522 / 928

25-22 アキヒコ

 しかし血筋(ちすじ)()にいる男で、うちの親類(しんるい)はみんなどこかしら、()面差(おもざ)しをしてる。  おかんも、蔦子(つたこ)さんも、双子(ふたご)のようにではないけど、よう()てる。  おとんが俺と瓜二(うりふた)つのように、時にはそっくり()たようなのが、生まれてくることがあったんやないか。  水煙(すいえん)はそれに、暁彦(あきひこ)という名をくれてやってたんやないかと、俺にはそんな気がした。 「あいつは自分も神やと思うていた。でも、そうやない。(かぎ)りある命やと(さと)った時に、いつか自分も神のような、不死(ふし)の肉体になって、血筋(ちすじ)(すえ)黄泉(よみ)がえると言い残していた。そしてまた、俺の前に(あらわ)れるやろうと」  そんな話もあったなあと、水煙(すいえん)は、どこでもない砂浜(すなはま)を見つめて、可笑(おか)しいみたいに皮肉(ひにく)に笑った。 「それがお前ではないかと、(じつ)は思わんでもない。お前が自分を、秋津(あきつ)家の、最後の当主(とうしゅ)やと思うんやったらな。でも、どうも、(ちが)うのかもしれへん。お前はお前や。お前の父親とも、祖父(そふ)とも(ちが)う、お前にしかない個性(こせい)があるわ。あいつはたぶん、黄泉(よみ)がえりなどはせず、どこかへ()ってしまうのやろうな。俺はずっと、決して(もど)りはせん(もん)を、待つともなく待ち受けていた。この子がそうではないかと、代々(だいだい)(げき)を見て、それが不死(ふし)ではなく、結局(けっきょく)老いて死ぬことに、失望(しつぼう)していたんかもしれへんな。秋津(あきつ)の者たちは、そんな俺の気分に、(さっ)しをつけていたんやろう。アキちゃんも……お前の父や、そのまた父も、その父も、(みな)、老いることを(おそ)れてた。(おとろ)えて死ぬ時には、()まない()まないと言うていた。不死人(ふしじん)やのうて……面目(めんぼく)ないと」  (わろ)うている水煙(すいえん)の顔は、途方(とほう)もなく暗い。  (きず)があるせいだけやない。何かもう、(つか)()ててもうて、(すわ)りこんでる。そういう感じのする姿(すがた)でいた。 「でもなあ、アキちゃん。それは普通(ふつう)や。人は(みな)年老(としお)いて死ぬ。そういうふうにできている。なんでそれを、()まなく思う必要があったやろ。(たし)かに俺は、お前の言うように、秋津(あきつ)血筋(ちすじ)()()いた(のろ)いのようなものや。ありもせんような、見果(みは)てぬ(ゆめ)を求めさせる、悪い神で、(おに)やった」  (すな)(あさ)(うず)もれた、自分の青い体を(なが)め、水煙(すいえん)は、ぼんやりとそう言うていた。 「俺はもっと早くに、秋津(あきつ)の子らを解放(かいほう)してやるべきやった。そんな古い(のろ)いから、()きはなってやって、自由にさせてやればよかった。(げき)巫女(みこ)などやらせずに、なりたいもんにならせてやれば良かったし、血が()えるなら、それも運命(さだめ)として、流れに(まか)せておけばよかった。お前の言うとおり、俺は秋津(あきつ)家に()()いている悪鬼(あっき)のようなもんやったんやろうな」  自分は(おに)やと、受け入れているような目で、水煙(すいえん)(しず)かにそう結論(けつろん)をつけた。  俺はそれに(あせ)った。  すぐには言葉が出て()いひんと、しばらく内心(はげ)しく(あわ)ててから、俺はやっと声を(しぼ)()した。  上ずったような声やった。 「そやけど、水煙(すいえん)……結果的(けっかてき)には、秋津(あきつ)不死人(ふしじん)は生まれたやろう。俺がそうやということでは、あかんのか?」  悲願(ひがん)達成(たっせい)された。蔦子(つたこ)さんもそう言うてたで。  しかし水煙(すいえん)は、やんわり首を横に()り、それではあかんという顔やった。 「お前が不死(ふし)になったのは、(とおる)のせいやろう。俺の霊威(れいい)ではない。血筋(ちすじ)の力でもない。秋津(あきつ)の家とは、関係のない偶然(ぐうぜん)なんや。お前がもし、どこの馬の(ほね)とも知れん男でも、水地(みずち)(とおる)とデキてしまえば、不死人(ふしじん)になっていた。秋津(あきつ)(げき)でのうても。ただの絵描(えか)きでも……」  そういうものやろうか。俺が(とおる)和合(わごう)して、不死(ふし)肉体(にくたい)()たのは、秋津(あきつ)の血による素地(そじ)があってのことではなくて、単にあいつが不死(ふし)(さず)ける神やったからというだけのことか。  関係(かんけい)ないのか、俺のほうの力は。 「系譜(けいふ)(つら)なる、大勢(おおぜい)の者たちを、俺は苦しめてきた。自分自身もそれに(から)め取られて、随分(ずいぶん)苦しんだ時もあったけど、それは自業自得(じごうじとく)というものや。今こうして、予言(よげん)されていた血筋(ちすじ)(すえ)(あらわ)れた不死人(ふしじん)のお前が、俺のことを愛していないのも、そんな(つみ)(むく)いやろう。これもひとつの、(ばち)なんやろうと思う」  そう言うて身を(よじ)る、水煙(すいえん)華奢(きゃしゃ)()にも首筋(くびすじ)にも、くっきり深い、黒い網目(あみめ)(きず)があった。  それは焼け付く(のろ)いのような(きず)で、水煙(すいえん)はそこから白い血を(したた)らせていた。  (おそ)ろしい姿(すがた)やった。暗く悲しい、異形(いぎょう)の神で、(わけ)を知らずに見る(もん)が見れば、水煙(すいえん)(おに)のように見えたかもしれへん。美しい、禍々(まがまが)しさで、苦痛(くつう)()えている。 「アキちゃん……俺はずっと、同じことを()(かえ)している。なぜかは知らん、いつの間にやら、無限(むげん)地獄(じごく)()ちているらしい」  顔を(おお)ってうつむいている水煙(すいえん)は、(なみだ)は流していなかったが、(なげ)いているようやった。  表情(ひょうじょう)のない仮面(かめん)を着けた(まい)()う、神秘的(しんぴてき)(おど)()のような、とても優美(ゆうび)所作(しょさ)やった。

ともだちにシェアしよう!