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24-72 トオル

 蔦子(つたこ)さんはたぶん、無意識(むいしき)に、いろいろ予知(よち)してもうてんのやろ。  予知(よち)能力(のうりょく)がダダ()れや。どこまでが予想(よそう)で、どっからが予知(よち)か、蔦子(つたこ)おばちゃまには分かってへん。  この人も、因果(いんが)性分(しょうぶん)なんやで。悪い予感に()(まわ)されて、心配ばっかりしてるおかんで、息子(むすこ)にはあれこれ口うるさく言うてまうらしい。  でも、そんなん、どのおかんでも同じかな。俺はおかんが()らんから、分からんのやけど、秋津(あきつ)のおかんもそんな感じやもんな。  って、あの人全然、普通(ふつう)やないから、全く参考にならへんか。  (みんな)のお母さんてどんな人? 神通力(じんつうりき)があるか。(おに)か。口うるさいか。まあ、そんなもんやで、おかんなんて。それが愛情(あいじょう)表現(ひょうげん)やねん。あきらめろ。 「(ぼん)、大して長いもんやおへん。しっかり見といておくれやす」  念押(ねんお)しをして、蔦子(つたこ)さんは水晶玉(すいしょうだま)と向き合い、(ゆか)の上に(じか)(すわ)っていた。  そうして深々(ふかぶか)と首()れて(いの)姿(すがた)は、ほんまに古代の巫女(みこ)さんみたい。  ゆらゆら()れて、それから蔦子(つたこ)さんは、かくんと(ねむ)りに落ちるように、神懸(かみが)かりした。  たぶん今、(たましい)だけが、どこかよそへ行っている。たぶん時の流れの先のほうへと、まっしぐらに泳いでる。  そして蔦子(つたこ)さんの(れい)が見たものが、水晶(すいしょう)玉の中に(うつ)()されていた。  暗い暗い洞穴(どうけつ)の中を泳いでいくような、()(かげ)水晶玉(すいしょうだま)の中に()し、やがその中に、(はじ)けるように明るい、現実(げんじつ)世界の光景が(うつ)()された。  でもそれは、明るいというにはほど遠い、(おそ)ろしい光景で、ただ(まぶ)しいくらいに赤い夕焼けの色が、晴天(せいてん)のまま終わろうとしている落日(らくじつ)の海に、美しく()()えている。  その水平線(すいへいせん)が、ものすごい高さでふくれあがるのが、映画(えいが)かテレビのCGみたいに、水晶玉(すいしょうだま)の中に(あらわ)れた。  映画(えいが)やなんかで、すごい映像(えいぞう)見慣(みな)れてるせいか、それ自体にすごい衝撃(しょうげき)はなかった。  ()()がった海が、ものすごい速さで()()せてくる。神戸(こうべ)の街に向かって。  それを待ち受ける、見覚えのある場所に、アキちゃんがいた。  道場(どうじょう)で着るような、紺色(こんいろ)道着(どうぎ)を着ていた。  中突堤(なかとってい)やった。  船に(ほね)が出た言うて、怜司(れいじ)兄さんに()ばれ、俺とアキちゃんと神楽(かぐら)(よう)が、(ほね)退治(たいじ)にかけつけたところや。  赤い鉄骨(てっこつ)のポートタワーがあって、その(ふもと)にあるKiss FM(キス・エフエム)が、怜司(れいじ)兄さんの仕事場のひとつやった。  昔、藤堂(とうどう)さんが働いていた白いホテルが、突堤(とってい)の先に見えていた。  夕日が綺麗(きれい)で、アキちゃんはまるで、ちょっとその美観(びかん)(なが)めに来ましたみたいに、静かに立ってるだけやった。  その手には太刀(たち)のままの水煙(すいえん)が、(にぎ)られていた。  そして俺も、瑞希(みずき)ちゃんも、怜司(れいじ)兄さんもそこにいて、(ほか)には(だれ)()らんかった。  何でか知らん、チーム秋津(あきつ)孤独(こどく)な戦いみたいになってる。  それでも俺は、ほっとした。その時も俺とアキちゃんが、ちゃんと一緒(いっしょ)にいてるみたいで。  水晶玉(すいしょうだま)の中の絵は、その次の瞬間(しゅんかん)にはもう、波に()まれる中突堤(なかとってい)映像(えいぞう)になっていた。  俺も()まれたやろう。アキちゃんも。神戸(こうべ)()まれた。  信じられへんような、どでかい津波(つなみ)に。  そして囂々(ごうごう)と、海が渦巻(うずま)き、その果てに(あらわ)れた、一(ひき)(りゅう)を俺は見た。  ものすごいデカさやった。ところどころ灰色(はいいろ)と、白みを帯びた青い(うろこ)は、まるで波打つ海そのものの色合いで、うっかりすると、海の中に(りゅう)がいてるのを、見落としてしまいそうなくらいやった。  海神(わだつみ)や。それが(りゅう)の形をとって、人界(じんかい)姿(すがた)(あらわ)していた。  これを(たお)そうなんて、考えるだけアホや。  大体において、神や怪異(かいい)力量(りきりょう)は、デカさになって(あらわ)れる。  小さい豆粒(まめつぶ)みたいな姿(すがた)化身(けしん)することも可能(かのう)可能(かのう)やけど、もともと大した規模(きぼ)やないやつが、どでかい姿(すがた)に化けるのは無理。それは本当に力のあるのでないと、山が動き、海が動くようなサイズにはなられへん。  その巨大(きょだい)海龍(かいりゅう)は、そのサイズによって、自分がとれほどの猛烈(もうれつ)な力を持った神であるかを、如実(にょじつ)に物語っていた。  これはもう、(いの)るしかない。  どうか、お(しず)まりください。(なご)んでください。()(にえ)()るなら、差し上げますので、どうか神戸(こうべ)を食らうのだけは、ご勘弁(かんべん)くださいと、アキちゃんは(いの)るしかない。  もしも戦ったら、どえらいことになる。  戦ったところで、勝ち目はないけど、この(りゅう)がもし、神戸(こうべ)の街で(あば)れたら、『ゴジラVSモスラ』みたいな事になる。『ウルトラマン』でもええけど。結局神戸(こうべ)壊滅(かいめつ)してしまうやろう。  なんとかして、海岸線で食い止めへんかったら、何もかもが元の木阿弥(もくあみ)。波に()まれた俺らは全員、死に(ぞん)で、なんのために命取られたか、わからんようになる。  アキちゃんなんて、ただの水死(すいし)した気の毒な人になる。  それは()けたい。  たぶん俺らは、あの(りゅう)を、上陸させずに食い止めるために、あの突堤(とってい)で待っていたんやろう。  そして。それから。どうなったのか。  波は、退(しりぞ)いていった。それこそ架空(かくう)映像(えいぞう)みたいやった。  ()()せかけてた大津波(おおつなみ)が、途中(とちゅう)でぴたりと止まり、やがてするする()(もど)るみたいに、海へと帰っていく。  そしてでっかい水柱が、どかんと海から立ち上がり、まるで一(ぴき)(りゅう)のように、(はげ)しく波打ちながら、天へと(のぼ)っていくのが見えた。

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