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25-11 アキヒコ
そやけど、もうあかん。完全にアウト。
やりたいというより、寂 しい。亨 と抱 き合 ってから眠 るんやないと。物足りへん。
暇 さえあれば、いちゃついてたい。絡 み合 う、二匹 の蛇 のように。
しかし今夜は我慢 やで。禁欲 。
近頃 、俺の辞書 から消えていた、この慎 み深 い単語 を、再 び取 り戻 さんとあかん。
犬にも餌 やって、もうすることないし、早寝 しよかと、亨 は俺といっしょに寝 るつもりらしかった。
添 い寝 やで。なんでそんな生殺 しみたいなことをするねん。
見張 るんやって。俺が水煙 と妙 なことをしいひんか。
信用でけへんから傍 で見張 るんやって。
ありがとう、なんて強い信頼 関係で結ばれた二人 や。
瑞希 ももう寝 ると言っていた。
疲 れたし、久々 で腹 も満ちたし。眠 りたいと言って、犬はどことなく暗く、もじもじしていた。
どこで寝 たらええか、分からんかったからやろ。
「ほんなら俺が右で、犬は左な。ただしアキちゃんに抱 きついたら殺すからな」
パジャマ着ている水地 亨 を、俺は初めて見た。
ホテルのやけど。だってそんなん、持ってきてるわけない。こいつ、持ってへんのやから、パジャマなんか。
ヴィラ北野 の備 え付 けのパジャマは、もちろん趣味 のいい、地模様 のあるオフホワイトで、下は普通 のパジャマのズボンやけど、上は着物みたいな前合わせになっていて、細い布 の帯 を結ぶ様式 やった。
着物でなく、ローブやからと、亨 には訂正 された。
着心地 のいい、てろんとした木綿 で、よく眠 れそうやった。
俺は相当 背 が高い部類 やと思うけど、ちゃんとサイズの合うのが用意されていた。
日本人でない客も泊 まるんやから、でかいサイズもあるってことやろう。
種明 かしをすると、それをチェックインのときにフロントのお姉 さんが確認 して、客を部屋 に案内 する前に、ハウスキーピングの担当者 にサイズを伝えるらしい。
小柄 な人なら、Sサイズ。でかい奴 ならLサイズ。例え、めちゃめちゃ太ってても、泊 まった客がパジャマ着るとき、すんませんけどサイズ合わへんて、わざわざ電話せんでもええように、ぴったり来るサイズを揃 えてあるらしい。
いつの間に見抜 かれたんか、部屋 のクロゼットの引き出しには、四人分の寝間着 が用意されていた。
二人 で宿泊 してる建前 やのに、そこに実は四人いるなんて、なんでバレてんのやろ。お見通しなんや、何もかも。
そやからシャワー浴びてきた瑞希 も、ちゃんとパジャマ着てたよ。三人お揃 いなんやで。
客観的 に見てアホみたい。正直恥 ずかしい。
良かった、この際 、水煙 が太刀 のままで。四人目がいたら恥 ずかしすぎた。
どんなパジャマパーティーやねん。しかもその全員と一緒 にベッドに入るやなんて。
「ぜんぜん眠 くない……」
ふとん入って、俺はぼやいた。
天蓋 に鏡 までついていた。
緊張 で青ざめた自分の顔が、そこから俺を見下ろしていた。
眠 いどころか、むしろギンギンに目が冴 えている。この物凄 い状況 で、しかも素面 なんやから。
俺は自分の胸 の上に、水煙 を抱 いて寝 ていた。
もちろん抜 き身 や、鞘 がない。
危 ないから、なんか巻 いたらと、亨 には忠告 されたけど、何とはなしに、刀身 が素肌 に触 れてないとあかんような気がして、結局そのまま。
まさか水煙 が、俺を斬 ったりはしいひんやろう。そういう期待 と、信頼 で。
そして、その右隣 に亨 がごそごそしていて、瑞希 は反対の端 っこで俺に背 を向け、小さくなっていた。
こいつも緊張 してるらしかった。変な感じがするんやろ。
変な感じなら、俺もする。どうしてええやら、わからへん。恥 ずかしいような、胃が痛 いような。
いつもやったら、さあ寝 よかという時には、やんわり亨 と抱 き合 うて、何かぶつぶつ話しているうちに、俺はことんと寝 てしまう。
大体疲 れてるし、甘 く暴 れた後やから、くつろいでいる。こんなにギンギンに緊張 していることはない。
朝になったら、肩 凝 ってるんやないか。それどころか全身が筋肉痛 で痛 いとか。それくらいのことは確実 と想定 される。
今からでも遅 くない。浴びるほど酒飲んでこようかな。ぐでんぐでんになるまで、酔 ってこようかな。
それは失礼なのか。祖先 伝来 のご神刀 と初夜 を過 ごすのに。
失礼というなら、今のこの状況 かて、十二分 に失礼やろう。
だって右に蛇 、左に犬で、それと一緒 に初夜 の儀式 やで。二人 っきりやないんやで。四人なんやで……。
俺は後悔 した。変に気兼 ねせんと、フロントに頼 んで、あと二室とってもらって、今夜だけはと、亨 と瑞希 には、よそで寝 てもらえばよかった。
どうせ怪 しい神通力 で、部屋数 はいくらでも増 やせているらしいヴィラ北野 なのやった。今から突然 でも、きっと空 き部屋 はあったんやろうに。
でも、もう、言いにくい。今さら出ていけとは。パジャマやねんし。
寝 よう、寝 ようって、俺は自分に必死で暗示 をかけつつ、目を閉 じて、羊 の数を数えてみていた。
そうすれば眠 れるって言うやんか。
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