498 / 928
24-76 トオル
お前には、恥 ずかしいとか、貞操 という観念 はないんか。
俺もないけど、でも、誰彼 と無く、寝 よかとか、愛してるとか言うたりせえへん。お前ほど、あっけらかんとは言わへん。
恥 を知れ、朧 (おぼろ)。
そんな、淫乱 な蛇 で悪魔 の俺にさえ、眉 をひそめさせるという、朧 は蛇 の中の蛇 やったんや。
淫蕩 で多情 なウロコ系 のひとつの頂点 を極 めてんな、兄さん。感心する。
平気で見てんのは蔦子 さんと竜太郎 くらいやった。慣 れてるらしい。そして妬 けへんのやから平気ということらしい。
しかしアキちゃんは軽く顔をしかめていた。なんでや、俺のツレ。なにが不満や。
「中西 さんに粉 かけんのは止 せ。あの人にはツレがおるんやから。お前のせいで中西 さんが神楽 さんと揉 めたら、どないすんのや……俺、申 し訳 ないわ」
極 めて常識的 なことを言うてるアキちゃんを、朧 はじろりと見た。
「何言うてんの。ええ男は貴重 な資源 やで? それを誰 か一人 が独占 していいって法律 がどこにあんのや」
あるやろ、あるで。聖書 にもそう書いてあるねんで。汝 、姦淫 することなかれって。
配偶者 以外のやつを犯 ったらあかんのやで。他人の男とも犯 ったらあかん。それが掟 や。
遥 ちゃん、きっとそう言うで。聖書 の角(かど)でお前を思いっきり殴 ってくる。
神父 に喧嘩 売んのはやめろ、危険 すぎる。
悪魔祓い なんやで、あいつ。ふぁっさーなるで。
お前みたいな邪悪 さの塊 みたいな物 の怪 は、遥 ちゃんのホーリー系 で滅 ぼされて灰 になってしまう。
もっと自分を大事にせえ。死ぬで。俺は呆 れて声も出えへん。
「あるやろ、法律 ……」
アキちゃんも、そう呟 いて傾 いたきり、それ以上、声出えへん。
アキちゃんを心底 脱力 させる力を朧 は秘 めてた。
アキちゃん、これで、朧 のご主人様やってけるんかな?
「はあ? 何言うてんの先生。アホか! 俺んとこ来る男は皆 、大体は誰 かのモンやったで。嫁 がおろうが、男がおろうが、式神 が何人おろうが、勃 ってもうたらお構 いなしやないか。先生かてそうやろ!」
ダァーンて朧 に眉間 を指さされて、アキちゃんぐふうってなってた。
その通りなんかい!?
何か言い返せアキちゃん。お前がそこでボロボロなって敗退 すると俺が気まずいんや!
「ふん。どいつもこいつも、心にもない綺麗事 ばっかり抜 かしやがって。しょうもない男ばっかりや。ファウルばっかり。誰 か俺の心にジャストミートして、やったぜ満塁 ホームランみたいな奴 はおらんのか」
ぷんぷん怒 って、朧 は言うてた。
イライラすると煙 が欲 しいなるんか、朧 は誰 に断 りもせず、さっさと煙草 に火入れてる。
ああ、まあ、そやな。お前が悪いんやないな。
好色 で不実 な、人間どもが悪いんや。
お前はそいつらが求めるような物 の怪 やったっていうだけや。
それも生きるためや。そやけど、さすがにどうや。何とかしようや。
お前、今は、ラジオとかテレビの神さんなんやろ、よい子の教育に悪すぎるんやで。
「アキちゃんですやろ、あんたの満塁 ホームラン……。銀傘 超 えるぐらいの特大アーチ打たれてもうて、未 だにぐうの音も出えへんのやないの?」
頬 に手を添 えて、蔦子 さんは不思議そうに言うていた。
朧 はなんでか、吸 うた煙 にゲッフンゲフンなっていた。軽口 きいてただけのつもりが、痛 いところにグッサリ刺 されて、激痛 走ってもうたらしい。
「俺もう寝 よう。ひとりで寝 よう。なんか調子悪い。顔熱い。頭くらくらしてきた。病気なんちゃうか。酒飲んで朝まで寝 よう」
怜司 兄さん自爆 してもうて、お顔真 っ赤 っかになってたで。
とっとと逃 げたし、あんまり見えへんかったけど、そうしてると可愛 いような気がする人で、なんて複雑怪奇 なややこしい人やと思えた。さすが妖怪 や。
はなまた明日 ねと、言 い捨 てるように挨拶 をして、怜司 兄さんは雲隠 れした。
すたすた去って、ばたんと部屋 の扉 が閉 じる音がした。一同、ぽかんとそれを見送るばかり。
マイペースというか、ゴーイング・マイウェイというかな。とにかく、自由な人やなあ。
アキちゃん一応 ご主人様やのに、帰ってええかとも訊 かず、ポイッとほったらかして消えてもうたで。
それで式神 と言えるのか。いつも傍 について、守っといてやろうとか思わへんねんや。
「あんな子どすねん」
けろりと蔦子 さんが話をまとめた。これが朧 という神やと、そういうことらしい。
「短い間か、長いお付き合いになるか、まだ分からしまへんけど、坊 、あの子をよろしゅうお頼 み申します。なんだかんだで、ウチもあれとは長い付き合いになりました。憑 かず離 れずの間柄 で、ウチが主人やったと言うてええのかどうか、それも分からしまへんのやけど、あれもウチの子ぉやと思うてた。やっと戦 の傷 も癒 えたところどす。なんとか幸せにしてやっておくれやす」
そう言うて頭下げてる蔦子 さんは、まるで、育て上げた娘 を嫁 に出す、おかんみたい。
いや、息子 を嫁 に出す?
ともだちにシェアしよう!