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25-30 アキヒコ
結局、お前にとって俺は、何者やったんや。教えてくれ。教えて。水煙 。
もう俺のことは、忘 れてもうたんか……。
もう一度だけ、抱 き合 いたい。もう一度だけでもええんや。お前に触 れたい。
もう一度。もう一度だけ。俺の水煙 ……。
「どうしたんや、アキちゃん」
呪詛 の男が言うてたような、哀 しい目をして、水煙 は俺を見つめていた。
それをじっと、並 んで浜 に横たわり、抱 き寄 せて見ていると、俺も哀 しいような気がした。
「お前を抱 きたい」
朦朧 パワーかなあ。よう言うよ、俺も。
おかしいなあ、最初の決意 はどないなったんやろ。真逆 のこと言うてる気がするねんけどなあ。
きっと怨霊 のせいや。そうに違 いない。
怨霊 って怖 いなあ。全 て怨霊 がやったことです。俺は取 り憑 かれてただけ。
水煙 は一瞬 、ぽかんとしていた。
唐突 すぎたかな。そうでもないよな、状況 的に。
「え……?」
すごい遠い目で、聞き返された。それでちょっと、俺も我 に返ってきたよ。
俺、今、何言うた?
何かすごく、とんでもなくまずいことを、言うた気がするなあ。
「抱 きたいって……あれのことか?」
大きな目で瞬 いて、水煙 は戸惑 い声やった。
あれって何やろ。
俺はふるふる首を振 って否定 した。
あれのことではないです。あれのことやけど。
恥 ずかしい。水煙 にそんなこと頼 むのは。
第一、どないしてやるねん。そんなことに対応 できる体してへんのに。
でも、きっと何か、やりようがあるんやで。でなきゃ、おとんと何度も寝 られるわけないやん。
契 った言うてたやん。契 るって何。具体的に何すんの。
俺の乏 しい知識 によれば、それは古めかしい日本語で言うところの、つまり、その、性交渉 のことを意味してるはずやで。
それとも違 うのか。俺の超 恥 ずかしい事実誤認 か。
「ほんまにそんなこと、思ってるんか?」
水煙 は震 えた声で、俺に訊 ねた。嫌 なんかな。嫌 ?
でも、この前は、抱 いてほしいって言うてたやんか。あれはもう無効 ?
それとも、まだ、有効 ? 無効 ? 有効 ?
「ごめん……嘘 。そんなん思ってへんから……怒 らんといて」
恥 ずかしなってきて、俺は目を逸 らし、嘘 をついていた。
そやけど俺は嘘 が下手 。顔見ればわかる。
増 して水煙 は俺の心を読めるはずやしな。バレバレやんか。
それでも水煙 は、ビビったらしい。俺の読心 をするのを、躊躇 ったようやった。
ナイーブな話題やからな。読んでもうて、もし、どえらく傷 つくようなことを俺が思っていたら、痛 い思いをするやろう。
俺が水煙 には全然欲情 しいひんなんて、そんなことがもし分かったら、凹 むよな。水煙 は俺のこと、好きなんやから。
しかし読めば良かったというかな。読まれへんで俺も助かった。
恥 ずかしいやろ。ムラムラ来てるのがバレバレやったら。いくら俺でも恥 ずかしい。
「思ってても……怒 ったりせえへんよ。そうやったら、嬉 しいくらいや。俺もアキちゃんと……その。したいから」
えっ、なに? 最後んとこ聞こえへん。ものすご小さい声やった。ほとんど息だけやで。
「したいって、できるのか!?」
アキちゃん思わず叫 んじゃったよ。だって、びっくりしたんやもん。
これまでの常識 が覆 された瞬間 やで。
俺は水煙 はそういうの不可能 なんやと思うてた。だって。ほら。無いから。入りたくても、入り口がね。
叫 んで問 われ、水煙 は真 っ赤 になっていた。つまり、真っ白に。
それでも歯を食いしばったような、難 しい顔を作っていた。面子 があんのやろ。お高い神さんやから。
「で……できるよ。ただ、お前はあんまり、好きやないかもしれへんども……アキちゃんは、まあ……嫌 いということも、なかったような」
おとんの話をせんといてくれ! 萎 えるから!
いや、それでええねんけど。むしろ萎 えといたほうが無難 なんやけど。
それやしもっと聞くか、おとんの話を。アキちゃん妬 けて泣きそうなるけど、しゃあない。聞いとくか。
「やってみるか……お前も。曲がりなりにも、当主 なんやし。ただの儀式 や……そんなんせんでも、俺はお前の太刀 やけど……もし、お前がしたいんやったら」
何をするのか分からんもんやから、したいかどうか分からへん。そのはずやのに、したいしたい、したいです、みたいなのは、何なんやろなあ。男の性 か。
「どうせ夢 やし……ジュニア。目が醒 めたら、忘 れてる」
俺の腕 に、怖 ず怖 ず手を絡 めてきて、水煙 はそれで、誘 っているつもりのようやった。
水地 亨 の強いお誘 いに比 べたら、呆気 にとられるほど、奥 ゆかしい。
「契 らなあかんねん……正式には。でも、お前は嫌 なんやろうと思って。俺とするのは、気持ち悪いやろ。亨 みたいには、いかへんのやし」
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