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25-29 アキヒコ

 愛撫(あいぶ)(うる)んだ黒い目で、水煙(すいえん)は俺を見つめていた。  その(ひとみ)のない黒い目を、(のぞ)()んでる俺の姿(すがた)が、夜の水鏡(みずかがみ)に映るような、ぼんやり暗い男のように見えていた。  これは(だれ)やろう。ほんまに俺か。  まるで()えてる(おに)みたいや。  水煙(すいえん)食いたい。水煙(すいえん)食いたい。そう()えて、のたうち回る(へび)みたい。  もともと俺は、人の子やなかったんやな。血筋(ちすじ)の始めにいた(やつ)は、人でなしやった。  その血が(うす)まらんように、血の近い者どうしで血を()()わせ、何百年と生きてきた、怨霊(おんりょう)を運ぶための血筋(ちすじ)やったんや。  少なくとも、秋津(あきつ)開祖(かいそ)であった男にとってはそうや。  もともと(へび)やったんや。(とおる)のせいやない。  なんで(へび)なんや。  それは最初の男が、ほかならぬ、水煙(すいえん)の子やったからや。そうに(ちが)いない。  月読(つくよみ)から落ちてきて、海神(わだつみ)に身を(まか)せたが、結局人の子に()れて、その男は刀鍛冶(かたなかじ)やった。冥界(めいかい)の火に、(つか)えている男やったんや。  その火に焼かれ、水煙(すいえん)隕鉄(いんてつ)から太刀(たち)に、(つく)()えられた。  冷たい月と海に(つら)なる身の上でありながら、時には熱く()える。  二股(ふたまた)かけてる。そういう不実(ふじつ)な神で、結局(けっきょく)今まで、(だれ)のもんでもなかった。  (だれ)にも自分の愛を、永遠(えいえん)には独占(どくせん)させへんかった。  満ちては欠ける月のように。一時熱く()えあがっても、やがては()せゆく愛や。  それでもいい。  ()せては返す波のように。引いては満ちる(しお)のように。()らめくような愛でも、満ちる(ごと)にまた俺を、愛してくれれば、それでいいんや。  愛し合いたい。水煙(すいえん)と。  お前の体を、俺に寄越(よこ)せ。お前はもう、充分(じゅうぶん)に生きたやろ。  お前の父も、二十一には死んだ。  親と同じだけ生きられれば、それで充分(じゅうぶん)やろう。  お前にも猶予(ゆうよ)(あた)えた。人生を楽しむだけの時間は、くれてやったはずや。  もう、ええやろう。そろそろ、ぼんくらのふりはやめて、天地(あめつち)の力に満ちて、自在(じざい)に通力(つうりき)を(あやつ)れる、神のごとき体を寄越(よこ)せ。  お前は俺の作品なんや。幾世代(いくせだい)()()()げた、血筋(ちすじ)末裔(まつえい)で、俺の第二の肉体として、予(よげん)された子やねん。  お前の運命はもう、とっくの昔に決まってた。  俺がもらう。太刀(たち)も。この肉体も。  そしてまた、この島の、鬼道(きどう)の王になろう。  この島だけやない。東海(とうかい)の果ても。さらに遠い西方(さいほう)の国々も。  (こお)るような海も。熱く(かわ)いた(すな)の海も。  (すべ)支配(しはい)して、そして永遠(えいえん)に生きるんや。俺の(いと)しい水煙(すいえん)と。  そうしたらきっと、こいつもとうとう(みと)めてくれるやろう。自分の相手に、俺より(ほか)にふさわしい男はいてへん。  伊勢(いせ)刀鍛冶(かたなかじ)やと。そんなもん、()でもない。たかが人間やないか。  あいつは()()える(ほのお)魅入(みい)られて、すでに打ち終えたお前には、もう見向きもせんような薄情者(はくじょうもの)や。  神のごとき太刀(たち)でも、打ち終えてしまえば興味(きょうみ)がない。それを()るうのは刀師(とじ)やない。  太刀(たち)を求める男どもに、いくらかの金銀(きんぎん)()()えにして、お前を売ろうという男なんやで。  愛しているとお前が()れても、その(ひとみ)から目を()らした。そんな不甲斐(ふがい)ない男や。  そんな男の、どこがええんや。  俺のほうがいい。俺のほうが、お前を愛してる。  お前を幸せにしてやれる。  幸せに、してやりたいんや。  (かな)しそうに笑う目は、もうやめてくれ。にっこり笑ってみせてくれ。  幸せそうな顔で、俺を見てくれ。(いと)しい、(たの)もしい連れ合いを見る、俺に(こい)をしてる目で。  ちょうどお前がこの、血筋(ちすじ)(すえ)(あらわ)れた、ぼんくらの小僧(こぞう)を見るような、そんな目をして俺を見てくれ。  俺を見てくれ水煙(すいえん)。  お前はもう、俺を見てない。俺を待ってはいない。  あろうことか、この小僧(こぞう)()れている。  こいつは俺を黄泉(よみ)がえらせるための、永遠(えいえん)(わか)い肉体を(あた)えるだけの、ただの小僧(こぞう)や。お前はそれに、懸想(けそう)(けそう)している。  なんでそんなことができるんや。破廉恥(はれんち)淫売(いんばい)め。  (だれ)でもええのかお前は。  俺でなければ、(だれ)でもええんや。  それとも俺の(ばん)は、もう終わったとでも言うんか。  死にたくない。お前をずっと、俺のものにしておきたい。  ()がものとして、いつまでもお前と、一心同体(いっしんどうたい)でいたい。  ただ俺は、お前のことが、好きやっただけやねん。()めてもらいたかっただけ。  (いと)しい子や、ようやったと、お前に(みと)めてもらいたかっただけなのや。  そやのに、なんでや。お前はこんな小僧(こぞう)が好きなんか。  俺よりも、こいつに身を(まか)せようというのか。  お前には、(はじ)はないのか、水煙(すいえん)。  俺を見てくれ。俺だけを、愛していてくれ。  俺に()かれて(よろこ)べないというんやったら、(ほか)(だれ)ともその(よろこ)びを、分かち合え無い体にしてやる。  お前のことを、(のろ)ってやる。ずっと永遠(えいえん)に、お前を愛してやるのと同じだけ、(のろ)(つづ)けてやるからな。  苦しめ、水煙(すいえん)。お前を(おも)って、俺が苦しんだように。お前も永遠(えいえん)に、苦しむがいい。  全霊(ぜんれい)をかけて、(のろ)ってやる。この愛と怨念(おんねん)を、呪詛(じゅそ)にかえて。

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