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25-38 アキヒコ
きっとお前は代々 の秋津 の男にとって、確 かに鬼 みたいな神やったやろ。
悦 くしてやりたい、悦 ばせてやりたいというのが、愛ある地球人の本能 で、そやから抱 きたいと思うのに、お前にはそれはずっと、無理やったんやしな。
結果、虚 しい独 り善 がりや。それでも抱 きたい。抱 いても切ない。痛 いて言うてるお前を抱 いて、俺も泣きそう。
そんな思いをさせられて、皆 、つらかったやろ。
水煙 。お前はつれないんや。すぐに諦 めるし。お高いし。もっと我 が儘 言うてくれたらええんやで。
亨 とか、瑞希 みたいに。もっと甘 えて、俺に頼 ってくれてええんや。
確 かにちょっと頼 りない。お前みたいな年食った神さんから見て、俺はちょっと情 けないんやろうけど、でも、もっと、俺にデレデレしといてほしいんや。信じてほしい。俺がお前を、幸せにしてやれるってことを。
無理やろか、それは。自惚 れ過 ぎか、俺は。
確 かに、ノー・プランやで。長期的には。
でも今この瞬間 に、お前に天にも昇 るような愉悦 を、与 えてやることぐらいなら、俺にもできる。せめてそれぐらいさせて。
頬 を包んで、キスをして、水煙 の、感じるところに舌 を絡 めて、甘 く喘 ぐ唇 を責 めてると、青い美貌 の眉間 に淡 く、切 なげな皺 が刻 まれて、それがだんだん、深い陰影 になった。
喉 を喘 がす小さな呻 き声 が、苦痛 ではない何かにすり替 わり、なるべく痛 めつけへんように、でももう堪 える余地 もなく、華奢 な体を責 めてる俺の背 に、水煙 の指が焼け付くような熱さで縋 った。
灼熱 している、熱く燃 えてる、神の手や。背 を焦 がす、それは心地良 いような痛 みやった。
「アキちゃん……アキちゃん……凄 くいい。こんな気持ちになったの、初めてや」
息継 ぎしてる俺に、水煙 は、ぶるぶる震 えて、またキスを求めた。
もっとしてと、甘 く強請 る唇 に捕 らえられて、俺は満足やった。
そして最後の坂を追い上げる、そんな激 しいキスの後、水煙 は俺の背 を掻 いて、不思議な甘 い悲鳴とともに絶頂 を極 めた。
神様の、この時の声って、ええなあ。ほんまに痺 れる。
こんなん聴 いたら、俺はもう、我慢 できひん。
長らく堪 えた想 いを遂 げて、俺も水煙 様の中で果 ててた。ああ、好きや水煙 、たまらへん、俺のもんやって、思えたし。
もしかするとそれに類 する言葉を、口走ってたかもしれへんな。
わからへん。夢中 すぎて。必死やねん。
まあ。ほら。夢 やしな。夢 やから。堪忍 してくれ。
でも、その俺の心の声を聞き、水煙 は肉体の絶頂 よりもなお、感極 まったような声で答えた。
「アキちゃん……好きや。好きや。……好きや。俺のこと、忘 れんといて。時々でええしな、思い出してくれ。お前の望むような姿 でええねん。それが俺の、ほんまの姿 やで」
ほな、今の、この姿 かなあと、俺は他意 なく言うた。
俺って、自分で言うのも何やけど、ちょっと天然 なんや。無心のときが最強やねん。
なんでかなあ。おとんの血かなあ。狙 ってない時にこそ、時々名台詞 を吐 くらしいんや。
この時もそうやったらしい。
まさかと思うが、いつもお高い水煙 様が、俺の胸 に取りすがり、まるで狂 ったように情熱的 やった。熱く燃 えてた。アキちゃん、好きや好きやと言うて。
俺はそれを抱 きしめた。偉大 な神でも、この時ばかりは、腕 にすっぽり収 まるような、小さな愛 しい肉体やった。
その肌 にまだ残る、暗い呪 いの痕 を、俺はたっぷり時間をかけて、喰 らいつくした。水煙 がもう、どんな痛 みも感じひんように。
それから、どれくらい過 ぎたか。
絡 み合 って無限 にキスして。何度もいかせて。水煙 がもう、快楽 の声を堪 えるのを、忘 れるようになるまで。
白い砂 にまみれて、波打 ち寄 せる浜辺 で、果てしなく睦 み合 っていた。
やがて、ぴくりとも動かんかったはずの暁月 が、不意 に薄 まり、何とはなしに、笑ったようやった。
そして目映 いような朝日の閃光 が、豊 かに波立 つ海の向こうから、鮮 やかに射 してきた。
夜が明けるらしい。
ずっと止まっていた時が、この小さな世界でも、流れ始める。
ここでの出来事を、過去 のこととして、また時が進み始めた。
水煙 にとっては、ほんの千年、二千年なんて、ちょっと昨日 か一昨日 の出来事 みたいなもんなんかもしれへん。
忘 れがたい恋 があり、忘 れがたい顔があり、その恨 む視線 を感じてもうて、新しい恋 に気が咎 めたり。
でももう、全てが過去 や。人の身にとっては。二千年前は超 過去 や。
もう、昔の話やと、古い古い想 い出 の部屋 の戸にかかる錠前 に、そっと鍵 をかけても、誰 もそれを咎 めはしいひん。
しょうがない。水煙 は、俺のことが好きすぎるんやから。
名残惜 しげに頬 を擦 り寄 せた、俺の胸 から顔を上げて、水煙 はじっと、愛 しそうに俺を見た。
けだるく疲 れたような、それでも満 たされた表情 やった。
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