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25-39 アキヒコ
その顔には表情 があったんや。
いつもと違 う。水煙 は俺の知らん顔つきをしていた。
いつの間に、そうなってたんやろ。いつの間に、呪 いが解 けたんやろう。
だんだん明るくなっていく、朝日の照 らす砂浜 で、俺はじっと水煙 を見つめた。
それは相変 わらず異形 の神ではあった。
青白い肌 はそのまま。ほっそりした体つきも、華奢 な手足もそのままで、黒目 がちな大きな目も、そのままやった。
でも、その目は、煌 めく銀河 の星が映 りこんでいるようやった。
そんな、キラキラ潤 んで、憂 いを帯 びた目やったし、名人の筆 で描 いたような、優美 な新月 の形の眉 があり、華奢 な顎 した顔立ちは、人間味 を帯 びていた。
それに長い黒髪 が、腰 まで届 くような豊 かさで、水煙 の痩 せた背 を覆 っていた。
濡 れて砂 まみれで、寝乱 れてはいたけども、それは美しい髪 やった。
その中に、研 ぎ出 されたばかりの白刃 のような色合いの、白とも銀ともつかへん一房 、二房 が、闇 のような色の黒髪 と絡 み、入り交じっていた。
それもまるで、夜の空にある天 の川 のようや。
月から来たんやと、水煙 は言うていた。きっとそれは本当やろう。
こいつは天人 なんや。とてもこの世のものとは思えへん。
ちょっと物見遊山 のつもりで地上に降 りてきて、そこで出会った男に羽衣 とられて、天に帰られへんようになってもうた、気の毒な天女 の話みたい。
きっとそれも、どこかにあった、ほんまの話に違 いない。こんな美しい天人 が、うようよいてるような世界が、宇宙 のどこかにあるんやったら。
俺がそう思って、うっとり眺 めていると、水煙 は恥 ずかしそうな、妙 な顔をした。その顔も、めちゃくちゃ可愛 かった。
「なんやねん、じっと見たりして」
「可愛 い顔になってる」
俺が言うと、水煙 はぎょっとして、自分の顔に触 れてみていた。触 ったぐらいで、どんな顔なのかは、分からんかったやろけど、とにかく長い髪 が触 れ、水煙 はまたぎょっとしていた。
「呪 いが、解 けている」
水煙 は相当に、びっくりしたらしい。鏡 見たいって、おろおろしていた。でも生憎 と、鏡 なんてどこにもあらへん。
「どんな顔や」
「どんなって……だから、可愛 い顔になってる」
水煙 はめちゃめちゃ若 いように見えた。
そうやなあ。人間やったら、十五、六歳 くらいか。
男でも女でもない、ほんまに中性的 な美貌 やった。
ますますわからん、水煙 が男なのか女なのか。
あかんで、なんか、あかん感じやで。
俺はずっと、水煙 のこと、誰 が見ても美しいとひれ伏 すような、オーソドックスな美貌 になればええなあと、そんな甘 いこと考えてたんやけども。
これが、そうや。今、まさにそう。俺の妄想絵 を、はるかに凌駕 している。
なんかな……お人形さんみたいやねん。薄青 いねんけど、お肌 ぽやぽややしな、髪 の毛 さらさらやしな、睫毛 びっしりやし、お目々キラキラなのや。
なんかヤバイ、女装 させたい、というか女の子なのか、これは。レースとかフリルとかの世界やで。
そんなんに目覚めてもうたら俺どうしよう。今までにないツボを突 かれている気がする。
しかもそれが猛烈 に効 いている。
行ったらあかん世界に入 り込 んでしまいそう。お人形さん遊びの世界やで。
そんなニュアンスを元々水煙 から感じ取ってはいたけど、はじめ分厚 くオブラートに包 まれていたそれが、今はもう全開 なってる。
こんな天人 が浜 で水遊びしてたら、ひっつかまえて閉 じこめとこうなんて血迷 う地球人が居 っても無理はない。
支配欲 を刺激 しまくる危険 な魅力 があるから!!
「な……なに? 変か? 変な顔なんか?」
恥 ずかしいのか、ぼうっと白 んだ顔になり、水煙 はおろおろしていた。
そして自分の長い髪 に混 じる、白い一房 に気付き、また、猛烈 にぎょっとしていた。
「あっ……白髪 が」
水煙 はそれに傷 ついたらしかった。見られてもうたと俺を見上げ、じわっと恥 じ入 るような涙目 になった。
「昔はこんなん、なかったんやけど。俺も気苦労 したからやろか」
「気にするな! それも含 めて綺麗 やから」
俺は慌 てて、おたおた止めた。
水煙 が何か、別の姿 に変転 しようとしている気がして。
たぶん太刀 やろう。それが水煙 の本性 で、長らくその姿 で過 ごしてきた。
美醜 を云々 しいひんでもいい、無難 な格好 やったんやろう。
あれも美しい姿 とは思うけど、でも今は、この姿 のままでいてほしい。もっと眺 めていたい。
手を握 って見つめ合える、そんな姿 でいてほしいんや。
そんな欲求 に逆 らわず、俺はほとんど無意識 に、水煙 の小さい青い手を、ぎゅっと握 りしめていた。
それを拒 まず、恥 ずかしそうな顔のまま、水煙 は俺から目を背 けていた。
「嫌 や、銀髪 なんて。俺は鉄(くろがね)やのに。黒い髪 がいい」
「いやいや、大丈夫 や。かなりイケてる。全部、銀 でも平気なくらいやから」
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