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25-22 アキヒコ
しかし血筋 の祖 にいる男で、うちの親類 はみんなどこかしら、似 た面差 しをしてる。
おかんも、蔦子 さんも、双子 のようにではないけど、よう似 てる。
おとんが俺と瓜二 つのように、時にはそっくり似 たようなのが、生まれてくることがあったんやないか。
水煙 はそれに、暁彦 という名をくれてやってたんやないかと、俺にはそんな気がした。
「あいつは自分も神やと思うていた。でも、そうやない。限 りある命やと悟 った時に、いつか自分も神のような、不死 の肉体になって、血筋 の裔 に黄泉 がえると言い残していた。そしてまた、俺の前に現 れるやろうと」
そんな話もあったなあと、水煙 は、どこでもない砂浜 を見つめて、可笑 しいみたいに皮肉 に笑った。
「それがお前ではないかと、実 は思わんでもない。お前が自分を、秋津 家の、最後の当主 やと思うんやったらな。でも、どうも、違 うのかもしれへん。お前はお前や。お前の父親とも、祖父 とも違 う、お前にしかない個性 があるわ。あいつはたぶん、黄泉 がえりなどはせず、どこかへ散 ってしまうのやろうな。俺はずっと、決して戻 りはせん者 を、待つともなく待ち受けていた。この子がそうではないかと、代々 の覡 を見て、それが不死 ではなく、結局 老いて死ぬことに、失望 していたんかもしれへんな。秋津 の者たちは、そんな俺の気分に、察 しをつけていたんやろう。アキちゃんも……お前の父や、そのまた父も、その父も、皆 、老いることを怖 れてた。衰 えて死ぬ時には、済 まない済 まないと言うていた。不死人 やのうて……面目 ないと」
笑 うている水煙 の顔は、途方 もなく暗い。
傷 があるせいだけやない。何かもう、疲 れ果 ててもうて、座 りこんでる。そういう感じのする姿 でいた。
「でもなあ、アキちゃん。それは普通 や。人は皆 、年老 いて死ぬ。そういうふうにできている。なんでそれを、済 まなく思う必要があったやろ。確 かに俺は、お前の言うように、秋津 の血筋 に取 り憑 いた呪 いのようなものや。ありもせんような、見果 てぬ夢 を求めさせる、悪い神で、鬼 やった」
砂 に浅 く埋 もれた、自分の青い体を眺 め、水煙 は、ぼんやりとそう言うていた。
「俺はもっと早くに、秋津 の子らを解放 してやるべきやった。そんな古い呪 いから、解 きはなってやって、自由にさせてやればよかった。覡 や巫女 などやらせずに、なりたいもんにならせてやれば良かったし、血が絶 えるなら、それも運命 として、流れに任 せておけばよかった。お前の言うとおり、俺は秋津 家に取 り憑 いている悪鬼 のようなもんやったんやろうな」
自分は鬼 やと、受け入れているような目で、水煙 は静 かにそう結論 をつけた。
俺はそれに焦 った。
すぐには言葉が出て来 いひんと、しばらく内心激 しく慌 ててから、俺はやっと声を絞 り出 した。
上ずったような声やった。
「そやけど、水煙 ……結果的 には、秋津 に不死人 は生まれたやろう。俺がそうやということでは、あかんのか?」
悲願 は達成 された。蔦子 さんもそう言うてたで。
しかし水煙 は、やんわり首を横に振 り、それではあかんという顔やった。
「お前が不死 になったのは、亨 のせいやろう。俺の霊威 ではない。血筋 の力でもない。秋津 の家とは、関係のない偶然 なんや。お前がもし、どこの馬の骨 とも知れん男でも、水地 亨 とデキてしまえば、不死人 になっていた。秋津 の覡 でのうても。ただの絵描 きでも……」
そういうものやろうか。俺が亨 と和合 して、不死 の肉体 を得 たのは、秋津 の血による素地 があってのことではなくて、単にあいつが不死 を授 ける神やったからというだけのことか。
関係 ないのか、俺のほうの力は。
「系譜 に連 なる、大勢 の者たちを、俺は苦しめてきた。自分自身もそれに絡 め取られて、随分 苦しんだ時もあったけど、それは自業自得 というものや。今こうして、予言 されていた血筋 の裔 に現 れた不死人 のお前が、俺のことを愛していないのも、そんな罪 の報 いやろう。これもひとつの、罰 なんやろうと思う」
そう言うて身を捩 る、水煙 の華奢 な背 にも首筋 にも、くっきり深い、黒い網目 の傷 があった。
それは焼け付く呪 いのような傷 で、水煙 はそこから白い血を滴 らせていた。
怖 ろしい姿 やった。暗く悲しい、異形 の神で、訳 を知らずに見る者 が見れば、水煙 は鬼 のように見えたかもしれへん。美しい、禍々 しさで、苦痛 に耐 えている。
「アキちゃん……俺はずっと、同じことを繰 り返 している。なぜかは知らん、いつの間にやら、無限 の地獄 に堕 ちているらしい」
顔を覆 ってうつむいている水煙 は、涙 は流していなかったが、嘆 いているようやった。
表情 のない仮面 を着けた舞 を舞 う、神秘的 な踊 り手 のような、とても優美 な所作 やった。
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