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24-77 トオル
そんなおかんがどこにおるねん。とにかく非常識 。でも、愛情 深い、ステキなお母さんみたいやった。
「精一杯 頑張 ります」
アキちゃん複雑 そうに、答礼 で頭を下げていた。
何を精一杯 頑張 るんや、アキちゃん……。
「そやけど蔦子 さん。あいつを幸せにしてやれんのは俺やない。どうにもできひん。精々 、賑 やかしてやって、寂 しゅうないようにはしてやれるかもしれへんけど、結局それだけや」
「それでよろしおす。あの子は賑 やかなことが好きな神さんなんどす。歌って遊んで……アキちゃんとも、そうしてるだけで満足やったようどすえ。色事 は、あの子にとっては重要やないの。付き合わされるほうには、そうでもないようどしたけどな」
苦笑 して言い、蔦子 さんは鳥とくよくよいちゃついている虎 を見た。
蔦子 さんは、信太 も可愛 いらしかった。愛してくれって必死な虎 が、可愛 いように思えるんやろ。
「あんたは水煙 と寝 たことがないのんか?」
アキちゃんが引 き抜 いて、また持ってきた太刀 を見て、蔦子 さんは真面目 に訊 いてた。キラキラ光る白刃 を、伏 し目 に眺 める憂 い顔やった。
「ありません。そんなこと、しようと思ったこともない」
俺はまともやと、アキちゃんは言いたかったらしいで。
蔦子 さんはそれに、微 かに眉 をひそめた。心配げに。
「そんなら、あんたはまだ、水煙 の主 やないのやわ」
「えっ」
よっぽどびっくりしたんか、アキちゃんは一声上げたまま、あんぐりとして固まっていた。
「正式にはという意味どす。水煙 は、あんたに仕 えてやる気持ちは固めたんやろうけど、あんたがそれに応 えてやってない。当主 はその神剣 を継 ぐとき、初夜 の新床 で抱 いて寝 てやらなあかんのえ。儀式的 なもんやと思いますけど、アキちゃんもそうしてました」
初夜 。バージンでもない道具類 が、初夜 の新床 とは生意気 な。
古道具 やないか、お前。おとんのお下がりやないか、水煙 は。それが初夜 って……。
俺にはそんなん、無かった気がする。めっちゃ悔 しい!
ほんまの初回 は、アキちゃん泥酔 状態 やったしさ、結婚 した当夜も、特になんもイベントなかったで。普通 やったで。初夜 って感じでは全然なかったで。
なんかやっときゃ良かった! バージンごっこでも何でも!
そしたらきっと、いい想 い出 になったのに!
そんな、内心で地団駄 踏 んでる深刻 な顔の俺をよそに、蔦子 さんは優 しく励 ます口調でアキちゃんに言うてやっていた。
「抱 いて寝 ておやり。最初の一回だけでええんどす。アキちゃんは何度もしてやってたようやけど、それは義務 ではないんやから。この子もな、寂 しいんどす。鋼 のようでも、心は繊細 な神さんなんえ。アキちゃんがこの子に惚 れたのも、この子が蔵 で泣いているのを、見つけたからやと言うてました」
蔦子 さんて、おとんの婚約者 やったんやろ。せやのに、そんな話してたんや。
合意 の上やったんか。おとんにそんなご乱行 があるという件 について。
まあ、そりゃあ、知ってるやろな。身内やもんな。子供 の頃 から知り合いなんやし、どんな家かも、よう知っている。お互 い、同じ血筋 の人間やねんから。
それは、なんというか。身内としか結婚 できへんはずやで。耐 えられへんもん、他所 モンには。この家の、独特 の家風 に馴染 まれへんやろ。
「欲 はあらへんの、水煙 には。この子はただ、秋津 の家を愛してるだけどす。あんたのことも、愛してるんえ、坊 。その気持ちに報 いてやろうという気はしまへんのか。水煙 が鬼 やというなら、その鬼 を作ってんのは、あんたどすえ?」
蔦子 さんに真面目 に言われて、アキちゃんの目は泳いでた。今の話が嘘 ではないと、自分でも思うてんのやろう。
「ほんまやったら、ウチのほうから、龍 の生 け贄 には分家 の息子 をと、竜太郎 を差し出すべきところなんどす。水煙 は、間違 うたことは言うてまへん。秋津 ではずっと、それが当然やったんどす。でも、ウチは……この子が可愛 い。たった一人 授 かった、大事な息子 なんどす。どうか堪忍 しておくれやす。あんたを見殺しにすることになるんかもしれへん。それでもどうか、竜太郎 だけは、見逃 してやっておくれやす」
「かまへん、蔦子 さん。竜太郎 を身代わりになんて、俺にはそんな気は毛頭 無いんや。気にせんといてください。こっちが頭下げて詫 びなあかんところです。危 ない目に遭 わせて……」
おかんの陰 に隠 れるようにして、しょんぼり突 っ立 っている竜太郎 のほうに手を伸 ばして、アキちゃんは恐 る恐 るみたいに、その頭を撫 でた。そして頬 を。
ここの血筋 の人たちは、不思議 なようにも思えるけども、ほとんど触 れあわへん。
怖 いんやろう。お互 いに、触 れた瞬間 、相手によろめいてまうんやないかと思えて。
「すまんかった、竜太郎 。俺が不甲斐 なくて。お前はもう、自分の命を危険 にさらすようなことは、絶対 にするな。少なくとも、もっと大人 になって、そうせなあかんような時が来るまでは、人の命より、自分の命を守れ。お前が死んだら、自分も死にそうになる人が居 るねん。俺もそうやしな。お前は自分を守ることで、そういう人らも守ってるんやから、余計 な心配せんでええんや」
アキちゃんて時々、素 でええこと言いよるな。意識 してへん時のほうがいい。無意識 の勝利や。
竜太郎 、むっちゃ感激 していた。
たぶん、お前が死んだら俺も死にそうって言われて、アキ兄 大好きとか思うとったんやろう。
まったく死んでもええような餓鬼 や。
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