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三都幻妖夜話(3)神戸編 25-21 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
25-21 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
521 / 928
25-21 アキヒコ
水煙
(
すいえん
)
が、そう言うんやったら、そうなんやろう。 俺はいつでも、この神さんの言うことは、
鵜呑
(
うの
)
みやからな。 そんなアホなと思うようなことでも、
水煙
(
すいえん
)
やったら、ああそうなんやで
済
(
す
)
んでしまう。 「その子、どうしたんや」 「どうしたって……しょうがないから、俺が育てた。血をやって。そのうち、ひとかどの
覡
(
げき
)
にはなったが、死んでしもたわ。人の子やから」
水煙
(
すいえん
)
は、
表情
(
ひょうじょう
)
の
乏
(
とぼ
)
しい顔でそう言うて、じっと俺の顔を見た。その目が
懐
(
なつ
)
かしそうで、俺はちょっと、
嫌
(
いや
)
な予感はしていたんや。 「なんて名前やったんや、その子」 「
暁彦
(
あきひこ
)
や。明け方、海から流れてきたんで、それでよかろうということで」 さらりと答える
水煙
(
すいえん
)
の
言葉尻
(
ことばじり
)
から、俺はその名をつけたのが、
水煙
(
すいえん
)
ではないらしいことは
嗅
(
か
)
ぎ
取
(
と
)
っていた。
暁
(
あかつき
)
の子やから、
暁彦
(
あきひこ
)
で、それでええやろと名付けた、その人物は、たぶん
伊勢
(
いせ
)
の
刀鍛冶
(
かたなかじ
)
やった男で、
難儀
(
なんぎ
)
な話や、まさか
子供
(
こども
)
ができるとは、思うてなかったんやって。 それで、しょうがないから
水煙
(
すいえん
)
は、ひとりで育てた。
刀師
(
とじ
)
の家でではなく、どこか
他所
(
よそ
)
で、新たに別の
家系
(
かけい
)
の
祖
(
そ
)
として。それが
秋津
(
あきつ
)
の最初の
当主
(
とうしゅ
)
になったんや。 そういう話やで、たぶんやけどな。 悪い男やで、その
刀師
(
とじ
)
もやけど、
人魚姫
(
にんぎょひめ
)
に出てくる人間の王子も。 結局、海から来た
恋人
(
こいびと
)
は、ふられるようにできている。
人魚姫
(
にんぎょひめ
)
は泣いて海の
泡
(
あわ
)
になったけど、
水煙
(
すいえん
)
はそこまで弱くはなかったんやろう。
鉄
(
てつ
)
やしな。
芯
(
しん
)
が強いんや。 この子どないすんねんと、
赤
(
あか
)
ん
坊
(
ぼう
)
やった
暁彦
(
あきひこ
)
のために、陸(おか)に
留
(
とど
)
まることにした。 そして、それから千年、二千年。いろいろあって、年号も次々に改まり、とうとう平成の
御代
(
みよ
)
になっていたんや。
水煙
(
すいえん
)
はすっかり、
秋津
(
あきつ
)
家のご
神刀
(
しんとう
)
になっていて、海の底から上がって来た
頃
(
ころ
)
のことは、はるか
過去
(
かこ
)
の時代になっていた。 今さらどこへ、帰れるというんや。
秋津
(
あきつ
)
の家が、
水煙
(
すいえん
)
の家(いえ)で、
他
(
ほか
)
に帰れるところなんか、あるわけがない。 「そうか……
暁彦
(
あきひこ
)
か。それで
系図
(
けいず
)
の中に、ときどきその名前の男がおるんや」 俺は
皮肉
(
ひにく
)
に
納得
(
なっとく
)
をして、
水煙
(
すいえん
)
の手を
撫
(
な
)
でた。 その手はほとんど、元通りやった。
未
(
いま
)
だかつて、ここまで
水煙
(
すいえん
)
の手を
撫
(
な
)
でさすったことがあるやろか。 もちろん手を元に
戻
(
もど
)
すためやし、
他意
(
たい
)
はないはずなんやけど、変なもんやった。
二人
(
ふたり
)
して向き
合
(
お
)
