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25-47 アキヒコ
便利やあ。今後アキちゃん、自分の手に教えを乞 う人になるんやなあ。ますます変な子や。自分の手と話してるなんて。
有 り難 すぎて泣きそうや。せめて携帯 電話とかに描 いてもらえませんか、さっきの冥界 通信用の呪方陣 。
「もう行く。もう、日輪 の昇 る時やから。月の時間はお終 いや」
俺の顔を見つめて、初代の男はそう教えた。
「ここしばらく、ろくでもない日々やったか、ヘタレ末代 の、ぼんくらの坊 よ。月が痩 せていたからな。しかしもう、新しい月が満ち始めている。これからは良くなるやろう。憶 えておけ、お前の霊力 は、満月 の夜が最高潮 や。大事な呪法 は、その日に行え。いくらアホでも、しくじる率 が低いやろう」
にっこり笑って、ご先祖 様講座 の第一回目やった。口が悪い、口が悪い……。
「それにしても、思いつかんかった。絵を描 いて変転 させるなんて。アホしか思いつかんことはあるんやな。そんなの気付いてれば、二千年前に終わった話やったのに。畜生 。呪 いを解 こうとするからあかんかったんや、上書きすればええだけの話やったんやなあ」
にっこり笑ったままの顔で、暁彦 様はそう言うた。軽く捨 て台詞 やった。
俺が水煙 に、人間らしい姿 を与 えたことを言うてんのやろう。
確 かにあの姿 の時やったら、あんな痛々 しいのやのうて、普通 にお互 い気持ちええような、ステキな和合 やったかもしれへんな。
惜 しい。そうやった。そうや。それに気付いてれば、変転 してもらえば済 む話やったんや。
でももう手遅 れ。なんでそれに気付かへんかったんや俺。アホすぎる!
どっか抜 けてんねん。必死すぎて。あの青白い、神の姿 に萌 えすぎて、それを別のに変転 なんて、ちょっとも思いつかんかった。
後悔 している俺を見て、初代 はふんと鼻で笑った。
笑うな、お前もそうやろ。どっか抜 けてたんや!
必死のあまり、やったらあかんコースをとった。それで修羅場 に行き着いたんやないか、この鬼 ! 強姦魔 !
お前がやろうったって無理や。水煙 は、それが俺の望みやったから、新しい姿 を受け入れたんやで。基本的 に拒 まれてるお前が、どんな絵描 こうが無駄 ! 無駄 ! 無駄 やねん!
体は力ずくで犯 せてもな、嫌 や嫌 やを無理矢理 にでは、心までは手に入らへんのや、鬼畜生 !
「うるさい餓鬼 やなあ。そういうのも味 のうちなんや。子孫 のくせに偉 そうに……」
ご先祖 様風がびゅうびゅう吹 いてた。こんなんも崇 めなあかんのか!
崇 めなあかん。祖霊 やねんから。先祖 崇拝 の土地柄 やで、日本は。
それに怨霊 というのも、神の一種 や。強い霊力 を持っていて、怖 ろしい害 や祟 りを成 すけども、巫覡 が拝 んでうまく和 んでもらえれば、それはなんと神になるんや。
御霊 信仰 っていうねん。知らん?
菅原道真 さんとか。太宰府 の神さんやんか。俺も受験 の時におかんから、太宰府 のお守りもろたで。受験 の神さんなのや。
でもあの道真 様、もとは怨霊 やねんで。そのさらに前には人間で、えらい秀才 の貴族 の坊 やったけど、政治的 な抗争 に負けて左遷 され、そのまま恨 んで死んだせいで怨霊 になり、当時の都 やった京都に、疫病 やら何やらを流行 らせたらしい。
それでヤバいということで、なんとか怨霊 にお鎮 まりいただこうと、巫覡 を動員 して神として祀 ったら、なんとか落ち着きを取 り戻 さはって、学問 好きやしって、学問 の神さんになりはったんやんか。
それやし怨霊 ていうのは、神になる可能性 のある怪異 やねん。
もちろん神様目指 してるんやで、うちの初代 。生まれ変わる気なんか、全然ないで。
だって元々、俺は神って思ってたような人なんやんか。あれっ、違 った、ってショックすぎて、未練 たらたら、怨霊 になってもうたけど、それもまあ、今ならまだ修正 可能 なコース。
それもご先祖 様への供養 やろうか。この人が偉大 な神になれるよう、お祀 りすんのも、子孫 の勤 め?
「よろしゅう頼 むわ、そしたら水煙 も、俺に惚 れ直すかもしれへん」
惚 れなおさへん。往生際 悪い。
なんでうちのおとんといい、この初代 といい、うっかり神様なって居残 ってまうような親類 ばっかりやねん?
成仏 をしろ、成仏 を。
まあ、往生際 の悪さでは、俺もふたりを罵 れへんような面 はあるが。
なんせ死なんのやからな。殺しても死なん。
「俺はお前と違 うて、水煙 のことを世界一好きや。宇宙 いち好き。諦 めへんで。虎視眈々 と隙 を狙 ってやる。蛇 のように、しつこく……火のように、熱く」
にやにや言うて、ご先祖 様は額 がくっつきそうな近さで、俺の目を見て、こっちの首根 っこを、ぐいっと掴 んできた。
な、なに? 何すんの? 怖 い怖 い。
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