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25-18 アキヒコ
そう思うと怖 いけど、要するに、夢 は異界 や。
誰 でも入れる、一番簡単 な、別位相 への入り口で、人は眠 りによって、その位相 へ入 り込 み、そしてまた戻 ってくることを、毎晩 繰 り返 している。
そういう意味では誰 にでも、位相 の行き来は可能 やねん。
別に何も、特殊 なことではない。誰 にでもできる、普通 のことや。
憶 えてる、忘 れてる、カラーやったり、白黒やったり、個人差 あるけど、夢 を見たことのない人って、そうそう居 らんやろう?
科学的にも、人は毎晩 、夢見 てるらしい。
憶 えて無くても、一晩 に三、四回、人は夢 の世界へと旅をしている。人界 に体を残し、魂 だけが自由になって、三千世界 を駆 けめぐっているわけや。
すごいやろ。知らんかったやろ。実はそうやねん。これも豆知識 。
夢 に見る、別の位相 がどんなところか、それは時々による。
すでに死んでもうてる人が出てくるような夢 もあるやろう。死んだ親類 や友達 が、夢枕 に立ったとかさ。
それはどこかで冥界 と、繋 がっている位相 かもしれへんなあ。
何か用事があって、あるいは、ただ懐 かしなって、死んだお婆 ちゃんとかが、ちょっと顔見に来たんやろ。
別に怖 がることはない。だってただの、夢 やしな。生きてた時と同じように、楽しく話して、ほなまたねと笑って別れ、目覚めればええねん。
あるいは未来に起きる出来事 を、先 んじて夢 に見るような、いわゆる予知夢 というのもある。
それは蔦子 さんや竜太郎 が視 るような、時流 の先の世界と、繋 がっている夢 かもしれへん。
人には少々、誰 にでも、予知能力 があるもんらしい。
普段 はその使い方を、忘 れてもうてるような人でも、眠 って肉体から離 れた時には、いろんなしがらみや固定概念 から、自由になっていることがある。
そういう時に案外、自分が持ってる本来の力が、発揮 されたりするわけやな。
訳 のわからん平行世界(パラレルワールド)へ繋 がってもうて、現実 にはありえへんような出来事 が、起きる場合もあるやろう。
それこそ夢 のような、楽しい世界であることもあるし、怖 い化けモンに追いかけられる、夢見 の悪い世界のこともある。
何かの縁 があって、同じ世界に何遍 も、行ってしまう人もいてる。
同じ夢 を二度三度、見てまうことってないやろか。それが、そうやで。どこか別の位相 にある、同じ世界へ行っている。それを夢 やと思うてるだけなんや。
まあ、実際 、夢 なんやけどな。
それがまさしく夢 の正体 や。魂 だけの、位相間 移動 。いっちゃってるわけやで。えらいことやなあ。
しかし人はいつでも、その夢 の世界から、当たり前の人界 へと戻 ることができる。ただ目を醒 ませばええだけやから、何も心配することはない。
体を抜 け出 た魂 は、一瞬 にして現世 へと帰る。そしてまた、続きの人生を、生きていくことができるんや。
夢 で起きた出来事 は、現実 やない。一般的 にはそうや。それが常識 。
夢 と現実 には、しっかり区別 つけとかなあかん。
当たり前やけど、これはとても、重要なことなんやで。少なくとも、俺にとってはそうや。
なんでそんなことを言うかについて、これから話そう。
その夜の夢 で、俺は砂浜 にいた。
早朝 なのか、これから昇 ろうとしている明るい朝日が、遠く静かな水平線に見え始め、有 り明 けの月が、ぼんやりと白く、薄青 くなりはじめた空に、まん丸い形をして、ゆったり優雅 に見えていた。
あれが、そう。暁月 や。
俺の雅号 で、大崎 先生が名付け、それが俺によう合 うてると、亨 が決めた、俺の新しい、もうひとつの名前。
白い砂 の輝 くような浜辺 で、水煙 は月を見ていた。
浜 にはそれのほかに、人っ子ひとり、居 てへんかった。
これはどこやと、俺は不思議 な気がして、静かに波の打 ち寄 せる、その穏 やかな、そしてとても古いらしい、箱庭 のような小さな異世界 を見ていた。
その世界がずいぶんと、狭 いらしいということは、感覚的に理解 できた。
説明しにくいんやけど、何というかな、絵はがきみたいな世界やったで。
元々ほんまにあった世界から、小さく切り取ってきて、大事な想 い出 として、古いアルバムに貼 ってある。
時々出してきて、それを眺 める。そして懐 かしく思うためにある、そんなちゃっちゃな記念品で、ほんまの世界に比 べたら、手の平に乗るくらいの、狭 い狭 い世界なんやと、俺には思えた。
それでも突 き抜 けるような空の高さと、遠く煌 めく水平線が見える。
打 ち寄 せる波も、はるか遠い海底からの、海の鳴動 を受けて、ゆったり波打 つようやった。
水煙 は、波 打 ち寄 せる白砂 の上に座 り、まるでたった今、打ち上げられてきた人魚 かなにかのように見えた。
ただし、ちゃんと二本の足のある、人のような姿 はしてた。
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