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25-15 アキヒコ
すでにもう、あからさまに諭 す口調になっている、亨 の話を聞きながら、瑞希 は悲しい顔やった。その顔を見られんのもつらいみたいに、瑞希 は横たわったまま頭を抱 えていた。
やれやれと、亨 はまたため息ついてた。
「ほんなら天使のままで居 ったらよかったのに。お前の大好きな本間 先輩 は、とっくの昔に俺の僕 で、血を吸 う外道 に堕 ちてもうてんのや。穢 れんのが嫌 やて言うてたら、付き合 うていかれへん。どうしても嫌 なんやったら、愛想 つかして出ていけばええよ」
いかにも面倒 くさそうに、亨 はぶちぶち言うていた。
それにも瑞希 は嫌 やって、小さく首を振 って拒 んだ。出ていきたくはないんやろ。
でも、それなら、どないしたらええんやろ。血は吸 わんでも、食う宛 はできたから、ええようなものの、ずっと血吸 いたいの我慢 しとくのか。我慢 できるもんなんかなあ。
俺はできひん。我慢強 さには自信あるけど、それでも無理やった。
我慢 も限界 になってくると、気が狂 いそうになる。血が吸 いたくて。
亨 が言うには、そのうち慣 れて、そこまでがっつかへんようになるらしいけど、俺はまだまだこの道に堕 ちて日が浅 いんで。まだまだお盛 んなんやって。
けど、それを言うなら瑞希 も同じやろ。
「なんで嫌 なんや……瑞希 」
訊 いてええんか遠慮 しつつ、俺は訊 ねた。
「嫌 われたくないねん、先輩 に。お前は鬼 やって、また思われたくない」
俺はお前にそんなこと言うたっけ。大阪 で、そう言うてたか。お前もそれに傷 ついてたんか。水煙 みたいに。
それは確 かに、まずかったかもしれへん。たとえそれが事実でも、口に出したらあかんかったのかもな。
しかしそれは、鬼 斬 りをする覡 の、最後通告 や。
そうでなければ神を斬 るのは畏 れ多 い。
鬼 になってる、もう助けられへん。だから斬 るんや、分かってくれという意味や。
お前が憎 いという意味やない。泣いて斬 るんや。おとんもそう言うてたやろ。
そやけど瑞希 は、そんなこと知らんのやもんな。
俺が自分のことを嫌 いやから、そう言うてんのやと思ってたんやろ。
「お前を嫌 いになんかならへん。それくらいでは」
血を吸 うぐらいでは。
ほんま言うたら、あの時も。
夏にお前が病気になって、苦しい言うてた時も、疫神 を祓 ってやって、俺の血をやって、精力 つけさせて、元気な体に戻 してやれるんやったら、俺はそうすれば良かった。
そんなことになってると、そんな方法があると、全然知らんかったから、あんなことになってもうたんや。
言うなれば俺が未熟 やったせいで、お前は死ぬ目にあった。他 にも大勢 死んだ。
お前は人を、餌 として殺す羽目 になった。
俺がもっとしっかりしてれば、何てことない、無難 なコースに行けたのに。
その悲劇 の起点 は、俺が鬼道 の家の子でありながら、それは嫌 やと拒 んできた、そんな甲斐性 の無さにあったんや。
もっと小さい頃 から、おかんに学んで、あるいは大崎 先生につんけんしたりせず、ちゃんと師事 して、自分の歩むべき道を歩いてきてたら、簡単 に防 げた事やったかもしれへん。
そもそも下手 に疫神 の絵なんか、描 いたりしいひんかったやろ。
今こうして、お前が血を吸 う外道 に堕 ちたというんやったら、それは全部、俺のせいなんやで。
なんで俺がそれを理由に、お前を嫌 いになれるんや。
そういうつもりで、俺は瑞希 に言うた。
「俺の血を吸 うて、お前がそれで、いくらか満足するんやったら、俺も嬉 しい。他 にしてやれることが何もないしな」
何もない。そう言われて、瑞希 は濃 い睫毛 のある目蓋 を、微 かに震 わせていた。
そうやで。何もない。俺はもう、お前を抱 いてやられへん。
そんなつもりない。俺はもう、亨 をつらい目には遭 わせたくない。
自然に妥協 できひんのやったら、お前にも、主人として命令せなあかんやろうか。
俺のことは、ただの主人やと思え。恋愛 対象 にするな。忘 れてしまえと、力づくでも命じるか。
もう、そういう覚悟 を決めなあかん。
だって俺は、もうすぐ死ぬかもしれへんのやから。
想 いのあるまま、後に遺 されたら、しんどいでと、朧 様も言うていた。
確 かにあいつは苦しんだやろ。おとんは酷 い鬼 やった。
捨 てていくなら、俺を忘 れろと、命じていけばよかったんや。
そしたら朧 も苦しまへんかった。もうちょっと楽に生きていたやろう。
おとんを追って、広島行ったりしいひんかった。
それで助けられることになった人らが、助からんことになってたかもしれへんけども、それでも朧 は気にしいひんかったやろ。
いいや、そのコースではもう、あいつは朧 ではない。
湊川 怜司 や。
もう、お月さんのことは忘 れた。月に寄 り添 う龍 ではない。
ただの、酷薄 な、噂 を囀 る雀 に戻 る。
あるいは、血も涙 もない鬼 に。
そう思うと、俺の目は泳 いだ。
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