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三都幻妖夜話(3)神戸編 25-24 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
25-24 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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524 / 928
25-24 アキヒコ
水煙
(
すいえん
)
、お前を俺のものにしたい。 おとんではない、
他
(
ほか
)
の
誰
(
だれ
)
でもない、俺のものにして、俺を愛してる目で、お前に見つめられたい。 俺が
胸
(
むね
)
を
灼
(
や
)
かれるように、お前の
胸
(
むね
)
が熱い火で、
灼
(
や
)
かれるのを見たい。 そしてお前が苦しむのを。
抱
(
いだ
)
いて
欲
(
ほ
)
しいと、お前のほうから、俺にひれ
伏
(
ふ
)
すのを見たい。 そしたらどんなに
心地
(
ここち
)
よいやろう。 俺を愛していながら、
頑
(
かたく
)
なに
拒
(
こば
)
み
続
(
つづ
)
けた、冷たく
硬
(
かた
)
い
鋼
(
はがね
)
でできたお前の体を、とうとう俺にも熱く
蕩
(
とろ
)
かすことができる。 あの
刀師
(
とじ
)
が、お前にしてやったように。熱く
燃
(
も
)
やして、俺の
望
(
のぞ
)
む形に打ち直す。 それができたら、その時こそ本当に、お前は俺の
太刀
(
たち
)
になるやろう。 そうしてやりたい。そうしてやりたい。 それも
怨念
(
おんねん
)
やったやろう。
水煙
(
すいえん
)
に
焦
(
こ
)
がれたけども、心のどこかではずっと
頑
(
かたく
)
なに
拒
(
こば
)
まれ続けた男たちの、暗く
切
(
せつ
)
ない
妄執
(
もうしゅう
)
や。 それが俺の身の内に
宿
(
やど
)
り、
怨霊
(
おんりょう
)
のように
蠢
(
うごめ
)
いていた。 それは
蜷局
(
とぐろ
)
を
巻
(
ま
)
く
蛇
(
へび
)
のようでもあった。 とうとう、その
呪
(
のろ
)
いの、
成就
(
じょうじゅ
)
する時は来た。
積年
(
せきねん
)
待ち
望
(
のぞ
)
んだ
瞬間
(
しゅんかん
)
や。
水煙
(
すいえん
)
は
切
(
せつ
)
なく
燃
(
も
)
えている目で、俺を見つめ、やっと
意
(
い
)
を
決
(
けっ
)
したような声で、俺を
口説
(
くど
)
いた。 「
暁彦
(
あきひこ
)
……俺もほんまは、お前に
抱
(
だ
)
かれたかった。それを
望
(
のぞ
)
んでいた。ただそれが、
罪
(
つみ
)
に思えて、つらかっただけで。でも、本心では、俺が
欲
(
ほ
)
しいというお前の気持ちに、
悦
(
よろこ
)
んでいた。
躊躇
(
ためら
)
わず、
応
(
こた
)
えてやればよかった。いつか死ぬ身なんやったら、お前が生きているうちに。俺も好きやと言うてやればよかった。
抱
(
だ
)
いてもらえて、
嬉
(
うれ
)
しかったと」
水煙
(
すいえん
)
は俺を見つめて、その
罪
(
つみ
)
に
打
(
う
)
ち
震
(
ふる
)
えながら、百年、千年の時を
越
(
こ
)
えて、ずうっと
押
(
お
)
し
黙
(
だま
)
っていたそのことを、俺に話した。 俺の血の中でも、何かが
打
(
う
)
ち
震
(
ふる
)
えていた。 それは俺ではない、最初の
早暁
(
そうぎょう
)
に、この
浜
(
はま
)
で
水煙
(
すいえん
)
に
拾
(
ひろ
)
われた、
誰
(
だれ
)
かの血であり、
魂
(
たましい
)
やったかもしれへん。
水煙
(
すいえん
)
、と、その声が、自分の身の内で
呼
(
よ
)
ぶのが聞こえた。 それも俺の声か。
水煙
(
すいえん
)
。
水煙
(
すいえん
)
。俺はお前を愛してた。愛してたんやと、ただそれだけの話を、その声は
繰
(
く
)
り
返
(
かえ
)
していた。 関係ない。俺が何者で、お前が何者でも。ただ愛していただけや。それに
応
(
こた
)
えてほしかっただけ。 たぶん、それは、それを伝えるために、
秋津
(
あきつ
)
の
血筋
(
ちすじ
)
に
取
(
