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25-40 アキヒコ

 どっちがいいか決めがたいくらいや、カラーリング的には。間をとって両方(りょうほう)。ところどころ(ぎん)。それでええやん。何があかんの。 「す……好きか、アキちゃん。俺の、この姿(すがた)は」  それが(もっと)も重要みたいに、水煙(すいえん)()()ず見上げてきて、俺にそう()いてくれた。  うんうんうん、て、思わず必死(ひっし)(うなず)いていた。必死(ひっし)すぎや、俺。 「そうか……そんなら、ええねんけど。月から落ちてきた時には、こんな姿(すがた)やってん。でも、これはちょっと……その……地上の男の劣情(れつじょう)(あお)るようやったんで」  (あお)られてる、俺も。今、(しず)かに深く(あお)られている気がする。 「()ずかしいと思って、もっと(おそれ)ろしげな姿(すがた)()けて、(こば)もうかと、海神(わだつみ)に(いの)ったんや。海の眷属(けんぞく)らしい姿(すがた)をくれと。できるだけ怪物(かいぶつ)っぽいのをな。そしたら暁彦(あきひこ)幻滅(げんめつ)して、(あきら)めるかと。あいつは面食(めんくら)いやったしな。きっと俺の、この顔が好きなだけやと思うたんや」  よう聞く話である。ギリシア神話とかで、お前可愛(かわい)いなあって、レイプされそうになった精霊(ニンフ)とかが、樹木(じゅもく)に化けたり、もっと(えら)い神様にとっさに(いの)って泣きついて、(けもの)とか、化けモンみたいな姿(すがた)に変えてもらう。そうして(なん)(のが)れるという話。  水煙(すいえん)も、その手で行こうと思ったらしいが。初代(しょだい)はメゲへんかった。海の生き物バージョンでも普通(ふつう)()えた。  水煙(すいえん)やったらなんでも良かった。それくらい水煙(すいえん)様が好きすぎたらしい。そして、性別(せいべつ)ないのに無理矢理(むりやり)レイプか。ひどすぎる。 「性別(せいべつ)、ないことないで。俺は、男やで、アキちゃん」  それやと、あかんかと、水煙(すいえん)は、俺の顔色をうかがう青い顔して、うつむきがちにそう告白(こくはく)してくれた。 「(おす)やねん。(ちち)がないやろ。昔はちゃんと、その、あるもんはあった。清童(せいどう)やったけど。元は天人(てんじん)やしな」  清童(せいどう)って、なんや。  それは、精通(せいつう)してへん男子のことらしい。つまり、性的(せいてき)絶頂感(ぜっちょうかん)をまだ味わったことのない、(けが)れない(きよ)い体やったという話やで。  天人は、(けが)れない身やから飛べるんや。(けが)れると天を()えんようになる。  初代(しょだい)の男がなんで水煙(すいえん)(おか)したか。水煙(すいえん)を地上に()()めるためや。  もう二度と天には()えんように、月に帰ってもうたりしいひんように、水煙(すいえん)清童(せいどう)ではなくそうとした。  肉欲(にくよく)(おぼ)えさせ、(けが)そうという魂胆(こんたん)や。  (おに)やな。しかしこの場合、最も効果的(こうかてき)とも言える手や。  (けが)れないがゆえに、愉悦(ゆえつ)には弱い、天人(てんじん)やら精霊(せいれい)やらを地上に(つな)いでおくにはな。  それってつまり……。それって……。なんやろ、声が上ずる。  それって、つまり、水煙(すいえん)は、()かったんか。浜辺(はまべ)(おか)された時。気持ちよかったの?  俺がそうついつい思い、聞きあぐねていると、水煙(すいえん)はますます白い顔をした。(なさ)けないみたいやった。 「そ……そうやで。あかんか。でも、そんなんあかんと思ってな、それで夢中(むちゅう)になったら、破廉恥(はれんち)やろ。そやから(こば)まなあかんと思って、体を()じたんや。そしたら暁彦(あきひこ)激怒(げきど)して、俺とやられへんのやったら、(だれ)ともやるなと、俺に(のろ)いをかけたんや。それで結局、いつも(いた)かったんやけど」  それで(あな)なし……? いつもいつも強姦系(ごうかんけい)?  そんな、アホな。えげつない。  それに痴話(ちわ)ゲンカやないか。痴話(ちわ)ゲンカやろ、それ。  気持ちよすぎて()ずかしいから、自戒(じかい)して、セックスできひん体にしたんやろ。そしたら相手がキレて、ずっとそのままでいとけって、(のろ)ったんや。  そして二千年後、みたいな?  けど、初回は()かったって……水煙(すいえん)、俺が、初めてや……なかったんか? 「そんなことない。アキちゃんが初めてや。最後までいったのは。これに(くら)べたら、あれは、なんというか……もっと、ほのかなもんやったな。ちょっと(さわ)られた、だけやもん」  真っ白けみたいな顔をして、水煙(すいえん)はそう保証(ほしょう)した。  ほな、初代の(ころ)は、前戯(ぜんぎ)でちょっと気持ちよくなっちゃっただけでも、もうあかん、いけないわって思うたんや。  (きよ)らかやったんやねえ。ほんまにね……。  なんかちょっと、俺は遠い目になった。  ある意味、俺のほうが、よっぽど(けが)しちゃってない?  水煙(すいえん)、この一(ばん)で、何回ぐらい絶頂(ぜっちょう)いったやろ。  少なくとも、五回はいってた。気絶(きぜつ)しそうになっていた。  よっぽど敏感(びんかん)なんやろ。それがまたいい。  そんなふうに()えちゃって、めちゃめちゃ(あえ)がせたけど、そんなふうに気持ちええことに目覚(めざ)めさせちゃって、良かったのか。  水煙(すいえん)、もう二度と飛ばれへんぐらいに、(けが)れちゃってるんやないか。 「月へはもう、(もど)れそうもない……」  実家では合わせる顔がない。そんな口調(くちょう)で言うて、水煙(すいえん)()ずかしそうに、身を(よじ)っていた。  そうやなあ。清(バージン)ばっかりの国へは、帰りづらいよなあ。

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