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25-2 アキヒコ
だって俺は、ひとりしか居 てへんのやしな。もしも俺が水煙 と、本気で愛し合うとしたら、それは俺が、亨 を捨 てるということや。
俺はそんなに、器用 なほうやない。二人 や三人と、いっぺんに愛し合うなんて、そんな高度な技 は持ってない。
おとんはそれを、やってのけてたようやけど、でも結局は、どないなったんや。
おとんに捨 てられて、朧 は気の毒やった。あいつは可哀想 やと俺には思える。
湊川 怜司 は、あんな性格 の神や。もともと大して本気でなければ、普通 に遊びで付き合 うて、別れた後には、何の後腐 れもない。きっと、そんな間柄 でやっていけた。
そんな相手に、わざわざ本気で惚 れさすやなんて、おとんはなんで、そんな無茶 なことしたんやろか。可哀想 やと、思わへんかったんか。
もしかしたら、自分もそうやったんやないか。
おとんも、どこか本気で惚 れていた。荒 れ狂 う恋情 に、自分もどっぷり溺 れてた。俺みたいに、なんとか踏 みとどまろうと、足掻 いたりはせずに。
そうでなければ、あの鬼 を、ほんまに調伏 することなんか、できへんかったんやろう。
おとんはある意味、朧 を騙 した。悪い男やった。嘘 やと見抜 かれへんように、本気で愛してやった。そんなひどいペテン師 やった。
俺もそんなふうに、水煙 を、甘 い嘘 で騙 してやったらよかったんやろか。
お前が好きで堪 らへん、愛してるって、俺が亨 に囁 くように、水煙 にも、言うてやったら良かったか。
言うてやりたい、自分の心の赴 くままに、口から出任 せ、我慢 はせずに、その場の勢 い。恋 する心の激情 に溺 れ、鬼 みたいな嘘 ついて、ほんの一時、お前が好きやて抱 いてやったらよかったんか。
でも。それは。
嘘 やない。
どこかで俺の本心ではある。
俺を深く愛しているような、じっと見つめる水煙 の目から、必死で目を逸 らす。
魅入 られてもうたら終わりやと、そういう予感がして、俺はいつも、水煙 と真正面から深く見つめ合うのを避 けていた。
瑞希 のこともそうや。なるべく目を逸 らして。相手の本気に、自分も本気で答えへんようにして、いつも誤魔化 している。
ひとたび応 えて、その道を行けば、そこからはもう引き返して来られへんような怖 さがあって、のめりこむのを避 けている。
行き着くとこまで行ってもうたら、俺はいったい、どうなるんやろう。
きっと心がバラバラになる。とうとう強い神の手で、心を引 き裂 かれてもうて、頭が変になる。
運命の恋人 なんて、一生にひとり居 ればいい。それがどんなに長い、永遠 に続くような生涯 であっても、永遠 の愛を誓 える相手はひとりきり。
俺にはもう、亨 が居 るんやし、それで満足している。そこに二人目、三人目と、入 り込 むような余地 はもうない。
俺はたぶん、諦 めるべきなんや。元通り、亨 ひとりに絞 るべき。
あれも好き、これも好きなんて異常 やし、たとえそれが血筋 の勤 めやと言われても、できひんもんはできひん。
俺は水煙 に、主人面 して命令すべきなんかもしれへん。
お前はもう、俺のことを愛するのはやめろ。俺にはもう、亨 が居 るから、諦 めてくれ。
俺のことは忘 れて、お前はお前で幸せになってくれ。誰 か、他 の相手を好きになれ。
これは本気や。俺はお前に命令してるんやって、ほんまの本気で言うてやるべきか。
そんなことが、もし本当に可能 なんやったらな。
俺が幸せにしてやりたいけど、それは無理やねん、水煙 。許 してくれ。
そんな不甲斐 ない奴 のことなんか、とっとと捨 てていってくれ。
それでも俺は秋津 の跡取 りや。血筋 の裔 や。死ぬ時も、秋津 の当主 として死にたいんや。
今夜一晩 、俺は習 わしどおり、お前を抱 いて寝 るから。どうか俺のことを、当主 に選んでくれ。
そして明後日 、俺が龍 と出会い、助かろうが駄目 やろうが、お前は俺のことは、もう死んだもんやと思うてくれ。忘 れてくれていい。
秋津 という家はもうない。俺の代で終わったんや。
俺はお前を縛 り付 けてる、呪縛 を解 こう。お前を秋津 の式神 として、長年縛 り付 けてきた、覡 と式(しき)との契約 を解 く。
そしたらきっとお前は、悪い夢 から醒 めたみたいに自由になって、俺のことがどうでもよくなる。きっとそうなる。
そして俺のことで苦しい思いをするのも、終わりにできる。そうさせてくれ。
俺には無理や。亨 が一番、お前は二番で、二人 を比 べて、二股 かけて、いつも亨 のほうを選ぶ。そうしてお前をずっと虐 げていくのは、俺にはもう、つらいんや。愛してるから、つらい。
亨 と見つめ合う一時 、他 の誰 にも興味 ない。夢中 で愛し合っている。そういう俺を、つらいと思って見ているお前が、俺はほんまに心底 つらい。
そうやった、水煙 も居 るんやって、ふと我 に返る瞬間 に、俺はいつも、自分のことが呪 わしい。
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