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25-4 アキヒコ

(ゆる)してくれへんて、水煙(すいえん)が? そんなアホな」  ふんっ、て鼻で笑って、(とおる)はほんまに、そんなアホなという顔をした。 「何でも(ゆる)すで、水煙(すいえん)は。アキちゃんにやったら、なんでもな。ジュニア可愛(かわい)可愛(かわい)いで、夢中(むちゅう)なんやし、必死なんやで。そんなん、見とって分からへんのか?」  俺もそこまで自惚(うぬぼ)れてへん。  (あま)えたい、(よく)はあるけど、確信(かくしん)はない。  俺はそこまで(えら)いような、ご立派(りっぱ)なご主人様か。そうやない。  まだ水煙(すいえん)の正式な(あるじ)(あるじ)ではないと、蔦子(つたこ)さんも言うてたやんか。  なんでか俺には、それはものすごショックなことやった。  水煙(すいえん)がまだ、俺のモンやなかったなんて。  ほんなら、こいつはまだ、俺やのうて、おとんのモンなんか。お前のモンにしてくれって、そんな目で俺を見ていた水煙(すいえん)が、実はまだ、おとんのモンやったなんて。  ()えがたい。なんでそれが、つらいんやろか。自分でも、よう分からん。  俺は水煙(すいえん)を、おとんから借りてる(わけ)やない。俺が当主(とうしゅ)や。ご神刀(しんとう)()()いだ。  いいや。当主(とうしゅ)かどうかなんて、この(さい)どうでもええわ。  水煙(すいえん)は俺のモンやったやないか。俺の太刀(たち)やで。水煙(すいえん)は、俺を守護(しゅご)する神さんで、そして、俺のもん。  なんか、頭の(しん)からクラクラするような、そんな強い(よく)()いてきて、()たしてそれは物欲(ぶつよく)か、それとも愛欲(あいよく)か。自分でも区別がつかへん。  おかしい。俺は、おかしい。こんなの普通(ふつう)やない。考えたらあかんような事やで、普通(ふつう)。  (いと)しい(とおる)を目の前にして、なんでそんな事、考えてんのやろ。(はよ)(わす)れなあかん。(わす)れなあかん。  そんな葛藤(かっとう)のせいで、俺はつらい顔やったんやろう。(とおる)は首を(かし)げて俺を見上げて、(こま)ったなあとにやにやしていた。 「アキちゃん。つらいんか。我慢(がまん)せんでもええんやで。我慢(がまん)して、ずっと悶々(もんもん)としてんの。知らんうちに水煙(すいえん)が、ほんまもんの(おに)になってて、それが自分のせいやと思えても、アキちゃんは平気なん? 平気で笑って、生きていけるか。俺は(おに)やって、(かく)れて泣いたりせえへんか」 「俺は(おに)か」 「そらそうやろう。ほんまにもう、殺さなあかんレベルやで。瑞希(みずき)ちゃん見てみ、(きず)ついてるわ。(きず)だらけやで。俺もそうやし、水煙(すいえん)かてそうやろう。そんなお前が(おに)やのうて、いったい(だれ)(おに)やねん?」  (とおる)の話は俺を(なじ)るようやったけど、その表情(ひょうじょう)は、(あわ)微笑(ほほえ)んでいて、ほんまにもう、しゃあない(やつ)やなあという目が、面白(おもしろ)そうに俺を見ていた。 「俺もつらいわ、アキちゃん。お前が俺に一途(いちず)やないのも、つらいけど、(うそ)一途(いちず)なふりをして、内心(ないしん)ずっと泣いているのも、俺にはつらい。お前にはいつも、にこにこしといてほしいねん。のんきに笑って、好きな絵描(えかき)いといてほしい。最初にバーで、七面鳥(しちめんちょう)絵描(えかき)いてた時みたいにさ」  そんなん(おぼ)えてへん。全く記憶(きおく)にございません。  七面鳥(しちめんちょう)の絵って、なんのことや。  皆にには何か言うてたか、(とおる)。後で()いても、()ずかしい言うて、(くわ)しく教えてくれへんねん。  初めて()うた時の、()うて(のう)みそぶっ飛んでいた俺とのことは、(とおる)はあんまり話したがらへん。  ()ずかしいんやって。何が()ずかしいねん。  とにかく俺は、(とおる)と初めて()うた夜、泥酔(でいすい)して絵を()いていたらしい。その、絵を()いてる様子が、幸せそうで、(とおる)には印象(いんしょう)深かったらしい。  絵さえ(えが)いてりゃアキちゃんは幸せなんやと、(とおる)は思うてる。それはあながち間違(まちが)いやない。  そやから(とおる)は、そんな、のんびり絵を()いている時の、最高に幸せな俺を、守ってやりたいと思うんやって。 「水煙(すいえん)()きたきゃ、()けばええやん。俺に遠慮(えんりょ)することはない。どうしようもないやろ、お前はそういう男や。好きなモンは好き……それを我慢(がまん)しても、しょうがないやろ」  いかにも(ののし)るように、(とおる)は笑ってそう話し、ふと一瞬(いっしゅん)、つらいという、(せつ)なそうな顔をした。  でも、それはすぐに、(にが)み走った()みに()かされて、消えてもうてた。  (とおる)自嘲(じちょう)したらしい。なんでそんなことする必要があんのか。  ()(もち)焼くのは当然やろう。お前は俺のツレなんやしな、それの不実(ふじつ)(とが)める気持ちのどこに、自嘲(じちょう)せなあかんような要素(ようそ)があるんや。  これきりやと、俺には思えた。もうこれで、終わりにせなあかん。  俺は何かの決着を、この(おに)みたいな状況(じょうきょう)を終わらせるための方法を、見つけ出さなあかん。  俺が(おに)になればええんや。  (とおる)は悲しんでる。それでも俺のために我慢(がまん)してやろうと言うてくれてる。それに(あま)えて、それでええわというんでは、俺は自分で自分が(いや)になる。  どっちがマシかという、問題があるだけや。おとんのように、あれも(いと)しい、これも(いと)しいで、二股(ふたまた)()(また)かけて、まんべんなく全員を()(きざ)(おに)なるのか。  それとも(とおる)(ほか)の全員を()()てて、(とおる)と笑って生きていく、そういう(おに)になるのか。  どっちへ行こうが(おに)の道やで。(まよ)うことはない。どっちも外道(げどう)や。人でなし。

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