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25-44 アキヒコ

 お(ゆる)しください、水地(みずち)(とおる)大明神(だいみょうじん)。  殺すんやったら、殺してくれてええけど、あんまり苦しめんといてくれ。  悪いと思ってます、悪いと思うてる。(あら)ぶる神にならんといてくれ。  土下座(どげざ)でもなんでもする。なんでもするから!  そんな平謝(ひらあやま)りの気分で、(なか)土下座(どげざ)ムードに突入(とつにゅう)しつつ、がばっと()(かえ)った俺が見たものは。  (たし)かに、大蛇(おろち)やったわ。  でも、(とおる)ではない。あの白い蛇体(じゃたい)の、金の目をした、美しい(へび)やない。  黒と赤。その対比(たいひ)禍々(まがまが)しいような、まだら模様(もよう)(うろこ)(にぶ)く光らせた、白い(はら)した(へび)やった。見上げるような大蛇(だいじゃ)や。俺をひと()み。それも可能(かのう)なぐらいのでかさ。  その目は爛々(らんらん)と光る、血のような赤やった。(するど)(はり)のような、細く黒い(へび)(ひとみ)が、じっと俺を(にら)()けていた。  俺は呆然(ぼうぜん)として、それを見上げた。ちらちら見える赤く細い(した)出した、(へび)の口には、(するど)一対(いっつい)(きば)が生えていて、そこからは毒液(どくえき)らしい(したた)りが、ちらりと()れ出て見えた。  絶体絶命(ぜったいぜつめい)。なんかそんな予感。  そして俺には、武器(ぶき)はない。むしろ(はだか)に近い。(ゆめ)の中やし、ほんまに無防備(むぼうび)やってん。  俺が対峙(たいじ)した大蛇(おろち)が、俺を殺そうと思えば、きっと一瞬(いっしゅん)勝負(しょうぶ)は決まる。  勝負(しょうぶ)どころか、戦いにもならへん。相手は神や。  ()い神さんやない。(あら)ぶる神やけど、それでも神は神。人の子である俺には、勝ち目がない。  向こうが俺を殺るというなら、おとなしく、殺されるより(ほか)にない。  そんな気がして、俺はただ(だま)って、その(おそ)ろしい(へび)(にら)()っていた。 「二番なのか」  (へび)突然(とつぜん)、口きいた。人間みたいな声やった。  (へび)(のど)(しゃべ)っている声やない。念話(ねんわ)や。そう言うらしいで、巫覡(ふげき)の世界の専門(せんもん)用語では。  SF風に言うならテレパシーかな。心の声や。  その声は、まるで自分の声みたいやった。あるいは、俺のおとんの声みたい。  そして、俺が自分の()(うち)に聞いた、古い怨念(おんねん)(うら)みの声にも、そっくりやった。  でも、まるで自問自答(じもんじとう)のようや。自分の声に(たず)ねられてるみたい。 「二番か。お前にとって、水煙(すいえん)は、二番なのか」  そう()かれた気がする。  実は、何言うてんのか、(しゃべ)ってる言葉そのものは、分からんかってん。古代語や。現代(げんだい)語と(ちが)う。まるで外国語みたい。  自分の中にこの怨霊(おんりょう)()る時には、こいつは俺の言葉を()りて話してたんやろう。だって京都弁(きょうとべん)やったもん。  でももう、水煙(すいえん)様に引っつかまれて、引きずり出されてもうたしな。自分の言葉で勝負(しょうぶ)。そしたら言葉が通じへんのやんか。  不思議(ふしぎ)やなあ。二千年前の人とは、言葉通じひんのや。同じ日本語やのにな。  そやけど念話(ねんわ)や。言語を()えて、意味だけ分かる。  便利やなあ。よかった、(げき)としての能力(のうりょく)に目覚めてて。  そやなかったら、字幕(じまく)のない外国語の映画(えいが)()てる時みたいな状態(じょうたい)で、何言うてんのかさっぱりわからへんかったやろ。 「俺にとっては、いつも一番だった。後のは(みな)、ただの道具で、式神(しきがみ)にすぎない。俺にとって、神だったのは、水煙(すいえん)だけだ。その俺が、お前に負けるとは」  もうリベンジ? 早ッ。  ちょっと待ってください。普通(ふつう)もうちょっと休憩(きゅうけい)してからリターンマッチやないですか。  直後(ちょくご)に二回戦があるって分かってたら、俺も、もうちょっと(ちが)う行動とってたかもしれません。  悪い(へび)やし殺そうかて言うてた水煙(すいえん)を、止めへんかったかもしれん。  死んでる場合やないしな、俺も。不死人(ふしじん)やて言うたかて、こんな(ゆめ)(うつつ)かわからんような(なぞ)位相(いそう)で、霊的(れいてき)に死んで、それでも無事(ぶじ)でおる自信はあらへんで。  不死(ふし)やというのは、肉体の死には強なったということやろ。肉体が丈夫(じょうぶ)なんや。  霊体(れいたい)の方はたぶん普通(ふつう)やで。自分より強い神さんに、えいやってブチ殺されたら、たぶん死ぬで、俺。  助けて水煙(すいえん)。守ってやるって思うてたけど、とりあえず今はお前が俺を守ってくれへんか。  こんなエグい大蛇(おろち)と、どないして戦うのか全然知らん。教えてくれ! 「そんなことも知らんのか」  (ののし)るて言うより(あき)れてるみたいな声で、大蛇(おろち)は俺に()いた。  何言うてるか分からへんでも、とにかく(あき)れたことだけは、ものすご分かるイントネーションやったわ。  言語を()えたモンて、あるなあ。  するすると、大蛇(おろち)急激(きゅうげき)輪郭線(りんかくせん)を変え、CG画像(がぞう)がモーフィングするみたいに、人型(ひとがた)変転(へんてん)していった。  見る()(へび)はひとりの男に姿(すがた)を変えて、俺の顔を(のぞ)()むような、間近(まぢか)のところにすうっと、空中を(すべ)るようにして、近づいてきた。  俺そっくり。(かがみ)見てるみたいや。  おとんと向き()うたときにも、変な感じがしたけども、今回も変や。  双子(ふたご)の人が兄弟で(にら)めっこしたら、たぶんこんな感じかな。  なんて気まずい(にら)めっこやろ。笑うとこあらへん。

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