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25-3 アキヒコ

 俺は水煙(すいえん)を、愛してやるべきやった。  (とおる)やのうて、水煙(すいえん)を、自分の唯一無二(ゆいいつむに)の相手として、選んでやるべきやった。  それが俺の(つと)めやった。そういう気がして胸苦(むなぐる)しい。自分がまるで、()げてるようで。  ()げている。血筋(ちすじ)(つと)めから。自分の中にいる何者かが、俺をそう(なじ)るんや。お前は(つと)めを()()していると、俺を()めてる。  水煙(すいえん)を、(そで)にするなんて。(おに)やと(ののし)るなんて。そういうお前が(おに)や。  気位(きぐらい)のある神が、(はじ)(わす)れ、お前が好きやと身を投げ出してるのに、お前はそれを(こば)むんか。たかが人の子の、小僧(こぞう)分際(ぶんざい)で。  何という不遜(ふそん)やと、(はげ)しく()める声がして、(むね)が苦しく、猛烈(もうれつ)に頭が(いた)む。  俺はつらい。()()かれそうや。()()かれそう。  分かってくれ、水煙(すいえん)。分かってくれるやろ。お前は俺のつらい気持ちを、ちゃんと分かってくれてるんやろう。俺の心が見えてるんやったら、お前はそれを、分かってくれるはず。  そうでないなら俺は、一体どうしたらええんや。どうやってお前の愛に、(こた)えてやればええんや。  ただの太刀(たち)と、その使い手という間柄(あいだがら)()えて、俺はお前に()れてるんやないか。そんなことが、あってええのか。  ふたりの神を、人の身で、上手(うま)(だま)して手玉にとるようなこと。お前に心底(しんそこ)()れてると、ふたりを相手に(ささや)くような、そんなのが誠実(せいじつ)やとは、俺には思えへん。どっちかが(うそ)になってしまう。  おとんが結局、(おぼろ)()てたように、俺も水煙(すいえん)(とおる)を、()てることになるんやないか。泥沼(どろぬま)の果てに。  ()()めてもうたら、そこへ行き着くに決まってる。  俺は(とおる)()てる気はないで。それは毛頭(もうとう)ない。想像(そうぞう)するだけでも(こわ)い。水地(あきら)のいない世界で、生きていく自分のことが、(おそ)ろしくてたまらへん。  そやから、きっと、選べと求められたら、俺は選ぶんやろう。水煙(すいえん)()てるほうを。  その後、水煙(すいえん)はどうなるんや。  (だれ)か新しい使い手に、(めぐ)()えるのか。  でも、それはただ、問題を先送りして、(だれ)か別の(やつ)に、()しつけようというだけやないんか。  水煙(すいえん)は、永遠(えいえん)に生きる。神やしな、太刀(たち)やから。そう簡単(かんたん)(ほろ)びるもんやない。  (だれ)と愛し合おうと、その相手はいずれ死ぬ。不死(ふし)でなければ、人はいつか必ず死ぬようにできているんや。  水煙(すいえん)は、秋津(あきつ)の家で()(かえ)したのと同じように、また(だれ)か、次へ次へと手渡(てわた)されていく相手と愛し合うより他はない。  水煙(すいえん)は何よりそれに、(つか)れてるように見える。  俺は死なへん。不死人(ふしじん)になった。そやから俺と愛し合えば、水煙(すいえん)はもう、永遠(えいえん)に俺のもの。死に別れて手渡(てわた)されるようなことはない。  ずうっと俺だけを、愛してればええねん。  それは水煙(すいえん)にとって、深い安らぎのあることらしい。  なぜなら水煙(すいえん)は、そういう相手と(めぐ)()うのを、ずっと待っていた。そのために秋津(あきつ)の家に、()()いていた神や。  俺はそのことを、まだ知らなかった。考えてみたことがなかった。  なんで水煙(すいえん)がうちの血筋(ちすじ)()()いているのかなんて。 「(おこ)ってんのか、アキちゃん。暗い顔して……」  (こま)ったような()みで、(とおる)が俺に()いてきた。 「そんなに(はよ)う、歩かんといてくれ。ついていくのも大変なんやで」  苦笑(くしょう)する(とおる)を見つめ、俺はふと、立ち止まっていた。  そして俺はまた内心、(するど)(いた)みを覚えた。  俺は今、(とおる)のことを(おも)っていない。お前のことだけ(おも)っていたいのに、別の相手に気をとられてる。苦悩(くのう)している。  そんな俺に、ついてくるのは、(たし)かに大変なことに(ちが)いない。 「(とおる)……俺はいったい、どないしたらええんやろ」  それはこいつに、()くようなことか。俺かて自分でも、そう思ったよ。  せやけどいったい、(ほか)(だれ)に相談すんねん。  自分ひとりで考えろか。(たし)かにそうや。それが常識(じょうしき)。  分かってるけど、それでも俺は弱い男で、(だれ)かにお(すが)りしたい気持ちやった。  (ほか)にいったい、(だれ)()るやろ、水地(みずち)(とおる)大明神(だいみょうじん)のほかに、俺が心底(しんそこ)(あま)えてもいいような、そんな()(がた)い神さんが。 「どないしたらって、何のことやねん」  ますます(にが)()みになり、(とおる)は何となく(さっ)しはついてるという顔やった。 「何のことって……またやってもうた。水煙(すいえん)に、言うたらあかんことを、言うた気がする。まさか、また、前の時みたいになってるんやないか」 「前の時って、お(だま)り言うてやったときに、首()まってもうてたみたいな?」  (いた)いなあという苦笑(にがわら)いで、(とおる)は自分の細首(ほそくび)()れ、()()げているような仕草(しぐさ)をした。 「……そうや。また、そないな事になってるんやないか。どう思う。お前は。俺はまた、水煙(すいえん)に、(のろ)いをかけたんやと思うか」 「かけまくりやろ」  あっさり断言(だんげん)してくる(とおる)の答えには、ぐっと来た。  元々わかってるけど、人の口から言われてみて、やっと本格的(ほんかくてき)(あわ)ててくることってあるな。 「もう(ゆる)してくれへんのやないやろか」  (どく)()()すような気持ちで、俺はその懸念(けねん)を話した。

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