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24-73 トオル
そうして、しいんと静まりかえった中突堤 には、もう、誰 もおらへん。
アキちゃんも俺も、水煙 も、瑞希 ちゃんも、怜司 兄さんも。
人 っ子一人 おらんようになっていて、海がキラキラ夕日に照 り映 えて、すごく綺麗 で。
そして、THE END 。
それっきりやった。蔦子 さんが視 たものはな。
竜太郎 が視 たものも、そうやったらしい。それが自分が視 たモンと、寸分 違 わんことに、竜太郎 はため息をついていた。無念 の息らしかった。
全身びっしょり濡 れていたはずの、竜太郎 の斎服 は、あっというまに時の水が揮発 してもうて、すっかり元通り乾 いてた。
どことなく、ぷうんと例 の、ポカリスエット的な匂 いがするだけで、海水みたいに、塩が残るわけではないらしい。時の残滓 はなんもなし。
蔦子 さんは、不意 に戻 って、ぷはあと息継 ぎするような、深い息をついた。軽くはあはあしてたけど、慣 れたもんやった。
それは年を経 た巫女 の貫禄 なんやろう。お母 ちゃんはすごいなあという目で、竜太郎 は自分のおかんを見てた。
まあ、死んで帰ってくる奴 に比 べたら、蔦子 さんはベテランやわ。
「これで全部どす、坊 。これが最善 のコース。最悪のコースも視 てみますか」
まだまだ余裕 がありますえという顔で、蔦子 さんはアキちゃんに訊 いた。
アキちゃんはそれに首を振 って、その必要はないと答えた。
「蔦子 さん、波に呑 まれた後、俺らはどないなったんやろう? 海の中で、何があって、最後のあの水柱 みたいなのは、なんなんやろか」
「水柱 は、龍 やと思います。海神 の龍 が、天にお昇 りになったんやろう。昇 り龍 どす。それ自体は吉祥 どす。災 い転 じて福 と成 すとか言いますけど、神戸 にとっては、今後の隆盛 の予兆 で、とても縁起 のいいものやと思います」
先にそっちの話題を選んでから、蔦子 さんは、言いにくそうに言うた。
「あんたらが海へ入って、その後、どないなったかは、ウチには視 えへん。竜太郎 にも、視 えへんかったようどす。それを視 ようとして、この子は溺 れたんやろう。時の水の、流れが激 しゅうて、これは危 ない予知 なんどす。予知 はもともと、危 ないもんやけど、自分や、身内の者 のことを占 うのは、特に危 ない。引 き際 を見極 められんようになってしもて。そやけど、秋津 の巫覡 は、身内のためにも占 う習 いやし、坊 は気にすることおへん。ウチも竜太郎 も、血筋 の勤 めを果 たしているだけどす」
「そう言うてもらえたら、少しは気もらくやけど。でも、もう、占 うのはやめといてください。この未来でいいです。後はこの絵を、どんだけ、ええもんとして、解釈 するかやろ」
絵の解釈 。予知 はまさにそれらしい。蔦子 さんの言うとおりやったらな。
今、俺らが水晶玉 の中に視 たもんは、ただの絵や。解説 の人はいてない。ただ大津波 が来て、俺らがそれに呑 まれて、昇 り龍 が出て、そして神戸 は奇跡的 に、大津波 から免 れた。それだけや。
俺らが何を話していたか、あるいは何も話してへんかったのか、それすら分からん。
蔦子 さんが水晶 玉に写した絵には音はついてへんし、蔦子 さんにも、遠すぎて聞こえてへんかったらしい。
せやし、奇跡 と俺らが波に呑 まれたことに、因果 関係があるという保証 もないねんで。
蔦子 さんは直感 として、それは人身御供 やと思うた。
でも、それはアキちゃんのおとんがそうして死んだと知ってるせいで、先入観 があったからかもしれへん。
実は俺ら、あの突堤 で、腹 減 ったなあ、今夜なに食う? またインド料理行こか。カレーは嫌 やで、明石 に行って寿司 食おうか。ええー、俺はフランス料理がええわあ、とか言うて、うだうだしてたら大津波 来て、うっわ何やあれ、ギャアアたぁすけてえー! 終わり。みたいな話かもしれへんねんで。可能性 論 やけどな?
そんなん嫌 やな。アホみたいすぎ。
どうせ波に呑 まれるんやったら、それが神戸 を救うヒーローになるためやと思いたい。意味なく溺 れたら嫌 やんか。
「この後、一体どないなったんやろ。ここまでは実現 して、何か全員脱出 みたいな方法って、あるか。そんな展開 って、観 たことある?」
苦笑 して、アキちゃんは犬に訊 いてやっていた。
映画 の話やろう。この二人 、映画 オタクなんやし。
犬がまだ人間のふりして大学に居 った頃 には、俺に隠 れて、映画 デートのお約束までしていたらしいんやから。
訊 かれて瑞希 ちゃんは、むっちゃ困 った顔をした。そんな話、知らんのやろう。
「大津波 が出てくる映画 ですか?」
「そんなんあったっけ」
「えーと……『ディープ・インパクト』とか?」
「ああ……そんなん、あったなあ」
俺には何や意味わからへん。ツーカーな映画 オタク世界で、アキちゃんと瑞希 ちゃんは話していた。俺だけ目が泳いでる。話についていけてへん。
それを見下ろし、まだスパスパ喫煙 中やった怜司 兄さんは、親切そうに微笑 んだ。
「亨 ちゃん、知らん? 『ディープ・インパクト』」
「馬しか知らん」
なんかそんな名前の競走馬 おったやん。ちょっと前にご活躍 やったんや。
その頃 、俺がお恵 みを垂 れてやっていた下僕 くんに、馬狂 いがおって、一山 あてたいというので、一緒 に競馬 観にいってやったら、全財産 注 ぎ込 んで買 うた馬券 が万馬券 に化けまして。
えらいことやった、あの後。まあ、そんな話ええねん。それはまた、別のお話やしな。
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