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25-46 アキヒコ

 でも俺にだけやないねん。こいつは自分以外の(すべ)ての人間を、見下(みくだ)して生きてきた男なんやで。  (のち)水煙(すいえん)に聞いた話では、初代(しょだい)性格(せいかく)が悪かった。  俺は神の子やというノリやった。  自分は人間やないと思うていたし、実際(じっさい)(ちご)た。  人ならぬ者だけが()るえるような、ものすごい神通力(じんつうりき)を持っていた。  それやし傲慢(ごうまん)やったんや。(やさ)しさの欠片(かけら)もあらへん。  弱いモンは蹴散(けち)らして、強いモンは(たた)きつぶす。そして自分が天下(てんか)とる。そういう性格(せいかく)やったんや。  そして、その性格(せいかく)水煙(すいえん)にはウケてへんかったらしい。お前は(おに)やと度々(たびたび)ケンカしていた。  水煙(すいえん)はああ見えて、けっこう(なさ)(ぶか)い神さんやしな。  (こわ)いし、えげつないけど、善悪(ぜんあく)のバランス感覚はあるタイプやで。  そうでなきゃ、秋津(あきつ)の家がええモンの(がわ)にいる(わけ)がない。  この(あれ)ぶる血筋(ちすじ)手綱(たづな)をとってきたんは、水煙(すいえん)なんやしな。秋津(あきつ)の子らが、自分の血に(そな)わった神通力(じんつうりき)を、世の人々を(すく)うために(もち)いるよう(すす)めてきたんは、水煙(すいえん)なんやんか。  そんな水煙(すいえん)から見て、初代(しょだい)は悪い子やった。  古代(こだい)(いくさ)()()れる悪い暁彦(あきひこ)を、水煙(すいえん)はいつもため息ついて(なが)めてた。  (とな)()う国々を()(ほろ)ぼして、金銀(きんぎん)財宝(ざいほう)積んだところで、水煙(すいえん)様は(たの)しまへんかった。  お前は(おに)やと言うだけや。  (いくさ)があかんという事ではない。水煙(すいえん)もぶっちゃけ好戦的(こうせんてき)なタイプや。太刀(たち)やしな。戦いを好む。  そやけど、殺戮(さつりく)を好むわけではない。田畑(でんぱた)()(はら)い、女子供(おんなこども)や老人までもぶっ殺すような、そういう(いくさ)は好きやない。  人を愛し、人に愛されてこその神や。相思相愛(そうしそうあい)でないとあかんのや。  それが水煙(すいえん)様の神としての道。人生哲学(てつがく)。  戦う時には高潔(こうけつ)に、正々堂々(せいせいどうどう)と。勝って(とど)めをさす時でも、泣いて()るのが武士道(ぶしどう)や。  弱きを助け、()しきを(くじ)く。  それでこそ神であり、英雄(えいゆう)や。  そうやなかったら、自分も(おに)になってしまうやんか。  その、初代(しょだい)から見れば微妙(びみょう)でしかない()が、水煙(すいえん)から見ると大きな(みぞ)やったらしい。  いわゆるひとつの性格(せいかく)不一致(ふいっち)や。  水煙(すいえん)から見て俺は、大人(おとな)しすぎる()(ごし)の、戦いを()ける男やで。  俺は(けん)()るうよりも、絵描くほうが好きや。  それはそれで、性格(せいかく)不一致(ふいっち)やけど、でも、水煙(すいえん)には(この)ましいらしい。  理由は言うまでもあらへん。そして言いとない。しかし()えて言おう。  俺のそういうところが、水煙(すいえん)初恋(はつこい)の男に()ているからや。戦場(いくさば)太刀(たち)()るうよりも、鍛冶場(かじば)太刀(たち)を打つことのほうを好んだ男やったのや。  その血を(とど)める俺が、水煙(すいえん)には(いと)しいらしい。  (たし)かに俺は、絵を()き始めると無心(むしん)なんや。それに夢中(むちゅう)になっている。  俺が一番愛してるのは絵や。もしかすると、一番は(とおる)ではないのかもしれへん。  そうかもしれへん。どんな時でも俺は、絵さえ(えが)いてりゃお幸せ。そんなアホやし、それでも好きやていうてくれるマニアでなければ、俺とは付き合うていかれへん。  (とおる)絵描(えかき)いてる時の俺が好きらしい。トミ子もそうやった。勝呂(すぐろ)瑞希(みずき)もそうや。俺の絵が好き。  そして水煙(すいえん)もそうやねんて。絵を()いている時の俺が好き。心ここにあらずの顔で、自分の作品に打ちこんでいる。その姿(すがた)が好きなんやって。  昔の男を思い出すからやな。畜生(ちくしょう)!  もう死んでる(やつ)とは()()われへん。そいつはどこかに生まれ変わってきてるんか。  近寄(ちかよ)らんようにせなあかん。絶対(ぜったい)水煙(すいえん)と引き合わせへんようにせなあかん。  だって、そっちにいってまうかもしれへんやんか。また心変わりして。なんせ多情(たじょう)な神さんなんやで。  今は俺が好きやて言うてる。そのままキープしとかなあかんのや。  これを永遠(えいえん)に。  静かに満ちて、もう二度と()せへん月のように。(とき)静止(せいし)した世界に、ずうっと()じこめておかなあかん。 「水煙(すいえん)はなあ、(うつ)()や。熱しやすく冷めやすい。鉄(くろがね)やからな、それはしょうがない、あいつの性癖(せいへき)や。たとえ今はお前に熱く()えてても、またいつか、気が変わる」  呪方陣(じゅほうじん)を仕上げつつ、初代(しょだい)はにやにや言うていた。 「この熱が冷めたら、次はきっと、思い出す。俺のほうが良かったと」  そう信じてる。そんな粘着(ねんちゃく)なこと言うて、初代(しょだい)の男は俺の手を返してきた。  むっとしながら、俺はそこに(えが)かれていた呪方陣(じゅほうじん)(なが)めた。 「(のろ)いをかけた」  あっさり言われて、俺はぎょっとしていた。 「な……なんやと!? そんなん、かける前に、かけていいか()け!」  手をぶんぶん()ってみたけど、(えが)かれたもんが落ちるわけない。  ()みこむように、金色の文字が俺の(はだ)()われて消えていくのが見えた。  もうあかん! ()みこんじゃった。(のろ)われたあ! 「心配いらへん。大した(がい)はない。お前が水煙(すいえん)を不幸にするか、守りきれへん時が来たら、俺が召喚(しょうかん)される。そしてお前の体をもらう。それだけのことやから」  なんや、それだけかあ……。泣きそうや。 「そのための(しゅ)やから、俺と(つな)がっている。呪法(じゅほう)のことで、何か()きたいことがあったら、自分の左手に()け。気が向いたら、答えてやる」

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