と
)
り
憑
(
つ
)
いていた
霊
(
れい
)
やったろう。
冥界
(
めいかい
)
の神に
抗
(
あらご
)
うて、時の流れに
洗
(
あら
)
われた、
砂浜
(
すなはま
)
の古びた
貝殻
(
かいがら
)
か、ガラスの
破片
(
はへん
)
のような、小さく
砕
(
くだ
)
けた
欠片
(
かけら
)
になって、
血筋
(
ちすじ
)
の者たちの
魂
(
たましい
)
に、いつまでもしがみついていた、ひとりの
半神半人
(
はんしんはんじん
)
の男の
怨霊
(
おんりょう
)
やった。 俺もきっと、こいつに
憑
(
つ
)
かれているんやろう。 おとんもそうやった。 俺が見たことのない、
祖父
(
じい
)
さんもそうやった。
血筋
(
ちすじ
)
の者たちを苦しめてきたのは、
水煙
(
すいえん
)
ではない。この男のほうやねん。
可哀想
(
かわいそう
)
になあと、俺はそいつを
哀
(
あわ
)
れんだ。
可哀想
(
かわいそう
)
に。お前はもう、
鬼
(
おに
)
になっている。
血筋
(
ちすじ
)
に
取
(
と
)
り
憑
(
つ
)
く
悪鬼
(
あっき
)
でしかない。 お前のことを、
水煙
(
すいえん
)
はもう、愛してはいない。愛しているわけがない。 だってもう、死んだ男なんやしな。愛してるわけがない。
鬼
(
おに
)
なんやから。愛しているわけがない。
鬼
(
おに
)
斬
(
き
)
る
太刀
(
たち
)
が、悪
鬼
(
おに
)
と化した昔の男を、愛しているわけがない。 だって
水煙
(
すいえん
)
は今では、俺のことを愛してんのやからな。お前ではない。この俺を。俺を愛してるんや。 そうやろう、
水煙
(
すいえん
)
。お前は俺の
太刀
(
たち
)
で、俺を選んだ。 たまたま同じ名前やっただけで、俺はその、古代に生きていた男とは
違
(
ちが
)
う。全然別の人間で、その身代わりやない。 そうやろう、
水煙
(
すいえん
)
。そうやと言え。 お前が俺の
太刀
(
たち
)
で、俺の式(しき)やというんやったら、お前はそう言うべきや。 俺への愛だけに熱く
燃
(
も
)
え、その
他
(
ほか
)
の
奴
(
やつ
)
への
想
(
おも
)
いなど、
朽
(
く
)
ちた
炉辺
(
ろべ
)
の古びた
燃
(
も
)
えくずの中へ、とっとと
捨
(
す
)
てて
忘
(
わす
)
れるべきや。
忘
(
わす
)
れてしまえ。俺だけを見て。 そう
呼
(
よ
)
びかける目で見てる、
水煙
(
すいえん
)
の黒い
瞳
(
ひとみ
)
に
映
(
うつ
)
った俺は、まるで別人みたいやった。 俺の知ってる俺ではない。 俺はこんな、
醜
(
みにく
)
い男やったか。俺を選べと、力づくでも求めるような、そんな男やったんか。
水煙
(
すいえん
)
はどことなく、
怯
(
おび
)
えたような顔をして、俺を見ていた。
問
(
と
)
うべきではないと、
躊躇
(
ためら
)
うような顔をして、それでも
水煙
(
すいえん
)
は結局俺に、それを
訊
(
たず
)
ねた。
恐
(
おそ
)
る
恐
(
おそ
)
る、俺に
寄
(
よ
)
り
添
(
そ
)
いたいような、
優
(
やさ
)
しい声で。 「アキちゃん……お前はその、最初の
暁彦
(
あきひこ
)
の、生まれ変わりではないのか。お前が本気で自分の
代
(
だい
)
で、家を
滅
(
ほろ
)
ぼすというのなら、お前こそが、
血筋
(
ちすじ
)
の
裔
(
すえ
)
や。
予言
(
よげん
)
されていた子のはずや。お前の中には、あいつはもう、
居
(
お
)
らんのやろか。そんなもん
居
(
お
)
らんと、お前の父は言うていた。でも、ほんまにそうやろか。ほんまにそうなら、なんであいつは、
暁彦
(
あきひこ
)
にそっくりなんや。泣くな、
忘
(
わす
)
れてしまえと俺に命じて、お前の父親は
何遍
(
なんべん
)
も、俺と
契
(
ちぎ
)
った。最初に一度きりやと、そういう決まりやったのに……
欲
(
ほ
)
しいと言うて、何度も俺を
抱
(
だ
)
いた」 この
砂浜
(
すなはま
)
で。
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椎堂かおる
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