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25-28 アキヒコ
「アキちゃん、もう、いやや。辛抱 でけへん。そこはやめといて」
内腿 の、足の付け根あたりを舐 めてると、水煙 が鋭 い悲鳴で、そう言うた。
わなわな脚 が震 えてた。感じるところらしかった。
そしてそこに、傷 はなかった。なんで俺、ここを舐 めてんのやろ。変やない?
変やねん……。俺はもう、頭が変になってきてる。
抱 きたい、水煙 。
たった一度きりでも、当主 になれば、皆 それを許 されたんやろう。なんで俺はあかんの。
おとんなんか何回もやったんやろう。なんで俺はゼロ回なんや。
そんなの、不公平 やないか。
朦朧 としてきた頭で、俺はそう思っていた。
何か変やで。自分が誰 なのか、よう分からんみたいになってきた。
水煙 が好き。その気分に乗っ取られてて、何も考えられへん。
夢中 になりそう。溺 れそうなのや。
真 っ青 な、泡立 つ白い海の波濤 に揉 まれ、不安でたまらへん。
助けて。誰 か助けてくれへんかったら、俺は波に呑 まれてしまう。
また、あの暗い、深い海の底に消える、ちっぽけな泡 のようなもの。
たまたま海神(わだつみ)の、ちょっとした気まぐれに、月読(つくよみ)が力を貸 してやり、願いを聞 き届 けた。
今ではもう、地球の海へと降 ってもうた、かつての月の眷属 の、たっての切 ない願いやったから。
波間 から、青白い手に拾 い上げられる幻覚 が、俺の頭の奥深 くに蘇 り、その腕 で抱 き留 められる安堵感 で、俺は深いため息をついていた。
水煙 。
今は俺の腕 に抱 かれ、守られてるようにすっぽり収 まってしまう華奢 な体やけど、かつて、それは俺を守ってくれる、世界の全 てやった。
腹 が減 ったら血をくれる。それには甘 い、乳 と密 の味がする。
怪異 と連 れ立 ち、海から生まれ出た俺を、人ではない鬼 やと畏 れ、誰 も彼 も遠巻 きに、崇 めるやら嫌 うやらで、何の含 みもなしに、親しく付き合うてくれる者は誰 もおらへん。
幼 い子供 の時ですらそうやった。
幼 い子供 らやからこそ、理屈 ではなく心のどこかで、俺の普通 でなさを察知 していた。
まともな子やない。神の類 や。人でなし。近づいたら祟 (たた)るかもと、囁 かれて終わり。いつも独 りぼっちや。
それでもかまへん。
俺には水煙 が居 るからな。
愛してくれる。お前は愛 しい子やと言うて、抱 きしめてくれる。
でも俺が欲 しいのは、その愛やないんや。
お前が鍛冶場 の男を見る時の、その愛や。
抱 き合 うて喘 ぐ、その愛なのや。
火のように燃 える、その愛。熱く蕩 けて一体になる、その愛なのや。
けど水煙 は、その愛ではないと言うてた。
嘘 や。
嘘 をついてる。
悦 んでたはずや。無理矢理 やったが、それでも悦 んでたはずや。
嫌 なら逃 げられたやろう。逃 げようとした。
それも嘘 。まさか本心 やない。
だって、お前が好きや、抱 きたいと言うたら、水煙 は震 えた。
それはきっと、悦 びの震 えや。そうに違 いない。
そうでなきゃ、なんで力ある神が、たかが人の子の呪 いにかかる。
俺のほうが強いとでもいうんか。月から落ちてきた神よりも、たかが半神半人 の、海の泡 から生まれ出た俺のほうが、通力(つうりき)があると?
お前はほんまに、俺を拒 んでるのか。俺が嫌 いか。愛せへんのか。
俺に抱 かれるのが、そんなに嫌 か。
逃 がさへん。
逃 げるために生えてる足なら、萎 えてしまえと呪 を放ったら、水煙 は歩けへんようになった。
抗 うための腕 なら、萎 えてしまえと呪 ったら、水煙 は非力 になった。
そうなりゃ、もう、赤子 の手を捻 るようなもん。
水煙 が、俺のおとんやと思うてる男と契 った砂浜 で、滅茶苦茶 に犯 してやった。
それでも文句 は言わへんかったで。おとんのことなんか、忘 れてしまえと命じたら、あっさり忘 れた。
それからずっと、俺のもんなのや。俺は水煙 と、永遠 に生きていく。神やから。俺も神やから、老いぼれて死ぬわけがない。
何かの間違 いや、俺が死ぬなんて。ずっと若 いままで、三百年も生きていたのに。そんな一生に、まさか、終わりがあるとは……。
俺の身の内で語る声が、深い無念 の息をつき、俺はそれに耳を傾 けていた。
これが鬼 や。うちの家に、俺の血の中にずっといた、鬼 の正体で、こいつが全 ての元凶 やったんや。
俺を乗っ取ろうとしている。
俺が血筋 の裔 に生まれた不死人 で、覡 としても、申し分がない。
水煙 と、永遠 に生きていける。愛してもらって。ずっと抱 き合 うて。
俺がお前を愛してるって言っても、水煙 はもう拒 みはしいひんやろう。俺のことが、こいつは好きでたまらへんのや。
抱 いてほしいって、悶 えてる。たった今この腕 の中にある青い体が、もどかしそうに悶 えてる。俺と抱 き合 いとうて。
熱く深く入り交じる、神と覡 との和合 。とうとう何の蟠 りもなく、心底 から求めてくれるやろう。抱 いてくれって。
「アキちゃん……」
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