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25-8 アキヒコ

 ぷうんと(あま)い、(もも)みたいな(かお)りがした。  それは神仙(しんせん)位相(いそう)(かお)りらしい。霊的(れいてき)な。  しかし、ただの人でも感じることができる。もちろん鼻の()く犬になら、くらっと来るほど濃厚(のうこう)な、(あま)(かお)りに思えたやろう。 「なにこれ!?」  (とおる)は気持ち悪いもんでも見たように、俺に()()い、その粒々(つぶつぶ)()けていた。 「(あめ)や」  そのつもり。俺は自分の手の中に(かろ)うじて残っていた五、六(つぶ)を、指を(ひろ)げて(とおる)に見せてやった。  怖々(こわごわ)(のぞ)()むように、それを見下ろしてきて、(とおる)はそれから、俺の顔をじっと見上げた。 「なに……これ?」 「だから、(あめ)やって。霊水(れいすい)の」  それ以上、うまい説明を思いつかなくて、俺はちょっと(おこ)った口調で答えた。 「はあ」  (とおる)(あき)れたように俺を見た。 「水飴(みずあめ)みたいやったやろ。鳥が食うとった時。そやから、もっと固めたら、(あめ)みたいになるかなあ、と、思って」 「なったみたいなやあ」  つんつん指先で、俺の手の平の上の飴玉(あめだま)をつついてきて、(とおる)はそれが灼熱(しゃくねつ)してないか、(たし)かめたみたいやった。 「食うてみていい?」 「腹一杯(はらいっぱい)なんやったんやないんか」 「スイーツ別腹(べつばら)」  無限(むげん)胃袋(いぶくろ)(ほこ)水地(みずち)(とおる)が、アキちゃん特製(とくせい)霊水(れいすい)(あめ)の第一作目を味見(あじみ)してくれた。  それでも(とおる)は、指先でつまんだ一()を、怖々(こわごわ)みたいに(した)に乗せ、緊迫(きんぱく)した顔で、その(あめ)()めていた。  こんなにシリアスな顔して飴玉(あめだま)食うてる(やつ)、いまだかつて見たことない。 「美味(うま)いで……普通(ふつう)に。というか、相当(そうとう)美味(うま)いで」  大きな目で、じっと上目遣(うわめづか)いに俺を見上げて、(とおる)は用心深く言った。 「そうか。お前も食うか」  これならええやろと思って、俺は瑞希(みずき)に手の平に()せた飴玉(あめだま)を差し出してやった。  飴玉(あめだま)食うのが(つみ)やなんて、いくらなんでも思うまい。  そやのに瑞希(みずき)は青い顔をしていた。そしてすぐには、手を出さへんかった。  ごくりと(つば)()()仕草(しぐさ)をしたところを見る(かぎ)り、瑞希(みずき)()えてんのは間違(まちが)いないような気がした。  (あま)(かお)霊力(れいりょく)補給源(ほきゅうげん)を見せられて、ほんまはそれに飛びつきたいくらい。バケツ一杯(いっぱい)でも食いたいぐらい。そんなふうに見えたけど、でも、躊躇(ためら)っている。 「飴玉(あめだま)で、俺を()おうっていうんか、先輩(せんぱい)……」  悲しいほど(なさ)けない。そういう声して、俺は瑞希(みずき)に問われた。  そういうことやな。結論(けつろん)として。そういうことになってしまうな。  でも、俺は、心配やったんや。  俺はお前を()いてはやられへん。血を()うのも(いや)やと言うてる。そんなやせ我慢(がまん)させてるうちに、お前が()(じに)にしてもうたら、俺はいったいどうすりゃええんや。  それに、こういう形やったら、俺が死んでも後に残せる。霊力(れいりょく)缶詰(かんづめ)みたいなもんやないか。  ていうか、見た目の通りの飴玉(あめだま)やけど。これも俺の死とともに、()けて消えてまうようなもんやろか。  そうではない。これは純粋(じゅんすい)霊力(れいりょく)結晶(けっしょう)や。俺に由来するもんではない。  (たし)かに俺を通じて現世(げんせ)に取り出されたもんやけど、元を(ただ)せば天地(あめつち)の()れるお(めぐ)みや。これをもとに人が生き、種が芽吹(めぶ)き、犬も()えを満たせる。そういうもんや。  現世(げんせ)のどこにでも、まんべんなくある力やけども、それが特に凝縮(ぎょうしゅく)されている。  それをやれるのは(げき)としての俺の(わざ)やけども、(あめ)を作った職人(しょくにん)さんがたとえ死んでもうても、もう作ってある(あめ)は後にも残る。それとおんなじ。 「これでも(いや)か。(あめ)(いや)なんか。なんやったらええねん。何でもええから食うてくれ。何でも出すから。精力(せいりょく)()きて消えてもうたら、どないするんや、瑞希(みずき)」  俺は(たの)()む口調で()いてた。  ご注文はなんですか。この(さい)神通力(じんつうりき)でなんでも出します。出せるような気がします。ハンバーグ出てこい言うたら出てくるような気がします。  ただの肉やない、霊力(れいりょく)増強(ぞうきょう)ハンバーグ。  俺はそれくらいには天地(あめつち)に愛されています。今やもう、不可能(ふかのう)はないような大盤振(おうばんぶ)()いで。 「アキちゃん……見るに見かねて一応(いちおう)言うけどな……ワンワンは、メニューに文句(もんく)言うてるわけやないで」  飴玉(あめだま)食いながら、(とおる)(なさ)けなそうに忠告(ちゅうこく)してきた。  えっ。そうなんか。メニューのせいやないんか。(あま)いモンは(きら)いとか、そういう理由やないか。  そういえば瑞希(みずき)、アイスは美味(うま)そうに食うてたもんな。(あま)いモンも食えるはずやで。 「飴玉(あめだま)やるから我慢(がまん)せえて、それはちょっと(おに)チックやない?」  ひそひそ(とおる)忠告(ちゅうこく)されて、俺は(かす)かにブルブル来てる瑞希(みずき)のほうを、(あせ)って見つめた。 「いや、そういう意味やないよ。(めし)は食わなあかんやないか、瑞希(みずき)。これは練習やから(あめ)みたいな形やねん。一回目やしな。もっと修練(しゅうれん)すれば、(ちが)うもんも出せると思うで。お前が食いたいような何かをな。何がええんや。肉食いたいんか?」 「せやしメニューのせいやないて言うてんのに、アキちゃん……」

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