらあかんねん、竜太郎(りゅうたろう)余計(よけい)悲しくなってくるやろ? (わろ)たほうがええねん、こう、にっこり……」  まだまだ泣いてる竜太郎(りゅうたろう)のほっぺたを(つか)んで、(おぼろ)はぎゅううっと強制(きょうせい)スマイル化しようとしていた。でも、どう見ても、ただの変な顔やった。 「(いた)いよう……」  泣きながら言うてる竜太郎(りゅうたろう)の顔を見て、蔦子(つたこ)さんが、ウッと(こた)えた()き方をした。笑いツボ入ったらしい。  おばちゃま来てます、爆笑(ばくしょう)来てます。せやけどあんたが今いちばん、(わろ)うたらあかん人やで、たぶん。 「そうそう。福笑(ふくわら)い。(ねえ)さんも、楽しく(わろ)て生きていってね」  やめてよう言うてる竜太郎(りゅうたろう)の顔を、容赦(ようしゃ)なくむにむにしてやりながら、(おぼろ)様はにやにや笑って蔦子(つたこ)さんに挨拶(あいさつ)をした。 「まるで(なが)のお別れみたいやわ」  ひいひい笑い()みつつ、蔦子(つたこ)さんは(そで)(なみだ)(ぬぐ)うて言うた。 「それは時と場合によりけりや。信太(しんた)()(そこ)ないやて言うんやったら、俺もそうやしな。俺は俺で、自分の因縁(いんねん)出会(でお)うたんかもしれへん。今度こそ、付き()うてみるわ、水底(みなそこ)へ……七十年ぐらい(おそ)かったけどな」  煙草(たばこ)(くわ)えて、(おぼろ)様は、にやあっと笑った。  満足(まんぞく)そうな()みやったけど、それは言い終えて、また()かした(けむり)の味が、美味(うま)かっただけかもしれへん。 「後悔(こうかい)の、なきように。せやけど、どうかご無事(ぶじ)で、お(もど)りやす。あんたはまだ、幸せにはなっていない。本家(ほんけ)(ぼん)も……(ほか)(みな)さんも」  そう言う蔦子(つたこ)さんは、心配げな目で、太刀(たち)になった水煙(すいえん)を見つめていた。  水煙(すいえん)はもちろん、なんにも返事(へんじ)せえへんかったよ。ただの太刀(たち)やし、(もの)は口きかへん。それが普通(ふつう)で当たり前。そんな態度(たいど)で、また、だまんりや。 「(ぼん)余計(よけい)なことかもしれへんのどすけど、アキちゃんは出征(しゅっせい)する前、ウチにこう(たの)んだんえ。お前が予知(よち)したものを、俺にも見せてくれって。いざという時、()(みだ)さんように、どういうもんか見ておきたいと」  しかし、もしも見てもうたらそれが、現実(げんじつ)に起きるものやと思えてくるやろう。  信じないで()(とお)したいのやったら、()えて見ることはないと、蔦子(つたこ)さんはアキちゃんに選ばせた。  見ないって言うかと、俺は思うてた。アキちゃんは信じてへんのやって。  でも実は、信じてたらしい。それは予感(よかん)というか、アキちゃんの血の中にもある、蔦子(つたこ)さんと同じ血の力なんかもしれへん。  竜太郎(りゅうたろう)には、信じてへんと言うたけど、アキちゃんは蔦子(つたこ)さんや竜太郎(りゅうたろう)()るう力が、ほんまにあるとは分かってた。  秋津(あきつ)のおかんが()いを()うてやった田んぼが豊作(ほうさく)になり、(いわ)ってやった会社が一部上場(いちぶじょうじょう)する。それがただの偶然(ぐうぜん)やないことは、アキちゃんは経験的(けいけんてき)に実感してたし、それに海道家(かいどうけ)母子(おやこ)に強い霊力(れいりょく)があることは、巫覡(ふげき)どうしのフィーリングで分かってたらしい。  せやし、その予知(よち)された運命からは()げられへん。覚悟(かくご)を決めるしかない。それは自分が確実(かくじつ)に、(はし)()ける未来や。  デッドエンドか、どんでん返しか、それはよう、分からんけども……。  いいや。もちろん、奇跡(きせき)のどんでん返しやな。  チーム秋津(あきつ)の物語に、デッドエンドの文字はない。  なぜなら俺らは不死系(アンデッド)やからな、マジで不滅(ふめつ)のスーパーヒーローなんやで。  しかも神やで、神様レベル。それが五人も(たば)になってかかってやで、なんで(むな)しい死にオチやねん。ありえへん。絶対(ぜったい)ハッピーエンドやからな。安心してくれ。  せやけど問題は、どうすりゃハッピーエンドに持って行けるか、俺がまったく見当(けんとう)ついてへんて事ですよ。(とおる)ちゃん、この物語のヒロインやのに。どないしよ?  蔦子(つたこ)さんは元の部屋(へや)(もど)り、(しき)に命じて椅子(いす)をとっぱらわせて、コーヒーテーブルにでかい水晶玉(すいしょうだま)を置かせた。  それは祖先(そせん)伝来(でんらい)(しな)のひとつで、元はどこか大陸のほうで()れた、巨大(きょだい)結晶(けっしょう)から(けず)()されたモンやという事やった。  (かがみ)とか、水鏡(みずかがみ)でもええらしいけど、蔦子(つたこ)さんは水晶(すいしょう)相性(あいしょう)がええらしく、人にも見せてやるときは、その水晶玉(すいしょうだま)を使っているらしい。  今回、自分では(うらな)いせえへんつもりやったけど、一応(いちおう)持ってきたんやって。  何となくの、虫の知らせで、お守り代わりに持ってきた。  そしてそれを、結局(けっきょく)使うことになった。竜太郎(りゅうたろう)には、自分が()たモンを、他人にも見せてやる能力(のうりょく)はなかったからや。

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