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24-74 トオル
「映画 興味 ないの? 一緒 に行ってやり。暁彦 様も好きやったわあ、映画 。楽しいで。暗いしな、映画館 。真っ暗やから。見てるようで、案外誰 も見てへんから。いたずらし放題 。それに最近は、カップル席とかもあるから」
朧 様、何言うてんのやろ。そんなワクワクする話、今ここでせんといて。亨 ちゃん、邪念 しか湧 いて来 えへんようになるから。
「他 にはちょっと、思い出さないですけど」
俺らがアホエロ話にうち興 じる間にも、しょんぼり言うてる瑞希 ちゃんに、アキちゃんは首を傾 げていた。
「どうなるんやったっけ。あの話」
「でかい隕石 落ちてきて、津波 とか来るから、みんなシェルターに逃 げるわけですけど……助かる人ありいの、波に呑 まれる人ありいのです」
「波に呑 まれた人って、どないなるんやっけ」
「……呑 まれて終わりです」
気まずい気持ちでいっぱいですという顔で、犬は教えてやっていた。
アキちゃんは、ううんて悩 んだ顔をした。
まあ普通 、津波 に呑 まれたら終わりなんやで。人は生きては戻 れへん。
「どうやったら、津波 に呑 まれても、無事に戻 れるんやと思う?」
「え、それは……」
犬、真面目 やしな。訊 かれたし、考えて答えなあかんと思うたんやろなあ。瑞希 ちゃんにも、融通 利 かんようなところあるしな。必死やし。
でもこの時、俺は、ワンワンにちょっと、天然 の馬鹿力 を感じた。一生懸命 考えすぎると、こいつはテンパってきて、馬鹿 になるのか。ものすごい事を言うていた。
「津波 より、早く泳げばええんやないですか? 地形とかにもよるらしいですけど、前に聞いた話では、津波 の速さはジェット機くらいやったって……」
「ジェット機……?」
アキちゃんは、そういう意味で訊 いたんやないと思うけど、犬は本気の目で頷 いて、ものすご真面目 に答えてやっていた。
「ええと、時速 にしたら、七百キロくらいらしいです。せやし、時速七百十キロくらいで泳げば、論理 上は脱出 できますよね?」
そんなこと言うてる犬に、アキちゃんは呆然 としてきたんか、できますよねと話ふられて、力無く頷 いていた。
「すごいやん、それやでワンワン。みんなで時速七百十キロで泳げばええんや。よかったあ、対策 見つかって。皆 、まさか金鎚 やないよね?」
めっちゃ可笑 しいらしい。朧 様、めっちゃゲラ笑いやった。
面白 いか、それ。お前も死ぬかもしれへんのやで。
もしかして平気なんか、龍 やしな。俺も蛇 やし、平気なのかな。津波 に呑 まれたことなんか、今までいっぺんもないですけども。
でも死なれへんのやし、生きてさえいれば、そのうち戻 ってくるんやないのか。漂流 して、どっかよその国いってまうかもしれへんけども。
えーと。次回のこの物語は、漂流 モノってことで。ロビンソン・クルーソーみたいな。
俺とアキちゃん、どっかの南のほうの、無人島とかに漂着 してて、パパイヤとか食うて幸せに暮 らしてるから。
それはそれで、ええんとちがう? 無茶苦茶 やけど、けっこう良くない?
ナイスボケ、犬。泳げばええんや。
ちょっとすっきりした。迂闊 にも、俺はすっきりしてもうたよ。それでええやんみたいになって、何も考えてへん自分を感じる。
「いや、ちょっと待て、朧 。時速七百キロとかで泳げるわけないから」
「また先生、そんな、やってみる前から弱気 なこと言うて。努力しない現代 っ子 か?」
「努力って……」
アキちゃん泣きそうやった。心では泣いてた。
「とにかく姐 さんも竜太郎 も、先生の死体は視 てないんや。土左衛門 なってたら、もう逃 げ場 無しやけど、波に呑 まれて、その後は、誰 にもわからんのやしな。皆 で海神 に会いに行こうか?」
にこにこ笑って、怜司 兄 さんは言うていた。水中でも録 れるビデオカメラを持っていこうかな、と。
観光か、あんた。お客様の旅の目的は観光なんですか。
撮 ってる場合か、時速七百十キロで泳ごうという人々が。フルパワーで頑張 れ、怜司 兄さん。全力投球してくださいよ。ほんまにもう……。
「ほな、(1)波に呑 まれる、(2)海神(わだつみ)に会う、(3)神戸 を救う、(4)時速七百十キロくらいで泳いで戻 る、(5)現地 解散 、ということでOKです?」
にっこにこしながら怜司 兄さんは、腕時計 を見てた。
それはいかにもアキちゃんが好きそうな、小綺麗 な時計 やった。
「夕方っぽかったし、夜までには戻 れるかな。終わった後、皆 でハーバーランドで酒飲もか」
二次会の段取 りまでしてはった。余裕 ですやん怜司 兄さん。
営業 してる訳 がないやろ。バーとかが。
津波 来てんのに店やってるアホが居 るか。居 るわけない。普通 逃 げるから。
「あかん、この時計 もダイバーズウォッチに変えとかなあかん。当日は濡 れても惜 しくない服にしとかなあかん。でも万が一死ぬときのことも考慮 して、死んでも恥 ずかしくない服にはしとかなあかん。水晶玉 に映 ってた、あの服なんやったんやろ。遠くてよう分からへんかった。おんなじ服やないとあかんのかな」
おしゃれ服で挑 む気やで、怜司 兄さん。腕時計 のことまで気にしてはるで。
超絶 余裕 。
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