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25-33 アキヒコ

 その水煙(すいえん)様を開眼(かいがん)(みちび)いてもうたのは、(だれ)あろう、水地亨(みずちとおる)や。  もしくは俺かもしれへん。  水煙(すいえん)()てるわって、うっかり(わす)れ、夢中(むちゅう)(ちぎ)有様(ありさま)を、つぶさにお目にかけちゃったから。  それまで他人のは見たことなかった、(きわ)めて初心(うぶ)な神さんに、アキちゃん()すぎる、もっと()いてとか、あからさまに(よろこ)んで、ひいひい言うてる(へび)を見せちゃった……。  水煙(すいえん)は、それが、(うらや)ましかったらしい。あっけらかんと()(たの)しんでいる水地亨(みずちとおる)が。  そんなに()えのかと、自分もやってみたかった。我慢(がまん)できひんようになった。  その、()()うて(あえ)喜悦(きえつ)の世界を、自分でも堪能(たんのう)してみたくなってもうたわけ。  目覚めたんやな、いろいろ。地球型の恋愛(れんあい)に。  水煙(すいえん)もな、不感症(ふかんしょう)ではない。むしろ、どっちかいうたら敏感(びんかん)なほうやないか。  だってキスだけで、イってまうくらいなんやしな。ものすご可愛(かわい)い。それは余談(よだん)や、すみません。  ゆっくり愛撫(あいぶ)して、キスしてやれば、水煙(すいえん)だって心地(ここち)よくなる。でも、それをやってやった相手が、過去(かこ)一人(ひとり)もおらんかったわけや。  おとんですら、ビビってしいひんかった。水煙(すいえん)様にキスするなんて、(おそ)(おお)いことやったんや。  なんせ一生に一度、一(ばん)(ゆめ)ん中だけで、たったの一度きり()()うだけの逢瀬(おうせ)やで。  しかも先祖(せんぞ)代々の言い伝えで聞かされている。水煙(すいえん)は、セックスは(きら)い。めちゃくちゃ(いた)いんやと。  (よろこ)んでんのは、お前だけ。そやから、お前は神を苦しめへんように、極力(きょくりょく)さっさと()ませろ。最速記録更新(こうしん)くらいのノリで。あっというまに終わらせろ。それが作法(さほう)やと。  もしやと思うが、俺は水煙(すいえん)にディープ・キスした最初の男か。  ぼんくらやったお(かげ)やな、それは。作法(さほう)なんて、なぁんも知らんかったからこそ、常識(じょうしき)(くつがえ)すことができたわけやな。  でも、そんなん基本(きほん)やろ。普通(ふつう)するやろ、キスくらい。()えてきたら(した)入れるやろ。俺が変態(へんたい)なんか。  そんなことはない! (みな)やってる。絶対(ぜったい)やってる。絶対(ぜったい)普通(ふつう)や、地球では。  だいたい、前戯(ぜんぎ)もなしで、いきなり()()(やつ)()るか。そのほうが変やねん。  変やと思わへんかったんか、おとん。したくなかったんか、キスぐらい。したいけど我慢(がまん)したんか、(みな)さん。  変やねん、うちの先祖(せんぞ)は。必死(ひっし)すぎ。 「アキちゃん……今夜のこれは、初夜(しょや)儀式(ぎしき)やろ。()いてくれるんやろ」  もじもじ(うれ)しそうに、水煙(すいえん)は俺に(たず)ねた。  それは誤解(ごかい)やとは、言いにくかった。  (たし)かに初夜の儀式(ぎしき)のつもりではあったけど、ほんまにやるとは思ってなかった。(ねむ)るだけかと。 「蔦子(つたこ)(しげる)にでも、不作法(ぶさほう)(とが)められたんか。(いや)なんやったら、別にええねんで。初夜(しょや)共寝(ともね)は、ほんまにただの、形式(けいしき)なんやしな」  どきどきしたふうに()いてくる水煙(すいえん)は、ほんなら()そうかと俺が言えば、(きず)つきそうな顔してた。  ()いて(もら)えるんやと、(しん)()んでるようやったんで。 「(いた)いのに、したいんか?」 「お前は気持ちええんやろ。俺もお前を、()くしてやりたい。(とおる)みたいに」 「キスするだけやったら、あかんか」  気合(きあ)いの出えへん()(ごし)で、俺は(たず)ねた。  水煙(すいえん)はちょっと()いのある()みで、それに答えた。 「キスしてくれるんか」  それが(うれ)しいみたいやった。まるで、そんなこともう一生ないわと思うてたみたいに、水煙(すいえん)意外(いがい)そうやった。  その、待ってる吐息(といき)(くちびる)を見つめ、俺は(あわ)てた。  やばい。なんかキスすることになってきた。  それに俺はキスしたい。水煙(すいえん)と。  なんでしたいんや、俺。というか、何で今までの当主(とうしゅ)我慢(がまん)できたんや。その極意(ごくい)を今すぐ知りたい。  してもええんかな。  もちろん、あかん。あかんような気がする。  でも、(おぼろ)様とも、いっぱいキスした。瑞希(みずき)ともした。キスしてくれって強請(ねだ)られて。  そやのに水煙(すいえん)とはあかんのか。なんであかんの。なんであかんのやったっけ。  水煙(すいえん)の、うっすら開かれた(くちびる)(おく)にある、綺麗(きれい)(なら)んだ白い()(なが)め、悶々(もんもん)と自問自答している俺に、水煙(すいえん)はそうっと()()ってきて、自分から(くちびる)を合わせた。  びっくりした。だって水煙(すいえん)が自分からそんなことすると思うてへんのやもん。  けど、考えてみれば、初めてやない。京都のマンションで、初めて水煙(すいえん)が人型に化けた時にも、水煙(すいえん)にキスされた。  (やわ)らかな(くちびる)()れ、ぺろりと小さい舌先(したさき)が、俺の(くちびる)()めて、すぐに(はな)れた。  水煙(すいえん)はちょっと、()れくさいらしかった。 「口付けするのは、お前が初めてではないで。すまんけど。もっと軽いやつなら、俺を太刀(たち)に打った男とも、したことがある。一度だけ。してほしいって、何度も(たの)んだら、してくれたんや。それから(だれ)にも(ゆる)していない。不実(ふじつ)に思えて……それだけは、守り通してきたんやで」  間近(まぢか)に見つめ合い、(おどろ)いた顔をしている俺に、水煙(すいえん)は気まずそうに、苦笑(くしょう)を向けた。()れくさそうな顔やった。

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