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三都幻妖夜話(3)神戸編 25-12 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
25-12 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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25-12 アキヒコ
脳裏
(
のうり
)
の
暗闇
(
くらやみ
)
を、もこもこした白い、顔は黒い羊さんたちが、めええ、と鳴きながら、ぴょんぴょん
放物線
(
ほうぶつせん
)
を
描
(
えが
)
いて
跳
(
と
)
んでは消えた。
跳
(
おど
)
んでも
跳
(
と
)
んでも、
一向
(
いっこう
)
に
眠
(
ねむ
)
くなる
気配
(
けはい
)
はなかった。 それどころか、めええ、言うてる声が、ものすごリアルに耳につく。 なんでや。俺ちょっと、
想像
(
そうぞう
)
しすぎやないか。 「うるさいで……アキちゃん。羊
数
(
かぞ
)
えんの、やめといてくれへんか」 うんざりしたような、笑いを
堪
(
こら
)
えた声で言い、
亨
(
とおる
)
は俺から
離
(
はな
)
れた
俯
(
うつぶ
)
せのまま、
枕
(
まくら
)
を
抱
(
だ
)
きしめていた。 「口に出して数えてたか?」 そんなつもりはなくて、俺はびっくりした。 「いや。
窓
(
まど
)
の外を、羊が
跳
(
と
)
んでるのが見えてる」 さらにびっくりして、俺が身を起こすと、
寝室
(
しんしつ
)
の
窓
(
まど
)
から見える
神戸
(
こうべ
)
の夜に、
確
(
たし
)
かに俺が
想
(
おも
)
い
描
(
えが
)
いたとおりの、もこもこで白い、顔は黒い羊が、めええと鳴きながら、ぴょんぴょん
跳
(
と
)
んでは消えていた。 ……やばい。俺は。前にも
増
(
ま
)
して注意が必要になった。 あかんあかん、消えてくれと、羊さんたちに
祈
(
いの
)
ると、それはふっと終わった。
窓
(
まど
)
の外にはもう、羊は
跳
(
と
)
んでない。 三階やのに。どんな
凄
(
すご
)
い
跳躍
(
ちょうやく
)
やったのか。 もし
誰
(
だれ
)
か見てたら、きっと
大騒
(
おおさわ
)
ぎになっている。 もう、なってるのかもしれへんし、それとも今ここに
泊
(
と
)
まっている客は、みんな
普通
(
ふつう
)
ではないんやから、
誰
(
だれ
)
か
眠
(
ねむ
)
れへんのやなと、ただそう思っただけやろか。 ぼふっと
枕
(
まくら
)
に
戻
(
もど
)
った俺に、
亨
(
とおる
)
はくすくす笑っていた。 「
噛
(
か
)
んどこか、アキちゃん。
緊張
(
きんちょう
)
して
寝
(
ね
)
られへんのやろ」 ちくっとするけど、すぐ
眠
(
ねむ
)
れるでと、
亨
(
とおる
)
は
勧
(
すす
)
める口調やった。 俺はそれに、
頷
(
うなず
)
いた。 もう、それしかないわ。そうやって
眠
(
ねむ
)
ろう。
明日
(
あした
)
は
可哀想
(
かわいそう
)
やけど、
瑞希
(
みずき
)
には別の
部屋
(
へや
)
をとってやろう。こいつもそのほうが、きっとくつろげるやろう。 こんなふうに
眠
(
ねむ
)
らされるよりは、いっそそのほうがええわ。 「
堪忍
(
かんにん
)
してくれ、
瑞希
(
みずき
)
。いろいろ
想像力
(
そうぞうりょく
)
が足らんかった。
明日
(
あした
)
はお前の
部屋
(
へや
)
を別にとるしな。今夜だけ、
辛抱
(
しんぼう
)
してくれ」
蛇
(
へび
)
の
鋭
(
するど
)
い
毒牙
(
どくが
)
を受ける、その前に、俺は
瑞希
(
みずき
)
にそう
詫
(
わ
)
びた。
瑞希
(
みずき
)
はすぐには、何も答えへんかった。 まさかもう、
寝
(
ね
)
てもうたんかな。しんどいみたいやったし、やっと
飢
(
う
)
えも満たされて、
案外
(
あんがい
)
ほっとして、もう
眠
(
ねむ
)
りに落ちたんやろか。 そんなわけはない。俺と
違
(
ちご
)
うて、
瑞希
(
みずき
)
はそんな
鈍
(
にぶ
)
い
奴
(
やつ
)
やない。こいつはこいつで、
繊細
(
せんさい
)
なところもある犬や。 しばしの
沈黙
(
ちんもく
)
の
後
(
のち
)
、
堪
(
こら
)
えられんかったように、
瑞希
(
みずき
)
はこちらに
