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三都幻妖夜話(3)神戸編 25-25 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
25-25 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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25-25 アキヒコ
水煙
(
すいえん
)
はそうまで言わへんかったけど、苦しげに顔を
歪
(
ゆが
)
めて白い
砂
(
すな
)
を
撫
(
な
)
でる、
水煙
(
すいえん
)
の指の
甘
(
あま
)
さは、そこが
逢瀬
(
おうせ
)
の
寝床
(
ねどこ
)
やと言うてるみたいに見えた。 おとんは時々、
神刀
(
しんとう
)
・
水煙
(
すいえん
)
を
抱
(
だ
)
いて
寝
(
ね
)
た。それは何のためやったんや。 言うまでもない。
犯
(
や
)
るためや。
抱
(
だ
)
いて
眠
(
ねむ
)
れば、
水煙
(
すいえん
)
と同じ
夢
(
ゆめ
)
を見られる。
夢
(
ゆめ
)
やと思える、その別の
位相
(
いそう
)
では、
水煙
(
すいえん
)
は
太刀
(
たち
)
でなく、人のような
姿
(
すがた
)
をしていた。 それを、おとんは知っていたんや。なぜなら
神剣
(
しんけん
)
を
継
(
つ
)
ぐ時、
当主
(
とうしゅ
)
になる男は
水煙
(
すいえん
)
と、
同衾
(
どうきん
)
するのが
習
(
なら
)
わしやったから。
初夜
(
しょや
)
の
新床
(
にいどこ
)
で
水煙
(
すいえん
)
を
抱
(
だ
)
き、おとんは味をしめたんやろう。 自分の親やし、悪く言いたくはないけども、
神刀
(
しんとう
)
を
抱
(
だ
)
いて
寝
(
ね
)
る、そんな夜の
夢
(
ゆめ
)
の中でなら、
水煙
(
すいえん
)
を
抱
(
だ
)
ける。それを知っているからには、
辛抱
(
しんぼう
)
堪
(
たま
)
らん夜もあったと、そういうことなんやろう。 「
嫌
(
いや
)
やったんか、それが」
複雑
(
ふくざつ
)
な気分で、俺は
訊
(
たず
)
ねた。
嫌
(
いや
)
やったと、言うてほしいような気もしたし、
水煙
(
すいえん
)
の話は、そんなふうな意味にも聞こえた。
躊躇
(
ためら
)
うような、後ろめたい
響
(
ひび
)
きがあった。 そやけど、それではあまりに、おとんが
哀
(
あわ
)
れな気もしたわ。 愛してなかったんか、
水煙
(
すいえん
)
は、おとんのことを。
他
(
ほか
)
に選べる
跡取
(
あとと
)
りが
一人
(
ひとり
)
もおらんということで、
仕方
(
しかた
)
なく選んだだけやったんか。 「……
嫌
(
いや
)
ではない」 重し苦しく
沈
(
しず
)
み
込
(
こ
)
む声で、
水煙
(
すいえん
)
は答えた。 「
嫌
(
いや
)
ではないが……あいつは、父殺しや。
時局
(
じきょく
)
もあって、
先代
(
せんだい
)
は老いた身を
焦
(
あせ
)
り、
自決
(
じけつ
)
による
代替
(
だいが
)
わりを申し出たが、あいつは
拒
(
こば
)
むべきやった。自分の親やないか。
鬼
(
おに
)
の
所行
(
しょぎょう
)
や。俺を使って、
介錯
(
かいしゃく
)
するなど……」 「お前がやらせたんやないか。
嫌
(
いや
)
なんやったら、なんで
斬
(
き
)
ったんや。
祖父
(
じい
)
さんを」 お前は
斬
(
き
)
りたいもんしか
斬
(
き
)
れへんはずやろ。そうやないんか。 俺はそういう冷たい目をして、
水煙
(
すいえん
)
を見つめたかもしれへん。 お前はそういう
奴
(
やつ
)
なんや。どんだけ
愛
(
いと
)
しく身を
捩
(
よじ
)
っても、最後の最後は
裏切
(
うらぎ
)
って、
若
(
わか
)
い方に気を
移
(
うつ
)
す。どうしようもない神や。 これこそ
血筋
(
ちすじ
)
の
裔
(
すえ
)
かと、そのことばかりに熱心で、
息子
(
むすこ
)
ができたら気もそぞろ。これが俺の
暁彦
(
あきひこ
)
かと、
