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24-78 トオル
でも竜太郎 が無事で良かった。
こいつが死んでもうてたら、俺も水煙 も、ただでは済 まへん。ほんまの鬼 として、重い罪業 を背負 っていく羽目 になっていたやろう。
アキちゃんのためや、そんな罪 に穢 れてもええわと、水煙 は思っていたんやろうけど、アキちゃんが求めてるのは、そんな愛ではない。
こいつは守られるより、守ってやりたい性 の男で、愛してる者が自分のために死ぬとか、苦しい思いをするのは、つらい。逆 のほうがいい。そういう性分 なんやしな。
水煙 はおとなしく、アキちゃんに守られてやったほうがええよ。それが一番、ジュニアは嬉 しいはずやねん。
水煙 は俺の嫁 。ほんまそう思いたいんやからな。
つーか、ほんまのお前の嫁 への配慮 は、どないなっとんねんアキちゃん。
「亨 。今夜、水煙 も抱 いて寝 てええか」
ありがとう訊 いてくれて。ええ配慮 やなあ。
「またか。アキちゃん。また俺に遠慮 せえという話か」
「いや、そうやないけど。太刀 やし……いっしょの布団 に居 ってもええやろ? ただ眠 るだけなんやしな」
「ええやろ、って、ええわけないやん。抜 き身 の刃物 やで。超 危 ない! せめて何かに包 め。鞘 を取り返すって言うても、もう反 りが合わんやろ。サーベル用の鞘 やしな。しゃあないし、適当 になんかで巻 いて寝 ようか?」
俺がそう提案 すると、アキちゃんは、ちょっと苦しいような、俺に済 まないという顔をして、小さく頷 いていた。
ほんまやったらアキちゃんは、俺にそんなこと訊 きたくなかったみたい。
せやけど訊 くほかないしな。無断 でやるにしては、ちょっと無茶苦茶 すぎるから。
初夜 が3Pというのはさ、俺にも水煙 にも、無茶苦茶 やから。
いいや、3Pではないか。そういえば、もう一人 居 るんやんか。
居場所 なさそうに、瑞希 ちゃんは小さくなっていた。こいつもどないしたらええか、考えといてやらんとあかんやんか。まだあと二泊 ございますから。
はぁ、と俺はため息をついた。
「もうこの際 、みんなで寝 よか。瑞希 ちゃんだけ床 で寝 ろって訳 にはいかんやろ。いくら犬でも、それやと可哀想 やろ」
俺が訊 ねると、アキちゃんはもう、頷 きもせえへんかった。ただじっと身を固くして、押 し黙 っていた。
でも、それが、拒否 してるわけではないらしいのも、俺は感じた。
アキちゃんには他 にどうしようもない。踏 みにじるか、抱 いて寝 るかや。
瑞希 ちゃんのことも、アキちゃんは愛してたやろう。水煙 と亨 は抱 いて寝 るけど、お前は要 らんとは、言いたくない。
究極 の選択 やな。この際 、常識 は度外視 。
もう死ぬかもしれへんのやから、後腐 れのないように。ぱあっと行きましょう。大盤振 る舞 いや。まとめて全員いっとけ。もう、それでええわ。
どうや、この俺の、猛烈 な突 き抜 け具合。怜司 兄さんにまた一歩近づいた?
藤堂 さんにモテるようになるかな。
ははは。それはまあ、冗談 やけど、一応 な。
いろんなことある、人生って。人やないけど、蛇 やけど。
それでも生きてる限 り、山あり谷あり、照 る日もあれば曇 る日もありますな。
ええことばかりやないけども、それはしょうがない。俺は俺が選んだ道を生きていく。
アキちゃんが居 るかぎり、俺は幸せ。そんな相手が居 ることが、なにより幸せやったかもしれへん。
「飯 行こうか、亨 。なんでもお前の好きなもん食えばええよ」
人の目に照 れもせず、俺の手を握 って、アキちゃんは力無く、そう訊 いた。
俺にはそれが可笑 しかった。
なんか美味 いモン食わせとけば、亨 は幸せやと思うてんのか、こいつ。
腹立 つ。そんなもんで、誤魔化 されへんで!
でも、アキちゃん、ありがとう。俺に気を遣 うてくれて。
俺は怒 らへん。お前が俺に済 まないと思うてることは、言われなくても分かってる。ツレやから。
指輪した手でアキちゃんは、俺の手を引いた。
そして挨拶 をして、海道家 ご一同 様のところを去った。
あと一日やった。運命の日の始まりまで、あと明日 まる一日限 り。
明日 はどんな日を過 ごすんやろう、俺たちは。
それはまだ、分からんかったけど、生きている今を楽しもう。
死を思え 、今を楽しめ や。
今夜なに食おうと思って、にこにこしながら、俺はアキちゃんと歩いた。それで不思議 と、幸せやった。
きっと俺は今も、幸せに向かって歩いてる。その途中 にある、ちょっとつらいところを通ったとしても、この道はハッピーエンドに続いてる。
いいや、終わりのない、アキちゃんと俺の、永遠 の幸せな日々に。
そう信じて歩けば、どこでも天国や。永遠 に続く幸せな夜と夜。今夜はその途中 にある、なんでもない一夜にすぎない。
今は敢 えて、そう思おうか。
そしてもしいつか、最後の一瞬 が来ても、俺はにこにこ笑っていたい、アキちゃんのために、いつもアキちゃんが大好きな微笑 みで、見つめていたい。
そう思って、にっこり見上げると、アキちゃんは微笑 んだ。
やんわり淡 い、ためらいがちな笑 みやったけど、それと見つめ合えて、俺はほんまに幸せやった。
アキちゃんのその目は、俺を愛してるみたいやった。
それでいい。それで充分 、俺は幸せになれる。
いつまでもその目で、俺を見つめてて。目を逸 らさんといて。
その目と見つめ合って、愛してると囁 けば、どんな怖 ろしい神にも勝てる魔法 が使える気がする。
俺はきっと、そんなものすごく強い、アキちゃんのための神になるよ。
そう心に誓 った、まだ夏の消え残る、静かで長い、神戸 の夜やった。
――第24話 おわり――
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