500 / 928

24-78 トオル

 でも竜太郎(りゅうたろう)が無事で良かった。  こいつが死んでもうてたら、俺も水煙(すいえん)も、ただでは()まへん。ほんまの(おに)として、重い罪業(ざいごう)背負(せお)っていく羽目(はめ)になっていたやろう。  アキちゃんのためや、そんな(つみ)(けが)れてもええわと、水煙(すいえん)は思っていたんやろうけど、アキちゃんが求めてるのは、そんな愛ではない。  こいつは守られるより、守ってやりたい(さが)の男で、愛してる者が自分のために死ぬとか、苦しい思いをするのは、つらい。(ぎゃく)のほうがいい。そういう性分(しょうぶん)なんやしな。  水煙(すいえん)はおとなしく、アキちゃんに守られてやったほうがええよ。それが一番、ジュニアは(うれ)しいはずやねん。  水煙(すいえん)は俺の(よめ)。ほんまそう思いたいんやからな。  つーか、ほんまのお前の(よめ)への配慮(はいりょ)は、どないなっとんねんアキちゃん。 「(とおる)。今夜、水煙(すいえん)()いて()てええか」  ありがとう()いてくれて。ええ配慮(はいりょ)やなあ。 「またか。アキちゃん。また俺に遠慮(えんりょ)せえという話か」 「いや、そうやないけど。太刀(たち)やし……いっしょの布団(ふとん)()ってもええやろ? ただ(ねむ)るだけなんやしな」 「ええやろ、って、ええわけないやん。()()刃物(はもの)やで。(ちょう)(あぶ)ない! せめて何かに(つつ)め。(さや)を取り返すって言うても、もう()りが合わんやろ。サーベル用の(さや)やしな。しゃあないし、適当(てきとう)になんかで()いて()ようか?」  俺がそう提案(ていあん)すると、アキちゃんは、ちょっと苦しいような、俺に()まないという顔をして、小さく(うなず)いていた。  ほんまやったらアキちゃんは、俺にそんなこと()きたくなかったみたい。  せやけど()くほかないしな。無断(むだん)でやるにしては、ちょっと無茶苦茶(むちゃくちゃ)すぎるから。  初夜(しょや)が3Pというのはさ、俺にも水煙(すいえん)にも、無茶苦茶(むちゃくちゃ)やから。  いいや、3Pではないか。そういえば、もう一人(ひとり)()るんやんか。  居場所(いばしょ)なさそうに、瑞希(みずき)ちゃんは小さくなっていた。こいつもどないしたらええか、考えといてやらんとあかんやんか。まだあと二(はく)ございますから。  はぁ、と俺はため息をついた。 「もうこの(さい)、みんなで()よか。瑞希(みずき)ちゃんだけ(ゆか)()ろって(わけ)にはいかんやろ。いくら犬でも、それやと可哀想(かわいそう)やろ」  俺が(たず)ねると、アキちゃんはもう、(うなず)きもせえへんかった。ただじっと身を固くして、()(だま)っていた。  でも、それが、拒否(きょひ)してるわけではないらしいのも、俺は感じた。  アキちゃんには(ほか)にどうしようもない。()みにじるか、()いて()るかや。  瑞希(みずき)ちゃんのことも、アキちゃんは愛してたやろう。水煙(すいえん)(とおる)(いだ)いて()るけど、お前は()らんとは、言いたくない。  究極(きゅうきょく)選択(せんたく)やな。この(さい)常識(じょうしき)度外視(どがいし)。  もう死ぬかもしれへんのやから、後腐(あとくさ)れのないように。ぱあっと行きましょう。大盤振(おうばんぶ)()いや。まとめて全員いっとけ。もう、それでええわ。  どうや、この俺の、猛烈(もうれつ)()()け具合。怜司(れいじ)兄さんにまた一歩近づいた?  藤堂(とうどう)さんにモテるようになるかな。  ははは。それはまあ、冗談(じょうだん)やけど、一応(いちおう)な。  いろんなことある、人生って。人やないけど、(へび)やけど。  それでも生きてる(かぎ)り、山あり谷あり、()る日もあれば(くも)る日もありますな。  ええことばかりやないけども、それはしょうがない。俺は俺が選んだ道を生きていく。  アキちゃんが()るかぎり、俺は幸せ。そんな相手が()ることが、なにより幸せやったかもしれへん。 「(めし)行こうか、(とおる)。なんでもお前の好きなもん食えばええよ」  人の目に()れもせず、俺の手を(にぎ)って、アキちゃんは力無く、そう()いた。  俺にはそれが可笑(おか)しかった。  なんか美味(うま)いモン食わせとけば、(とおる)は幸せやと思うてんのか、こいつ。  腹立(はらた)つ。そんなもんで、誤魔化(ごまか)されへんで!  でも、アキちゃん、ありがとう。俺に気を(つか)うてくれて。  俺は(おこ)らへん。お前が俺に()まないと思うてることは、言われなくても分かってる。ツレやから。  指輪した手でアキちゃんは、俺の手を引いた。  そして挨拶(あいさつ)をして、海道家(かいどうけ)一同(いちどう)様のところを去った。  あと一日やった。運命の日の始まりまで、あと明日(あした)まる一日(かぎ)り。  明日(あした)はどんな日を()ごすんやろう、俺たちは。  それはまだ、分からんかったけど、生きている今を楽しもう。  死を思え(メメント・モリ)今を楽しめ(カルペ・ディエム)や。  今夜なに食おうと思って、にこにこしながら、俺はアキちゃんと歩いた。それで不思議(ふしぎ)と、幸せやった。  きっと俺は今も、幸せに向かって歩いてる。その途中(とちゅう)にある、ちょっとつらいところを通ったとしても、この道はハッピーエンドに続いてる。  いいや、終わりのない、アキちゃんと俺の、永遠(えいえん)の幸せな日々に。  そう信じて歩けば、どこでも天国や。永遠(えいえん)に続く幸せな夜と夜。今夜はその途中(とちゅう)にある、なんでもない一夜にすぎない。  今は()えて、そう思おうか。  そしてもしいつか、最後の一瞬(いっしゅん)が来ても、俺はにこにこ笑っていたい、アキちゃんのために、いつもアキちゃんが大好きな微笑(ほほえ)みで、見つめていたい。  そう思って、にっこり見上げると、アキちゃんは微笑(ほほえ)んだ。  やんわり(あわ)い、ためらいがちな()みやったけど、それと見つめ合えて、俺はほんまに幸せやった。  アキちゃんのその目は、俺を愛してるみたいやった。  それでいい。それで充分(じゅうぶん)、俺は幸せになれる。  いつまでもその目で、俺を見つめてて。目を()らさんといて。  その目と見つめ合って、愛してると(ささや)けば、どんな(おそ)ろしい神にも勝てる魔法(まほう)が使える気がする。  俺はきっと、そんなものすごく強い、アキちゃんのための神になるよ。  そう心に(ちか)った、まだ夏の消え残る、静かで長い、神戸(こうべ)の夜やった。 ――第24話 おわり――

ともだちにシェアしよう!