513 / 928
25-13 アキヒコ
こんこんと水煙 の樋 のある刀身 を拳 で叩 いて、亨 は怒 ってんのか、冷やかしてんのか、よう分からんような言葉を浴 びせた。
それでも水煙 は、しいんと静まりかえってた。
「みんなそうや、瑞希 ちゃん。お高いような水煙 様でも、アキちゃんの血は吸 うんや。それは雇用 条件 に含 まれてる。福利厚生 やで。出ていきたいんやったら、出ていけばええけど、吸 いたいんやったら、吸 うていけば?」
亨 はもう、毒 食えば皿 までみたいな気分やったんかな。ヤケクソみたいな大盤振 る舞 いやった。
それでも渋 ってる、ちっさい犬の背中 を見て、亨 はふふんと、小さく嘲笑 っていた。
「あかんの。ほんで、どないすんのや。よそ行って、誰 か他 のを探 すんか。悦 さそうな男見つけて、一晩 抱 いてもろて、血もくれって強請 るんか。やめろ。お前にやらせたら、あっというまに吸血鬼 だらけなってまうから。また狂犬病 んときみたいな社会問題になるで」
「そんなんせえへんわ!」
血相 変えて、瑞希 が寝返 りを打った。
「そんなんしません。ほんまです。……俺をなんやと思うとんのや!」
悲壮 なふうに俺に言 い訳 をしてから、瑞希 は亨 に怒鳴 ってた。
それでも亨 は、犬が吠 えかかったくらいでは、怖 くもなんともないらしい。にやにや笑ったままやった。
「なんやって、ケツに締 まりのない牝犬 かと。だってこいつな、やらせろいう男なら、誰 でも突 っ込 ませてやってたらしいで、アキちゃん」
「アホ! そんな話すんな!」
真 っ青 になって、瑞希 は亨 を黙 らせようと、さらに怒鳴 ったけど、蛇 は知らん顔してた。
「可愛 いふりすんな、牝犬 め」
「うるさい、俺は牡 や!」
悔 しいみたいに瑞希 は反論 してたけど、それは全然 、反論 になってない。
俺は頭上を飛 び交 う話に、ますます胃が痛 くなってきていた。やめてくれ、寝入 りばなにケンカすんのは。寝 られへん。
「雌 でも雄 でも同じようなもんや、瑞希 ちゃん。この犬畜生 が。お前の素行 の悪さは、もうバレとんねん。大阪 の事件 のときに調べはついてる。アキちゃんも俺も、水煙 も、どうせ皆 もう知ってんねんで? 今さら何を、可愛 い子のふりしようというんや」
ねっとり嫌 みったらしい口調で言うて、亨 はにやにやしていた。
お前もな……何も今、言わんでええやん。瑞希 、泣きそうなってるやんか。可哀想 やと思わへんのか。
「そんなんしません。ほんまにもう俺は、悔 い改 めた。罪 の報 いも受けました。前とおんなじやと思わんといてください」
俺に縋 ってええんやったら、縋 り付 きたいみたいな顔をして、瑞希 は身を寄 せ、そう訴 えかけてきてから、ふと、ものすご遠い目をした。
暗い目やった。俺を見つめる大きな目が、灯 りを消した部屋 の中でも、爛々 と光って見えた。金色がかって。
白い喉 が、ごくりと留飲 するのが見えた。
瑞希 の目は、亨 がすでに縋 るように、寄 り添 っている俺の、首筋 のあたりを見ていた。
そこに脈打 つ血の流れが、耳のいい犬には聞こえたやろか。それとも、亨 が赤い唇 で、俺の首筋 をなぞり、ちろりと濡 れた舌 を出して、そこを舐 めるのが、辛抱 たまらん光景 やったんか。
瑞希 はきつく目を閉 じて、顔を背 けた。
「どこか変わったんか、瑞希 ちゃん。相変わらず欲 しそうな目えして。前にも増 して涎 出そうな顔してるで。欲 しいんやろう、分かるよ。俺もしばらくは我慢 したんやけどな、アキちゃん、ええ匂 いがしすぎやねん。血が匂 う。美味 そうやねんなあ……」
くんくんするように、俺の首筋 に鼻先を擦 り寄 せて、亨 は首を巡 らした俺と、上目遣 いに見つめ合った。
「アキちゃん……俺も欲 しい」
「またか……? 昼間も吸 うてたやろ。どんだけ吸 うねん」
照 れて、俺は小声 で囁 いてきた亨 に、慌 てたような小声 で囁 き返した。
それでも無意味や、しっかり聞こえてる。瑞希 も耳はいいほうや。
「寂 しいねん。ちょっとだけやし、吸 うてもええか。寝酒 代わりに、酔 いたいねん。我慢 するしな、今夜は、アレのほうは。せやし代わりに、血吸 わせてえな」
血の道をなぞる、亨 の指先の、いかにも誘 うような感触 に、俺は全身粟立 っていた。
誘惑 せんといてくれ。どっちが我慢 させられてんのか分からへん。
基本 、エロやねんから、水地 亨 は。むらむら来るんやから。そういう妖怪 なんやから。
ほんまは隣 で寝 てるだけでも、大我慢 大会なんやからな。
つらいつらい。何も無しじゃつらい。
「吸 いたきゃ吸 え!」
照 れ隠 しに怒鳴 り、俺はやんわりと寄 り添 ってくる亨 に、顎 を逸 らして自分の頸動脈 を見せた。
本日二回目やで。漲 ってるからええようなもんの。
俺はお前らの血液 バンクか。血を作るために飼 われてんのか。
どっちがご主人様かわからへん。ほとんど家畜 みたいなもんなんやないんか。
ともだちにシェアしよう!