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25-6 アキヒコ
「あのなあ! 犬! 聞いとんのかコラ。何遍 おんなじ話させんのや? 合意 の上なんやしな、それに、アキちゃんがお前に血をやるのは、お前のことが好きやからや。愛やねん。それも見たやろ、ついさっき。アキちゃん本人がそう言うてたやろ。愛してるから吸血 を許 すんや。おとなしゅう食わせてもらって、その愛によって生きたらええやん。それならお前も嬉 しいやろ。大好きな本間 先輩 は、お前が好きでたまらへんから、腹 減 ってんのやったらいくらでも、血吸 うてええって言うてんのやで」
俺、まだそこまでは言うてへん。
でも、亨 は、そうやろアキちゃんと訊 ねるような、ジトッと怖 い念押 しの目を俺に向けてきた。
ええ。えええええ。俺、それに、頷 けばええのか。それとも否定 すんのが正解 なんか。どっちがアキちゃんもう殺さなあかんコースなんや。わからへん!
「なにアワアワしとんねん、アキちゃん。鈍 っい男やのう、お前はいつも。そうやで、って、優 しゅう言うてやるとこやろ、ここは。せっかく人が滑走路 敷 いてやってんねんから、素直 に飛び立たなあかんやないか?」
わかってへんなあ、このボケがみたいな目で、亨 に見られた。
なんでなんや、なんでそうなる。俺はお前に気を遣 ってんのやで。お前のことをやな……。思ってるわけですよ、一応 な。
「いや、でもな……亨 」
俺は蒼白 顔で言 い訳 しようとした。何言うんか決めもせずに。とにかく何か言うといたほうがええんやないかと思って。
「でももヘチマもない!」
しかし亨 は若干 キレたように怒鳴 った。
うわっ、出たよ。ヘチマが。
なんで、でもとヘチマがセットなんや。どういう組み合わせや。どこからヘチマ出てくるんや。
でももうヘチマが出たら終わりやで。お前とうだうだ話す気はないという意味や。
「餌 もやらんと犬が飼 えるか! アキちゃん、この犬が死んでもうたら気ぃ悪いんやろ。またウジウジウジウジすんのやろ。もうええねん。二回もするな! 血なら腹 もちええねんから、我慢強 い犬なら、いっぺん給餌 してやれば、十日や二十日 は我慢 しよるわ。まして今やお前の血は、なんでか知らん、栄養 満点 、霊力 てんこもりみたいになってるで? 俺もいまだに腹 いっぱいやもん。鳥さん、あんなに食うて大丈夫 やったんか。今ごろ腹 痛 くなってたりせえへんかな?」
それも気まずい話題やった。力が湧 き出 て、熱くなりすぎ、朦朧 となってきて、ふと気がついたら、なんでか鳥さんとお膝 抱 っこでディープキスやってん。俺、いったい何してたんやろ。
最後のほうは、さすがに意識 あったんや。
熱くて死にそうやったのが、段々 楽 になってきて、誰 かとキスしてる。
喉 の奥 というか、体の中にある、霊的 などこかから、とろっとした水飴 みたいなもんを舐 めとられてる。
現実 の位相 ではキスしてるだけやけど、また別の霊的 な世界では、でっかい赤い火の鳥が、俺の湧 き出 る泉 から、がぶがぶ水を飲んでいた。
こんこんと湧 く霊水 や。甘 い甘 いって、鳥は夢中 で食らってた。そしてどんどん熱くなり、白熱 するような光を全身から発していた。
俺はそれを、泉 のほとりで眺 めていた。
なんという、美しい鳥や。霊威 が漲 (みなぎ)っている。
善 か悪か、それは分からんけども、これはきっと、ただではすまん何かに育つ。
水煙 や亨 や、朧 にもあるような、高い霊位 を感じる。
きっと、神と崇 められるに値 するモノになるやろう。
美しい鳥やなあ、お前は。寛太 。俺のところで、神様になるか。
俺はたぶん、そう誘 った。
悪い子やわ。血筋 の悪い癖 。イケてる神威 を見つけたら、放 っておかれへん。
それが鬼 にはならぬように、人に害を成 さぬように、家に囲 って、お前は神やと崇 めて言祝 ぎ、可愛 がってやりたくなる。
赤い鳥は泉 のほとりで舌 なめずりをして、煙 るような目で、じいっと俺を見た。
そのときはもう、不死鳥の姿 やのうて、いつもの寛太 の姿 になってた。
ただし服着てなかったけど。全裸 やったけど。
それについて俺のせいやと言わんといてくれ。不可 抗力 や。自然現象 や。とにかく着てへんかったんやから、どうしようもない。
虎 がええわと寛太 は答えた。
先生も、確 かに魅力的 やけど、でも俺には兄貴 がいちばん。
先生がくれる愛も甘 いやろうし、霊威 もあるやろ。それでも俺は、信太 の兄貴 を放 っておかれへん。
自分が死んだら、アホの寛太 はどないなるねんて心配やから、兄貴 は今日 も明日 も生きてられるんや。
俺は兄貴 の心の支 えやねん。
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