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25-41 アキヒコ

 ふっ。どうしよ。俺はどないしてこの責任をとるつもりなんや。  この、女顔(おんながお)美少年(びしょうねん)みたになっちゃった水煙(すいえん)様を、今後どうやってお(まつ)りしていったらええんやろ。  (とおる)になんて言い訳(いいわけ)しよう。説明のしようがない。  こんなキラキラになった水煙(すいえん)が、普通(ふつう)に立って走り回ったり、怪力(かいりき)なったりしていたら、何があったんやって、絶対聞かれる。  (のろ)いが()けるような、何をしたんやって、きっと()かれるやろう。  何をしたんや、俺は。ただ()いただけ。めちゃめちゃ()くしてやっただけのはず。  それが効果的(こうかてき)やったんか、(のろ)いを解くのに。エロが有効(ゆうこう)? 「(ちが)う……愛やないか。ひどいこと言うなあ、お前は。好きになった相手と、心底(しんそこ)ほんまに愛し合えたから、(のろ)いが解けたんや。お前の愛が、暁彦(あきひこ)呪詛(じゅそ)に、打ち勝ったんやで?」  ()ずかしいやら(なさ)けないやら。水煙(すいえん)に泣きそうな声して言われ、俺は打ちのめされた。  そうやな。それも、よう聞く話や。お伽話(とぎばなし)で。  (のろ)いでカエルになった王子様がお姫様のキスで人間に(もど)るとか。野獣(やじゅう)が王子にとか。とにかく(まこと)の愛には、(のろ)いを()く力があるらしい。  (まこと)の愛か……。気まずすぎて(とおる)には説明でけへん。 「それに、まだ……歩かれへん。顔のほうはな、俺が自分にかけてた(のろ)いや。長年かけて、あんまり強くかけすぎて、自分でも()かれへんようになっていたんや。歩かれへんのとか、非力(ひりき)なのとか……あるもんが無いのとかはな、俺の(のろ)いではない。暁彦(あきひこ)がやったんや。あいつが俺を(のろ)い続けている限りは、そう簡単(かんたん)には()けへん」  ()けてへんのや! 微妙(びみょう)!  (うれ)しいような、(かな)しいようなやで。  だって、お姫様()っこはいまだにできるが、穴無(あなな)続投(ぞくとう)。  そ、そうか……そうなんやな。世の中にそんなウマい話はないということや。 「ごめんな……足手(あしで)まといで。俺に、あいつの呪詛(じゅそ)振り払(ふりはら)うだけの力があればええんやけど、(あわ)れでできへん。あいつは、いずれ月へ帰ろうとする俺が、(うら)めしかったんやろう。()らえておこうと必死(ひっし)でいた。それも無理ない、あの子には、(した)しく(たよ)れる相手は俺しかおらんかったんや」  俺が痛恨(つうこん)の表情やったのが、水煙(すいえん)には、歩かれへんのが迷惑(めいわく)やからやと思えたらしい。  なんという誤解(ごかい)。読み(すじ)(けが)れがなさすぎ。さすがは月から来た、もと清童(せいどう)や。なんか根が(きよ)い。  それに水煙(すいえん)はあの怨霊(おんりょう)のことを、(にく)んではいないようやった。  むしろ今でも(いと)しく思うてやっている。守ってやってた()が子やと、今でも思うてる。  燃え上がるような(はげ)しい恋愛(れんあい)は消えても、その温かい情愛(じょうあい)は、(むね)(おく)埋み火(うずみび)のように、今でも燃えてる。  ほんま言うたら水煙(すいえん)が、結局(けっきょく)、月へは帰らずに、ずっと地上に(とど)まっていたのは、そのせいやないか。  可愛(かわい)()が子と、その血に(つら)なる秋津(あきつ)の子らが心配でたまらず、血筋(ちすじ)に取り()く神として、ずっと居残(いのこ)っていた。  ありがたいご神刀(しんとう)として(あが)められつつ、それでも秋津(あきつ)(つか)える式神(しきがみ)やった。  それは水煙(すいえん)が、うちの血筋(ちすじ)始祖(しそ)やったからなんや。  初代(しょだい)の男はたぶん、無理矢理(むりやり)(おか)すやなんて、そんな荒事(あらごと)(およ)ばなくても、ただ(たの)めばよかった。  ずっと()てくれと、水煙(すいえん)様に、お(すが)りして(たの)めば良かっただけなんや。  そしたら水煙(すいえん)はきっと、いつまでも(そば)()てくれたやろう。そういう、(なさ)け深い神さんやから。 「(のろ)いなんて、かまへん。そんなの。それもいつかは()けるんかもしれへんし。お前が、()きたいんやったら」  受けた(のろ)いもひとつの(えん)やと、それを(こば)まず受け入れてきた、水煙(すいえん)情愛(じょうあい)が分かる気がして、俺もその怨霊(おんりょう)を、力業(ちからわざ)ではね()けようとは、思わへんかった。 「穏便(おんびん)()けるもんなら、()きたいな……。()いて、アキちゃんと、もっと気持ちええことしたい」  うっとり()ずかしそうに、水煙(すいえん)好色(こうしょく)そうなことを言うた。  ほんまにもと清童(せいどう)か。好きなんか、水煙(すいえん)。そんなに()かったか。どないしよ。  俺が青ざめてると、水煙(すいえん)はくすりと、皮肉(ひにく)なような、自嘲(じちょう)したような笑い方をした。 「俺も(とおる)大差(たいさ)なしやな? したいしたいで、なりふり(かま)わずや。お前が好きで、たまらへんのや……()ずかしい」  顔を(かく)すためやろう。水煙(すいえん)はいかにも()ずかしいふうな、なよやかな仕草(しぐさ)で、俺の(むね)にまた、やんわりと()きついてきた。  その柔肌(やわはだ)()心地(ごこち)は、まさしく天にも(のぼ)るような、ふわりとした(あま)さ。  どうしよう。ほんまに大差(たいさ)なしやったら。二(ひき)(へび)さんに()しい()しいて(せま)られたら、俺、生きていけるやろか。  大丈夫(だいじょうぶ)かな、俺は。大丈夫(だいじょうぶ)か。  これを(こば)めるのか……。それとも、(こば)めるわけもなく、二股(ふたまた)かけようとでもいうんか。まさか。  そんな心配、生きてられた場合だけにしろやな。  これから(もど)って、水地(とおる)にぎったんぎったんにされて、二度と悪さでけへんような(のろ)いを、下の人にかけられるかもしれへんのやしな。  あいつも神やで。やるときゃやるかもしれへんで。

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