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25-27 アキヒコ
「アキちゃん……やめて。気持ちいい」
つらいという顔で、水煙 は頬 を白熱 させていた。
拒 もうという体を抱 き寄 せて、傷 を舐 めとると、ほろ苦い呪 いの味と、甘 いミルクみたいな血の味がした。
水煙 は初代の男を、自分の血で養 うたらしい。きっとそれで、水煙 の血は、ミルクみたいな味がするんやな。そのほうが口当たりええやろうということで、こいつは自分の血をそんなふうに作 り替 えたんやろう。
水煙 も昔は臨機応変 やったんや。自分の都合 で自分の肉体を変転 させることができた。
それができへんようになったのは、初代の男が死んだ後になってからのことらしい。
「やめて……辛抱 できんようになる」
大きな目を伏 せて、水煙 は恥 ずかしいてたまらんふうに、囁 く声で頼 んできた。
「怪我 、治させて。俺が解 かんと、ずっとこのままなんやないか?」
「それでもええんや。これも報 いや……ずっと耐 えていくから」
首筋 についた深い傷痕 を、そうっと舐 めると、水煙 はびくりとしたふうに身を固くして、小さく呻 いた。
痛 そうなような、それとは違 うような、堪 (こら)えた甘 い声やった。
「耐 えんでもええんや。お前が悪いんやないよ。お前だけが鬼 やったわけやない。なんでかそういうふうに、なってもうたんやろ。うちの連中 は皆 、お前が好きやったんや」
俺も好き。
でも、それを、言うわけにはいかへんような気の咎 めがあって、俺は言葉で言う代わりに、水煙 の青い胸 のうえの、呪 いのかかった網目 を舐 めとった。
水煙 はその感触 に、小さく身を捩 って呻 いた。
喘 いだんかもしれへん。微 かやけど、俺の耳には、蕩 けそうな甘 い声やった。
舌 に感じる、ミルクみたいな味が、なんでかすごく懐 かしい。
たぶん、血筋 の中に、その記憶 があるんやろう。この血で養 われた男の、この神への強い執念 や、憧 れが。
愛してたんやろう、そいつも、水煙 のことを。
俺が水煙 を、愛してるみたいに。
「つらい……アキちゃん。お前は俺を捨 てようと思って、ここへ来たんやろう。なんでこんなことをするんや」
水煙 様は、お見通 し。俺の心が分かるんやから、俺がどんなつもりで会いに来たか、知ってたんやろう。
これが最初で最後と、そういうつもりなのも。
「呪 いを解 いてからにしたいんや」
言 い訳 めいて聞こえる理由(わけ)を、俺は教えた。
ふらふらしている水煙 の体を、ゆっくり砂浜 に横たえてやると、まさに打ち上げられたもののように、水煙 はぐったりとした。
呪 いの網目 は全身にあったし、えらいことやと俺は思った。これを全部舐 めるとなると。えらいことになりそうな予感 。
「やめてくれ……アキちゃん。もう、ええよ。お前の気持ちは有 り難 いけど……」
臍 の辺りを舐 めると、水煙 はまたびくりとした。
ちなみに水煙 には臍 はない。鳩尾 らしい、まろやかな窪 みはあるけど、中に骨 が入ってるのかどうかも、よう分からん。
大の男がのしかかったら、重くて潰 れてまうんやないかというような、頼 りない、ふにゃっとした体や。
「アキちゃん……変になる」
白くなった顔を覆 って、水煙 は呟 いた。燃 えてるような、熱い体やった。
心配いらへん。俺なんかもうすでに少々変になってきてる。
頭がぼやっとする。水煙 の押 し殺 したような、喘 ぐ息を聞くと。自分のほうがよっぽど辛抱 たまらんような気がする。
熱く燃 える。自分もまるで、炉 の火で焼かれた、熱い鉄 の塊 みたいに。
おとんは前戯 無しでやったんかな。それって、あまりにも、性急 すぎやないか。
どんだけ必死やねん、おとん。痛 いやないか、いきなりやったら。
痛 い。そんな急に、押 し入 ったら。
ぼんやりした頭でそう考えつつ、はあはあ喘 ぐ水煙 の細い腿 を開かせて、膝 のあたりを舐 めながら、俺は思いだした。
そうやった。押 し入 るとこ、無いんやった。
どないして、やるんやろ。
いや、俺には関係ないけど。やらへんのやから。
傷 治すために舐 めてるだけで、前戯 やないから。
前戯 やない。まるで、それっぽいけど、でも違 う。
だって水煙 とやってもうたら、何しに来てんのか、わからへんやんか。
たとえ、ただの夢 とは言うてもや。ただの夢 。どうせ夢 やし。
しかもこれ、俺のやのうて、水煙 の夢 なんやって。水煙 のやで。
水煙 は、どうしたいんやろ。どんな夢 を見たいのか。
俺とやるのは嫌 か。
おとんとやるのは、嫌 やったんやろ。気が咎 めてもうて、嫌 やったんや。
それでも、初夜 の一度きりではない、何度もやりたいというおとんに、共寝 を許 した。
拒 みようがなかっただけかもしれへんけど。なんせ太刀 やし、抱 いて寝 られたら、ひとりで勝手に布団 から這 い出 せるわけやない。
嫌 が応 にも夢 に押 し入 られるのかもしれへんのやけどな。
それとも、まさか、嬉 しかったのか。
おとんに抱 かれて、悦 んだんか。
そんなの絶対 、許 せへん。
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