うて、手をにぎにぎしてんのは。 「
誰
(
だれ
)
にでも
許
(
ゆる
)
したわけではないで。
見込
(
みこ
)
みのありそうな子にだけや」 「おとんは
見込
(
みこ
)
みのある子やったんや」 俺が
訊
(
き
)
くと、
水煙
(
すいえん
)
は、
淡
(
あわ
)
くにっこりとして
頷
(
うなず
)
いた。 その
頬
(
ほほ
)
に黒く
染
(
し
)
み
付
(
つ
)
いた、
網目
(
あみめ
)
の
傷
(
きず
)
がなければ、
水煙
(
すいえん
)
は幸せそうにも見えた。
不思議
(
ふしぎ
)
や、
水煙
(
すいえん
)
は、俺のおとんが
産声
(
うぶごえ
)
を上げた日にも、今と変わらん
姿
(
すがた
)
でうちにいた。 それどころか、
血筋
(
ちすじ
)
の始めにいてる男が、海から流れ着いた時にさえ、今、俺とこうして波打ち
寄
(
よ
)
せる
浜辺
(
はまべ
)
にいるように、
砂浜
(
すなはま
)
に
佇
(
たたず
)
み、
岸辺
(
きしべ
)
に流れ着いたその子を、助け上げていた。 それからずっと、その子の子孫に
取
(
と
)
り
憑
(
つ
)
いている。 守っているのか、守られているのか、よう分からんような形で。 「そんな
曰
(
いわ
)
くのある大事な名前やのに、俺はお前がおらん
間
(
ま
)
に生まれてて、勝手にその名を名乗ってたやなんて、えらい
図々
(
ずうずう
)
しい話やったなあ」 俺は
苦笑
(
くしょう
)
して、
水煙
(
すいえん
)
に
詫
(
わ
)
びた。 いくぶん
自嘲
(
じちょう
)
に
傾
(
かたむ
)
いている。 もしも俺が産まれたときに、
水煙
(
すいえん
)
もうちにいて、名前を
授
(
さず
)
けていたとしたら、いったい何と名付けたんやろう。
暁彦
(
あきひこ
)
やったか。それとも、全然別の名前やったんか。 「気にすることはない。今にして思えば、お前ほど、その名に
相応
(
ふさわ
)
しい者も
居
(
お
)
らんやろう」 元通りになった手を
逃
(
に
)
がしてやると、
水煙
(
すいえん
)
はためつすがめつ、少しも
昇
(
のぼ
)
ってこない
暁
(
あかつき
)
の
陽
(
ひ
)
に
透
(
す
)
かして、自分の手を見た。 満足そうな顔をしていた。自分の手が元に
戻
(
もど
)
ったことにではなく、俺がそれをやってのけられるだけの通力を
備
(
そな
)
えたことが、
嬉
(
うれ
)
しいみたいやった。
頼
(
たの
)
もしそうに、また俺を見つめ、
水煙
(
すいえん
)
は
微笑
(
ほほえ
)
んでるようやったけど、なんでか少し、
寂
(
さび
)
しそうに見えた。 すぐ目の前にいてるのに、遠い気がした。
夢
(
ゆめ
)
の中やからやろか。 もう一度
水煙
(
すいえん
)
の手を
握
(
にぎ
)
りたい気がして、俺は
堪
(
こら
)
えた。 そんなことする理由がなかった。 「アキちゃん、最初の
暁彦
(
あきひこ
)
は、三百年ほど生きた。俺の血を受けたせいかもしれへんし、実はなんの
血縁
(
けつえん
)
もなく、海神(わだつみ)の生み出した子やったからかもしれへん。俺はその子が自分の子なんやと思うていたけど、向こうはそうは思うてへんかった。刀
師
(
とじ
)
には
似
(
に
)
ていなかったし、俺にも
似
(
に
)
ていなかった。親のない
異形
(
いぎょう
)
の子を、俺が
拾
(
ひろ
)
って育てただけやと思うていたらしい」
水煙
(
すいえん
)
が
回想
(
かいそう
)
している、遠い昔の男は、俺の
空想
(
くうそう
)
する
脳裏
(
のうり
)
では、なぜか俺とそっくりな
姿
(
すがた
)
をしていた。 あるいは俺のおとんに
似
(
に
)
ている。ほとんど同一人物のように。それは考えすぎやろか。
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椎堂かおる
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