514 / 928

25-14 アキヒコ

 そう思うのは、昼間は昼間で、朧(おぼろ)様に美味(うま)い美味(うま)いと血を吸(す)われたからやし、夜は夜で、亨(とおる)はもちろんやけど、瑞希(みずき)も我慢(がまん)でけへんらしかったからや。  ぺろりと冷たい感触(かんしょく)のする舌(した)で、俺の首筋(くびすじ)を舐(な)めてから、亨(とおる)はざっくりと無遠慮(ぶえんりょ)に、牙(きば)を突(つ)き立(た)ててきた。  ちくりで眠(ねむ)れる言うてたくせに、それはがっつり本気で吸血(きゅうけつ)するつもりの、牙(きば)の入れ方やった。  我慢(がまん)できずに、俺は呻(うめ)いた。  低く喘(あえ)ぐような声やったかもしれません。  我慢(がまん)できへんねんて、気持ちええねんから。なんか毒(どく)がついてるんやで、きっと。亨(とおる)の牙(きば)には。気持ちよくなるような麻薬(まやく)が出てる。  俺のにもあるんかもしれへん。だって亨(とおる)が気持ちええらしいから、俺に血を吸(す)われると。  甘(あま)い陶酔(とうすい)がある。  背(そむ)けた顔が、瑞希(みずき)のほうを向いてることは、一応(いちおう)、意識(いしき)はしてた。  我慢(がまん)はした。堪(たま)らんという顔をするのは。我慢(がまん)したつもり。  それとも、できてなかったか。  ぺろぺろ舐(な)めてる舌(した)が、首筋(くびすじ)に触(ふ)れるのが、つらい。自分も襲(おそ)いかかりたくなる。亨(とおる)を押(お)し倒(たお)して、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)やりたい。  畜生(ちくしょう)。わざとやで。絶対(ぜったい)、亨(とおる)はわざとやってる。  人を幻惑(げんわく)する術(じゅつ)が、こいつの得意技(とくいわざ)なんや。エロくさく淫靡(いんび)に誘(さそ)って、死にかけ男でも勃(た)たせてみせるって、それがこいつの生(い)き甲斐(がい)なんやないか。  亨(とおる)の手が、布団(ふとん)の中で、俺の太腿(ふともも)を撫(な)でていた。我慢(がまん)できるか、そんなもん。 「もう……もう、ええやろ、亨(とおる)。味見(あじみ)程度(ていど)で……」  もう、つらいって、俺は亨(とおる)を押(お)しのけようとした。  それに、くすくす笑って、亨(とおる)は珍(めずら)しく諦(あきら)め良く、牙(きば)を抜(ぬ)き取(と)った。  もともと腹(はら)も減(へ)ってへん。今夜は余裕(よゆう)があるらしい。  そらそうや。昼間に一度だけとはいえ、ちゃんと抱(だ)き合(お)うたし、血も吸(す)うたし、そのうえ飴(あめ)まで喰(く)ろうてんのやで。それで腹(はら)減(へ)ってたら変やで。  それでもまだまだ吸(す)いたいみたいに、亨(とおる)は俺の首筋(くびすじ)の傷(きず)が塞(ふさ)がるまでの一瞬(いっしゅん)に流れ出た血を、美味(うま)そうにぺろりと舐(な)めとっていた。 「こうやって吸(す)うんやで、瑞希(みずき)ちゃん。牙(きば)無いか。あるやろ、ワンワンやねんから。お前ももうちょっと練(ね)れてたらなあ。吸(す)うてる間、アキちゃんを、気持ちようしてやれんのやけど?」  血の付いた唇(くちびる)を舐(な)めとりながら、亨(とおる)はくすくす笑っていた。悪魔(サタン)みたいに。  血を吸(す)う悪魔(あくま)やで、こいつは。確(たし)かにそうやわ。  今まで気がついてなかったけど、考えてみれば実に悪魔的(あくまてき)や。  ただそれが、俺にとっては辛抱(しんぼう)たまらん、愛(いと)しい悪魔(あくま)やというだけで。  抱(だ)き合(あ)って吸血(きゅうけつ)している姿(すがた)を眺(なが)め、瑞希(みずき)の呼吸(こきゅう)はひどく乱(みだ)れて見えた。  うちでは吸血(きゅうけつ)は、ゴハンやし。性行為(せいこうい)ではない。  飯(めし)食うてるとこ見られても、恥(は)ずかしくないはず。  そやのに俺は恥(は)ずかしかった。  昼間に二人(ふたり)がかりで吸(す)われた時も、実はけっこう恥(は)ずかしかった。  恥(は)ずかしいような快感(かいかん)やったんや。  それを瑞希(みずき)に見られて、恥(は)ずかしかった。穴(あな)があったら入りたい。  お前に偉(えら)そうなこと言うたところで、俺もそうやで。外道(げどう)やねん。  蛇(へび)で悪魔(サタン)の水地(みずち)亨(とおる)に、吸血(きゅうけつ)されて、堪(こら)えきれずに喘(あえ)ぐ。そういう、ダメ男やねん。  お前のこと、罵(ののし)ったりしいひん。血を吸(す)うぐらいでは。  誰(だれ)でも彼(かれ)でも吸(す)うのはまずい。  確(たし)かに亨(とおる)の言うとおりやわ。これって感染(かんせん)するんや。  そうやな、吸血鬼(ヴァンパイア)ってそういうもんやったよな。  血を吸(す)うと、その相手にも、血を吸(す)う属性(ぞくせい)がうつる。  一回二回吸(す)うたぐらいで、あっというまに吸血鬼(きゅうけつき)って訳(わけ)ではないらしいけど、何らかの人でなしの傾向(けいこう)は現(あらわ)れる。  なんせ外道(げどう)に噛(か)まれるんやからな。少なくとも、その味を、忘(わす)れられへんようにはなるやろ。  亨(とおる)みたいな奴(やつ)が来て、がぶっと噛(か)んでいったら。もう一度と、その相手を求めるようになる。この美しい白い顔の、虜(とりこ)にされてしまう。  また瑞希(みずき)がハーレム作ってたらどないしよ。  それは自由やけども。そこからネズミ算式に吸血鬼(ヴァンパイア)だらけになったりしたら、俺のせいなんや。我慢(がまん)させなあかん。 「作法(さほう)があんねん、瑞希(みずき)ちゃん。外道(げどう)として生きていくにも。人間様と仲良う、当(あ)たり障(さわ)りなくやっていきたいんやったらな」  まだまだ俺に絡(から)みついたままの、どこか淫靡(いんび)な媚態(びたい)のままで、亨(とおる)は瑞希(みずき)を見やり、教えてやっていた。 「どうしても血が欲(ほ)しいてたまらんのやったら、アキちゃんのにしとき。こいつなら、吸(す)いすぎて死ぬってことはない。ダムみたいなもんや。今や、お前ひとりでは吸(す)い尽(つ)くせへんぐらいの霊力(れいりょく)は持ってる。でも、普通(ふつう)の人間から夢中(むちゅう)で吸(す)うたら、失血死(しっけつし)させてまうかもしれへんで。急にいっぱい血をなくすと、人間てショック死することもあるねん。それやのうても、外道(げどう)に血を吸(す)われるなんて、ショックやねんからな?」 「そんなんしたくないんや、俺は……」

ともだちにシェアしよう!