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25-7 アキヒコ

 俺を立派(りっぱ)な不死鳥に育てて、神戸(こうべ)(おん)(むく)いることだけが、自分にできる(すべ)てやと、信太(しんた)兄貴(あにき)は信じてる。  この街が、自分を虚無(きょむ)から救ったと、兄貴(あにき)は思ってる。  東海(とうかい)の果ての、この島が。どんな神でも受け入れる、この神の戸が無かったら、きっと兄貴(あにき)()()せていた。  そんな街がまた、(なまず)(なまず)や(りゅう)に食われようとしていて、(だま)って見ている(わけ)にはいかへん。  兄貴(あにき)がそう思うんやったら、俺はそれについていくし、兄貴(あにき)がそうしたいんやったら、それでいい。  だって俺も、信太(しんた)兄貴(あにき)がおらんかったら、きっと()()せていた。  東の果ての島から、不死鳥(ふしちょう)()ぶ声がして、西方より飛来した。  それは兄貴(あにき)が言うように、神戸(こうべ)の人らの()ぶ声やったんかもしれへんけども、俺には(ちが)うもんに聞こえてた。  この街を、見捨(みす)てる神さんばっかりか。神戸(こうべ)を救う、フェニックスはおらんのかと、(とら)(さけ)()び声がして、それに(こた)えたまでや。  兄貴(あにき)霊威(れいい)が、虚無(きょむ)から俺を生み出したんや。  もともと俺は、信太(しんた)兄貴(あにき)と結びついている。せやし先生、(さそ)っても無駄(むだ)や。  くつくつと、淫靡(いんび)に笑って(ことわ)る鳥は、俺から飲んだ霊水(れいすい)に、()っぱらっているようやった。  それでも(あま)陶酔(とうすい)を感じられるのは、俺やのうて、(とら)()()う時だけらしい。  ()()げされたわ。  でもまあ、俺もそれで助かったらしいけど。鳥さん()らんかったら、どないなってたことか、想像(そうぞう)するだに(こわ)いというか、グロいけど。  寛太(かんた)が俺の身の内の、霊的(れいてき)位相(いそう)から、人界(じんかい)である現世(げんせ)のある位相(いそう)へ、霊水(れいすい)を引き出す実地訓練(じっちくんれん)をしてくれたお(かげ)で、俺もその後、時の流れに(おぼ)れてもうて、死にかけていた竜太郎(りゅうたろう)を、なんとか助けられたんやしな。  必死やったし、意図的(いとてき)にやった(わけ)ではないけども、そのコツみたいなのは、寛太(かんた)とのディープキスで(つか)んでたわけ。気まずい気まずい。でも勉強になりました。  これで俺の(げき)としての技能(ぎのう)(はば)も、また一段(いちだん)(ひろ)がったわけ。 「思うねんけどな……(とおる)。別に血やのうても、ええんやないか。要するに、霊力(れいりょく)補給(ほきゅう)できればええんやろ?」  瑞希(みずき)に言うのは気まずすぎたので、俺は()げてた。(とおる)()いた。  (とおる)(かす)かに顔をしかめて、何を言い出す気なんやと、身構(みがま)えているふうやった。 「そうやで……エロでもええけど、血でもいい。エロはあかんから、血にしとけいう話なんやで、わかってるか、ジュニア」  (とおる)はすでに喧嘩(けんか)(ごし)で、俺に(すご)んで見せた。  (すご)む時にジュニアって()ぶのやめろ。(だれ)真似(まね)やねん。  真似(まね)すんな、水煙(すいえん)の!  俺が水煙(すいえん)の言うことやったら何でもハイハイ聞くのが、お前はそんなにムカついてたんか。  しかしここで(ぎゃく)ギレするわけにはいかへん。俺は立場が悪すぎる。  謙虚(けんきょ)謙虚(けんきょ)に。 「いやいや、そやから……鳥さんが飲んでたヤツやったら、あかんのかと思って」  俺はできるかぎり(ひか)()提案(ていあん)したが、(とおる)はさらにムカッときた顔になっていた。 「お前は犬とチューしたいがためにそれを思いついたんやな!!」  (ちが)う。(ちが)います。結局(けっきょく)ギャアギャア(わめ)いている水地(みずち)(とおる)に手を(にぎ)りしめられたまま、俺はひいっとビビって目を()じていた。  (にら)()けてくる(とおる)様の熱視線(ねっしせん)()けたかったけど、()けようがなかった。目をつぶってても感じるくらいに、視線(しせん)(いた)い。目からビーム出てる。アキちゃんもう殺さなあかん光線(こうせん)が。 「いやいや、チューやのうてな。ちょっと待ってくれ……」  ()(あせ)だらだら。  ぶっつけ本番やのに、上手(うま)くいくんかなあと冷や冷やしつつ、俺は(ため)した。ちょっと思いついていた事を。  (とおる)(にぎ)()わせてるほうの手を、俺はさらに強く(にぎ)り返し、そこに何というか……念力(ねんりき)をこめた。霊力(れいりょく)をこめたというのか。うまく説明でけへん。  俺もさすがに、この辺まで来ると、自分の持ってる霊力(れいりょく)の使い方が、なんとなく()()めてきていた。自分の中にある、深い霊的(れいてき)な位相と、現世(げんせ)とを(つな)ぐ方法みたいなのが、とっさのマグレだけでなく、意図してでも、(あやつ)れるようになってきていた。  (とおる)(にぎ)り返してきた俺の手に、びっくりしたように、ぴくりと指を(ふる)わせていた。そして、そのまま、気持ち悪いみたいな変な表情(ひょうじょう)で、柳眉(りゅうび)(ゆが)め、俺を見上げた。 「なに、これ……? 熱いねんけど」 「手、開けてみてくれ」 「開けてって……ほんなら手、(はな)してくれよ。熱いで……なんか、熱ッ……!」  ()けたもんでも(にぎ)らされたように、(とおる)はとっさに俺の手を、()(はら)っていた。  その手と手の合間(あいま)から、ざらあっと何かが廊下(ろうか)にこぼれ落ちた。  二つの手の平の間にあったとは思えへんような、大量の光る(つぶ)廊下(ろうか)にぶちまけられて、瑞希(みずき)もびっくりしたように、とっさに一歩()退()いて、赤い絨毯(じゅうたん)の上に散らばった、百()か二百()はあるやろうという、(つぶ)れたビー玉みたいな、透明(とうめい)な光る(つぶ)見渡(みわた)した。

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