胸
(
むね
)
を
騒
(
さわ
)
がせている。 それが分からんアホやと、俺を
舐
(
な
)
めている。
激怒
(
げきど
)
したような、低く
唸
(
うな
)
る
怨念
(
おんねん
)
の声が、身の内で熱い
蜷局
(
とぐろ
)
を
巻
(
ま
)
いて、火を
吹
(
ふ
)
いていた。 俺はその
呪詛
(
じゅそ
)
を、
黙
(
だま
)
って聞いた。 そうか。
水煙
(
すいえん
)
はお前らにとって、つれない神さんやったか。 初めは期待をこめて見つめ、やがて
落胆
(
らくたん
)
する。お前も
違
(
ちが
)
うと、目を
逸
(
そ
)
らす。そういう
薄情
(
はくじょう
)
な
太刀
(
たち
)
や。
復讐
(
ふくしゅう
)
してやる。お前が俺に
惚
(
ほ
)
れたら、その時こそ
袖
(
そで
)
にしてやる。
血筋
(
ちすじ
)
の
裔
(
すえ
)
に
現
(
あらわ
)
れるという、
初代
(
しょだい
)
の男の、思うつぼにはさせへんで。
水煙
(
すいえん
)
は俺のものや。
遠
(
とお
)
の昔に死んだ男に、
盗
(
と
)
られてなるものか。 自分も
遠
(
とお
)
に死んだ者たちが、
冥界
(
めいかい
)
で
騒
(
さわ
)
ぐようやった。 その中に、おとんの
霊
(
れい
)
もいるのか、俺は心配になった。 おとんもこんな、
血筋
(
ちすじ
)
の
怨念
(
おんねん
)
に
呑
(
の
)
まれたのか。この暗い
大蛇
(
おろち
)
の一部になって、
水煙
(
すいえん
)
を
呪
(
のろ
)
い、
血筋
(
ちすじ
)
を
呪
(
のろ
)
ってるんか。 いや。それはない。 俺のおとんは
英霊
(
えいれい
)
や。 今もどこかで、おかんと
居
(
お
)
るわ。
踊
(
おど
)
る
巫女
(
みこ
)
さんに
言祝
(
ことほ
)
いでもろて、おもしろおかしく世界旅行やで。 俺のおとんは、
怨霊
(
おんりょう
)
なんかになったりしいひん。あの人、ああ見えて、
英雄
(
えいゆう
)
なんやから。 俺もならへん。
怨霊
(
おんりょう
)
の
手先
(
てさき
)
なんかには。
鬼退治
(
おにたいじ
)
する
覡
(
げき
)
の
血筋
(
ちすじ
)
やねん。ええモンやねんで。 どうしてそんな
血筋
(
ちすじ
)
の男どもが、自分も
鬼
(
おに
)
になったりするんや。ミイラ取りがミイラになったってやつか。 たとえそれが
偉大
(
いだい
)
な
祖霊
(
それい
)
でも、泣いて
斬
(
き
)
る。それしかないやん。
鬼
(
おに
)
になってる。
水煙
(
すいえん
)
は俺のものやと願う、俺のその気持ちは、
怨念
(
おんねん
)
やない。ただの
恋愛
(
れんあい
)
感情
(
かんじょう
)
や。 俺の気持ちであって、
血筋
(
ちすじ
)
の
呪
(
のろ
)
いではない。そんなもんでは
嫌
(
いや
)
なんや。 もしもこの
怨念
(
おんねん
)
の
蛇
(
へび
)
を
鬼
(
おに
)
として、心の中で
斬
(
き
)
り
捨
(
す
)
ててもうたら、俺はもう、
水煙
(
すいえん
)
のことを愛してへんようになるのか。 どうでもええガラクタとして、ご
神刀
(
しんとう
)
にはなんの
興味
(
きょうみ
)
もなくなるか。 そうやって
打
(
う
)
ち
捨
(
す
)
てていくには、
水煙
(
すいえん
)
はまるで、俺を愛してるような目をしてた。 身代わりとしてではない。俺を見ている。 おとんの
複製品
(
ふくせいひん
)
やない。初代の男とも
違
(
ちが
)
う。今この
平成
(
へいせい
)
の
御代
(
みよ
)
に生きている、この俺のことを、
水煙
(
すいえん
)
は愛してる。 そして、それは
罪
(
つみ
)
やと思うてた。 かつて
想
(
おも
)
いを
交
(
か
)
わしたことのある相手に、すまないと。 先代を
捨
(
す
)
てて、その実の子と
契
(
ちぎ
)
るのは、ひどい
罪
(
つみ
)
やと思うてた。 いつの代でもそうやった。
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椎堂かおる
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