545 / 928

25-45 アキヒコ

 しかもこの兄弟、長髪(ちょうはつ)やったんや。(みだ)れたような角髪(みずら)()ってた。  どうしよう、古代日本コスプレの俺や。おとんの海軍コスにも(こま)ったもんやったけど、このご先祖(せんぞ)様の古代日本コスにも(こま)る。  けっこう似合(にあ)うてるというか、たぶん古代では相当(そうとう)イケてたんやろけど、でも現代人(げんだいじん)の俺から見たら、ただのコスプレの人やから。 「呪法(じゅほう)が使えないのか」  九九(くく)もまだ(おぼ)えてへんのかって、()かれてるような口調(くちょう)やったわ。 「使(つこ)うたことないですね……」  正直に、俺は答えた。何か、それっぽい力をマグレで()るえることはあったかもしれへんけど、どれも火事場(かじば)馬鹿力(ばかぢから)やったりとか、天地(あめつち)が俺に共感(きょうかん)してくれて、うんうん(かな)しいなあて一緒(いっしょ)に泣いたりとかして、(あま)やかしてるだけやったりとかね。  せやし自分の意志(いし)で、意図(いと)して神通力(じんつうりき)使(つこ)たことなんて、あんまりない。練習中です。修行(しゅぎょう)中の身です。 「何をしていた、二十一やろ。それで、どないして水煙(すいえん)を守ろうというんや」  ほんまにそうです。  ていうか、ご先祖(せんぞ)様ちょっと京都弁(きょうとべん)うつってます。まあ、長いからね、京都に住んでね。 「呪法(じゅほう)を学べ。俺が教えてやる」  直伝(じきでん)や。どうしよう。初代(しょだい)直伝(じきでん)やで。  まさかまた中入られるんか。(おか)される!  そうやこの人、強姦(ごうかん)男なんやった。(こわ)いいっ。身構(みがま)えとかなあかん。ガードせなあかん。おとん直伝(じきでん)()(まい)なってまう! 「普通(ふつう)に教えるだけや……」  ものすご脱力(だつりょく)(なさ)けないわあみたいな目で見られた。トホホ(がお)の古代人やった。  すんません、こんな子孫(しそん)で。がっかりでしたよね。  初代(しょだい)はマジもんの巫覡(ふげき)の王やったのに、末代(まつだい)はアホの画学生(ががくせい)で、まだ進路(しんろ)もいまいち決心ついてないような、フラッフラのぼんくらなんやもん。 「手を出せ」  ため息そのものの声で、俺はそう命じられ、(いや)やったけど左手を()し出した。  (さか)らいようがない。なんせ相手は半神半人(はんしんはんじん)で、今や怨霊(おんりょう)なのや。でかい通力(つうりき)があるんやからな。  そして祖霊(それい)として、子孫(しそん)である俺を使役(しえき)することができる。  けど何とかそれと(あらそ)って、()()の右はやめといた。  だって、これで何かされて、もしも絵が(えが)けへんようになったら(こま)るしな。  怨霊(おんりょう)は俺の手に()れた。ちゃんと(さわ)れた。  ひやりと冷たい手やった。たぶん死人やからや。そしてまだ、神ではない。ただの悪霊(あくりょう)やから。  初代の男は真面目(まじめ)な顔して、俺の左手の手の平を自分の左手で(つか)み、その上に、右手の人差し指で、さらさらと何かを書いていた。  この人も、右利(みぎき)きやったらしい。そして、たぶん、絵も上手(うま)そうや。  (ふで)も何もない、ただ指先で書いてるだけやのに、俺の手の平の上には、金色に光る軌跡(きせき)が残って見えた。  それは丸く(かこ)われた(わく)の中に、俺が今まで見たこともないような、不思議(ふしぎ)な文字で書かれた何かの文様(もんよう)やった。  呪方陣(じゅほうじん)とかいうらしい。呪文(じゅもん)やな。呪力(じゅりょく)を持った図形(ずけい)なのや。  書かれていた文字は、ホツマ文字という神代(かみよ)の文字で、日本のモンやった。  日本語が今の形に統一(とういつ)されるまで、昔はいろんな文字があったらしい。  大変やな、そんなにいろいろ文字があったら、(おぼ)えきれへん。 「お前も(おぼ)えろ」  (うそ)ぉ!!  俺は愕然(がくぜん)として、間近(まぢか)に見ている初代のジト目と、また向き()うた。 「どうせ読まれへんのやろ? ぼんくらの末代(まつだい)め」 「……読めません」  読めるわけない。古代の文字やで。  エジプトの神聖文字(ヒエログリフ)とか、メソポタミア文明の楔形(くさびがた)文字とか、(みな)は読めるか?  読めるわけないやん。  ホツマ文字なんて、そんなんが存在(そんざい)すること自体、今知ったばっかりや。読めて当然みたいな空気にしんといてくれ。 「読めて当然や。お前は秋津(あきつ)末裔(まつえい)なんやろ。ちゃんと学んで、古今東西(ここんとうざい)呪法(じゅほう)精通(せいつう)していて当然なんやぞ、まったく……」  そうですけど……。読めて、当然?  そう、言われても、しゃあない。  アキちゃん、なんも知らん、ぼんくらやから。  学校でホツマ文字なんか習わへんかった。英語なら読めますけど。ドイツ語も第二外語でやったから、ちょっとは分かるよ。でも、ホツマ文字はちょっと……。 「ほんまにアホやな。あの父母(ふぼ)で、なんでこんなアホな子ができてしもたんや」  初代、もう(かく)しようもなく京都弁(きょうとべん)なってはる。  納得(なっとく)いかへんトップブリーダーみたいな顔になってはる。  ほんまに、まるで、馬やら犬やらを()()わせて繁殖(はんしょく)させて、育ててるみたいやで。むかつくわ。  しかも京都弁(きょうとべん)で言われると、(いや)()さらに(ばい)。イケズっぽいわあ、この人も。上から目線や。  ご先祖(せんぞ)様やから無理もないのか。俺は子孫も子孫、一番の新参者(しんざんもの)で、しかもアホなんやから、この人から見てゴミみたいなもんか。  駄犬(だけん)駄馬(だば)か。まるでそういうもんを見るみたいな目付きやったわ。

ともだちにシェアしよう!