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25-9 アキヒコ
俺も焦 っていたけど、亨 も焦 っていた。
瑞希 はものすご静かに怒 ってるみたいやった。わなわな来てた。
なんでそんなに怒 らせてんのか、実はアキちゃん、ちょっぴり分かっていません。
飴 、あかん? 不味 そうやった?
でも、亨 は美味 いて言うてんのやけど。
飴 は嫌 いか、瑞希 。
「飴 でいいです!」
むっちゃ怒鳴 られた。一瞬 ガラスがびりびり来るほどの強い霊波 が走 り抜 け、俺も亨 も、髪 の毛 びゅうってなびいてた。
瑞希 はぷんぷん怒 りながら、俺のところに飴玉 一個 とりにきて、鷲 づかむような手でそれをとり、ムカついてますという、眉根 を寄 せた伏 し目 がちな顔で、それを口に放 り込 んだ。
舐 めんのかと思ってたら、がりがり噛 んでた。噛 み砕 く音が猛烈 に怖 い。
歯が強いんやなあ、瑞希 は。骨 まで食われそう。
「もう一個 食うか……?」
「この際 、百個 でも二百個 でも食います。腹 減 ってんのやから!」
ギャオーンみたいに叫 ばれた。俺と亨 はこくこく頷 くのが限界 やった。
怖 いなあ、案外怖 い、瑞希 ちゃん。
服のせいもあるかもやけど、ちょっと神楽 さんチックやないか。
キレたらこんなんなんや、瑞希 。
キレてるときのほうが、ちょっぴりツボに来る俺は、そのことを誰 にも秘密 にしておくべきか。
「落ちてんの食えって言いませんよね。俺はほんまもんの犬のときでも、そんなことしたことないですから! 大事にされてたんやから。新しいの作ってくださいね」
ガン見で言われ、俺はこくこくと、瑞希 様に頷 いていた。
やっぱりお前、俺の前ではキャラ作ってたんやな。
ほんまはこういう奴 やったんや。わがまま犬やったんや。甘 やかされたボンボンやったんや。
それで俺もお前とは何となく、波長が合うというか、似 たもんどうしやという気がしててん。
可愛 い、甘 えたの弟みたい。可愛 い可愛 いって甘 やかしてやって、ご機嫌 とって、懐 いてくれたら嬉 しいなあというような。
あかん! それはアキちゃんもう殺さなあかんコース。即刻 、思考停止 !
飴 作ろう。俺は今、飴 職人 。飴 職人 やから!
「アキちゃん、ネジネジのとか作れんの?」
緊張感 はないアホの水地 亨 が、まだ緊張 してるような顔で、俺にそんなことを訊 いてくれた。
場を弁 えろ、亨 。ネジネジのなんか作れるわけない。そんな細部 に凝 らんでもええねん。
でも、俺って、いっぺん凝 りだすと、止まらんほうやねん。
とぼとぼ部屋 まで歩きながら、亨 のリクエストに従 って、赤と白のネジネジとか、ドラえもんの顔になってるやつとか、真ん中に穴 が開いてて笛 みたいに鳴 らせるやつとか、いろいろ作らさせられた。
それで分かったことやけど、俺は空想 できるもんは、何でも作れるらしい。
言うなれば、絵に描 けるもんは、なんでも作れる。
手から出すわけやから、富士山 とかは無理っぽいけど、今のところ、飴細工 の京都タワーまでは出せた。もちろん手の平に乗るサイズやで。
問題はそれを、どないして食うかということや。
食わへんかったら、有 り難 い天地(あめつち)の霊力 を、無駄遣 いしたことになってまうやろ。
床 にぶちまけてもうた飴 も、どうしようかなと困 っていたら、廊下 のどこかから、カサカサと黒いダスキンみたいなのが、いっぱい現 れた。
それは掃除 をしている式神 らしかった。
客が捨 てたゴミやら何やらを、掃除 して回っているらしい。
小型犬くらいの大きさで、よく見れば、ふさふさの太い毛の奥 に、一対 のぎょろ目が隠 れていたけども、形はただの毛玉 で、手も足もない。
転がるように現 れて、美味 そうにむしゃむしゃ飴 を喰 らいはじめ、美味 いのあるでと仲間を呼 んで、見る間に三十匹 もいたやろうか。
餌 やっちゃった。別にええんかな。
これってホテルの備品 かな。まさかそんなわけないな。中西 支配人 がこんなの飼 うてる訳 ないもん。
だって、どう見てもちょっと、漫画 キャラっぽいというか、邪悪 でフサフサのバーバ・モジャみたいやったもん。
知らんか、バーバ・モジャ。
バーバ・パパの子供 で、黒いやつやで。俺、チビの頃 、好きやってん。
バーバ・パパの子供 はいろいろ居 るねんけど、黒いバーバ・モジャは、絵を描 く子やねん。それで親近感 があったんやろな。
可愛 いなあ、この黒いのも。ちょっと目付き悪いけど。
半眼 で、いつも恨 んでるような目やけど、キモ可愛 い。
一匹 もらってったらあかんかな。
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