背
(
せ
)
を向けたまま、ぽつりと
呟
(
つぶや
)
いていた。 「
辛抱
(
しんぼう
)
できへん、
先輩
(
せんぱい
)
」 それが
痛恨
(
つうこん
)
の
極
(
きわ
)
みというように、
絞
(
しぼ
)
り
出
(
だ
)
された
小声
(
こごえ
)
やった。 俺の
首筋
(
くびすじ
)
に
牙
(
きば
)
を
突
(
つ
)
き
立
(
た
)
てようとしていた
亨
(
とおる
)
が、ふとそれを
止
(
や
)
めるのが感じられた。 代わりに温かい
息遣
(
いきづか
)
いが、
首筋
(
くびすじ
)
に
触
(
ふ
)
れて、俺はそこはかとなく、
悶
(
もだ
)
えたいような
心地
(
ここち
)
がした。 「血が
欲
(
ほ
)
しいんです、
先輩
(
せんぱい
)
の。大阪で、ひとくちだけ、
舐
(
な
)
めたやろう。あれの味が
忘
(
わす
)
れられへん。三万年
経
(
た
)
っても。俺は結局……
外道
(
げどう
)
やねん」 こっちに向けられた
背
(
せ
)
が、苦しそうに丸くなっていた。 俺は
横目
(
よこめ
)
に、それを
眺
(
なが
)
めた。 小さい
背中
(
せなか
)
に見えた。まだうっすら
濡
(
ぬ
)
れたままの
髪
(
かみ
)
が、ちょっと
巻
(
ま
)
いてて、ふにゃっとしてて、
洗
(
あら
)
ったばかりの、
可愛
(
かわい
)
い小さい犬みたい。 「
我慢
(
がまん
)
できると思ったんやけど……
我慢
(
がまん
)
でけへん」
震
(
ふる
)
える声でそう言って、
瑞希
(
みずき
)
はほんまに
震
(
ふる
)
えているようやった。 「出ていっていいですか、今すぐに。
部屋
(
へや
)
なんか
要
(
い
)
らんしな。
明日
(
あした
)
にはまた
戻
(
もど
)
ります。
戻
(
もど
)
ってきても、いいんですよね?」 出ていったらもう、自分の
居場所
(
いばしょ
)
なんか無くなるんやないかと、
震
(
ふる
)
えてるような声で、
瑞希
(
みずき
)
はぼそぼそ
訊
(
たず
)
ね、こっちを見ようとはしいひんかった。 見たくなかっただけかもしれへん。
亨
(
とおる
)
と俺が、
寄
(
よ
)
り
添
(
そ
)
っている
気配
(
けはい
)
が、
背中
(
せなか
)
越
(
ご
)
しにも分かるんやろう。 「血、
吸
(
す
)
えば、ワンワン。それは
我慢
(
がまん
)
はでけへんで。お前、天使やめようと思って、アキちゃんに血を
吸
(
す
)
わせたんやろ。せやし、
感染
(
かんせん
)
してもうてんのや。
吸血
(
きゅうけつ
)
したい、
蛇
(
へび
)
の血に」
苦笑
(
くしょう
)
して、
亨
(
とおる
)
は俺の
肩
(
かた
)
に
寄
(
よ
)
り
添
(
そ
)
い、
瑞希
(
みずき
)
の
背中
(
せなか
)
に話しかけていた。 「大したもんやないで。アキちゃんかて
吸
(
す
)
うんやで。ラジオも
吸
(
す
)
うしな。
水煙
(
すいえん
)
も
吸
(
す
)
うの?」
確信
(
かくしん
)
はなかったけど、
疑
(
うたが
)
ってはいたという顔で、
亨
(
とおる
)
は俺に
意地悪
(
いじわる
)
く
訊
(
たず
)
ねた。 そうかと
訊
(
き
)
かれれば、
嘘
(
うそ
)
をつく
訳
(
わけ
)
にもいかへん。しょうがなくて、俺は小さく
頷
(
うなず
)
いた。 俺は
水煙
(
すいえん
)
に血を
吸
(
す
)
われた。みんな
吸
(
す
)
うらしいで、
大概
(
たいがい
)
の
外道
(
げどう
)
は
吸
(
す
)
うんかもしれへん。 人の血は
美味
(
うま
)
いらしい。まして
巫覡
(
ふげき
)
の血となると、それは
契約
(
けいやく
)
の
代償
(
だいしょう
)
でもある。 給料みたいなもん。みんなそれが楽しみで、
仕
(
つか
)
えてるんやって。ご主人様の血を
貰
(
もら
)
うのが。 大食らいなのと、小食なのと、そんな
違
(
ちが
)
いはあるやろうけど、とにかく人の
血肉
(
ちにく
)
は、
外道
(
げどう
)
の
好物
(
こうぶつ
)
や。 「やっぱそうか。俺に
隠
(
かく
)
れて
吸
(
す
)
うてやがったな。この
野郎
(
やろう
)
」
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椎堂かおる
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