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25-36 アキヒコ

 それでも()いてる。水煙(すいえん)の体はどんどん熱く()え、どんどん(あま)く高まって(あえ)ぐ息も、のぼせたように朦朧(もうろう)として、熱を()びていた。 「アキちゃんもして。気持ちようなって。いつも(とおる)にやってるみたいに」  キスを()りほどいて、俺の首を()き、水煙(すいえん)懇願(こんがん)するような口調(くちょう)になった。 「つ……()けってことか? それは、無理(むり)やで……」  痛々(いたいた)しすぎて、できるわけない。 「なんで無理(むり)なんや。(とおる)()くても、俺やとあかんか。そんな気にならへんか?」 「(ちが)う。そうやない。俺はお前をもう、(いた)()()わせたくないんや」 「(いた)くない……俺も気持ちええんやで」  見るからに(うそ)みたいな事を言い、水煙(すいえん)は青い顔やった。それは文字通りの青い顔やったやろ。血の気がないんや。青ざめている。 「(うそ)やない。体は(いた)いけど、心は(よろこ)んでいる。(うれ)しい、お前と一体になれて」  俺の首を()いている細い(うで)が、かたかた(ふる)えてた。  それが快感(かいかん)(ふる)えだけやとは、俺には思えへんかった。あまりの(いた)さに(ふる)えてるように見えて。 「お願いや、アキちゃん。この一度だけ。()てる前に一度だけ。愛してくれ。それで、ちゃんと、(あきら)めるから。お前を(こま)らせへん。お前が祭主(さいしゅ)として、(つと)めを()たし終えたら、どこへなりと、消えるから、アキちゃん。一度だけ……我慢(がまん)して」  できひん、俺には。  そんな顔した甲斐性無(かいしょうな)しに、水煙(すいえん)(ごう)()やしたんか。()われというように、力のない手で(うなが)してきて、俺と上を()わらせた。  そしてまた、俺に(またが)り、(こし)を使う水煙(すいえん)の動きは(つたな)くて、(とおる)意地悪(いじわる)さとは(くら)べモンにはならへん。でもまた別の、(せつ)なさがある。  歯を食いしばって(あえ)ぐ、その表情(ひょうじょう)に、愉悦(ゆえつ)があるとは、とても思われへんかった。  それでも隘路(あいろ)()()てられた俺が、やむなく(あえ)ぐと、水煙(すいえん)は、(うれ)しそうな(あわ)()みを見せてた。  水煙(すいえん)が、俺と()()(とおる)(なが)めて、(うらや)ましいと思ったのは、気持ちよさそうやったからだけやないらしい。  俺のことを、(よろこ)ばしてやりたかったんやって。  なんということや。()ずかしい。こいつは俺を見てたんや。  辛抱(しんぼう)(たま)らん、好きや好きやて夢中(むちゅう)になって、(とおる)()めてる、(おぼ)れた俺の(はげ)しさを見て、それほど好きかと(せつ)なく、胸苦(むなぐる)しかった。それが()くのが、(とおる)やのうて、自分やったら良かったのにと、水煙(すいえん)(かな)しかったんや。  それが愛してるってことなんやと、水煙(すいえん)は思ってた。  我慢(がまん)できへん、()きたいって、自分を(おか)した昔の男が、なにを思ってたか、今さらやっと水煙(すいえん)には分かった。  あいつは自分を愛してただけやって。  それで(かな)しくなってもうたんやろう。  もう、何もかも手遅(ておく)れすぎて、今さら言うてやられへん。自分もお前が好きやった。()かれて(よろこ)んでやりたかった。  でも、その当時には、それが無理やった。今ももう、それは無理。  水煙(すいえん)は、その男のことはもう、(わす)れてもうてた。昔の(こい)やった。  (わけ)も分からず(とお)()ぎてもうた、過去(かこ)のルートで、今さらもう、()(もど)されへん。  時は前に前に、未来へ未来へとしか、流れていかへん。  遠い昔に流れ去った、遠い浜辺(はまべ)で起きた出来事は、ただの過去(かこ)。  それに()(すが)怨霊(おんりょう)がいることを、水煙(すいえん)は知らん。  なんで知らんのかって。  知らんはず。知る必要ない。  そんな(やつ)おらん、もう消えたと、思っていてほしい。  おとんは教えへんかったらしいで。自分の身の内に、怨霊(おんりょう)がいるらしいことは。  俺も、教えへんかった。  なんで教えへんかったのかって?  そんなん()かれてもなあ。そうやなあ。なんでやろ。  ()けたからやないか。  俺は()餅焼(もちやき)きやねん。おとんもそうやろ。おんなじ性格(せいかく)なんやから。  しもかしたら代々の当主(とうしゅ)も、()たようなもんやったんかもしれへんな。  (ゆる)せへんのや。水煙(すいえん)が、自分ではない(だれ)かのことを、(おも)うてるなんて。  (ゆる)せへん。お前は俺の太刀(たち)。俺だけ見てればええんや。  (ゆる)せへん、ちょっとだけでも、(ほか)のを見るのは。  初代(しょだい)の男は海から生まれ、(たし)かに月と海との眷属(けんぞく)で、冷たい水の属性(ぞくせい)を持っていたかもしれへんけども、それは秋津(あきつ)性質(せいしつ)の、半分でしかない。  もう半分の()められた属性(ぞくせい)として、俺には火のように、熱く()えてるところがあるんや。めらめら()えてる。(てつ)煮溶(にと)かすような、灼熱(しゃくねつ)鍛冶場(かじば)()の火やで。  怨霊(おんりょう)独白(どくはく)するのを聞いて、なんやとこの野郎(やろう)と思ったんや、俺は。正直言うてな。  よくも俺の大事な水煙(すいえん)様を、浜辺(はまべ)強姦(ごうかん)とかしやがったな。(いた)い言うてるやろ。やめてやれ。人でなし。  俺も若干(じゃっかん)(いた)いことをしたんかもしれへんけど、それはいい。だって合意(ごうい)の上やしな、()いてほしいて言うてんのやから。  それに水煙(すいえん)は、俺の太刀(たち)や。俺の神。俺のもんやねん。それが名実(めいじつ)ともになっただけ。  結局そこやねんなあ。(あきら)めきれへん。

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