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25-48 アキヒコ
「お前、道に迷 っているぞ。帰る方向は、あっちやで。ほんまに世話 の焼 ける子や。アホやしなあ。アホな子ほど可愛 いということなんか? 俺も今から、どないしてアホになろうかなあ。賢 すぎてわからへん」
にやにやと、賢 いらしい初代 の男はそう言い残し、俺を投 げた。
投 げてん。ブーン、て。どこへとも知れない暗闇 のほうへ。ものすごい怪力 やった。
俺はまるで消える魔球 かなんかのように、風がぎゅんぎゅん唸 る速さで、錐揉 み状態 になって異界 を飛んだ。
死ぬう! 容赦 がない。絶対 恨 んでる。恨 んでいる奴 にしかできないくらいの仕打 ちや。
このままどっか、果 てしなく飛んでいくんやないか。俺、抹殺 されてもうたんやないか。呪 われたしな。ぶっ殺されたんや、絶対 そうや。
ひどい。なんてことするんや、可愛 い子孫 やのに!
守ってくれてもええやんか、ご先祖 様なんやったら。
普通 の家のご先祖 様はそうやで。子孫 を守ってくれるから有 り難 いんやで。
全然 守ってくれへんで、ただ祟 るだけなんやったら、なんで有 り難 いことあるねん。詐欺 や!
今まで盆 とか正月とかに、お前のために祈 ったり、御神酒 捧 げたり、墓 の掃除 したり、たびたび神社で祈祷 してもろたりしてたんやないか! それがなんやねん、ぶん投げるやなんて!
俺、もう吐 きそう!!
ものすごい重力加速度 や。地球に突 っ込 んでくる隕石 に、心があったらこんな感じか。
行きすぎる風が、燃 えるように熱い。摩擦熱 やろう。燃 えそう。
きっと水煙 も、地球に落ちてくる時には、こんな気分やったんやろなあ。
びっくりしたやろ。月とはあまりに違 う世界や。月がどんなか、俺は知らんのやけども、それでも絶対 、地球とは全然違 う世界やで。
海もないしな、空気もないんや。重力かて地球の六分の一しかない。ふわふわ軽い世界なんやで。
宇宙 から見た真 っ青 な海が綺麗 やなあって、飛 び込 んでみたのはええけども、男に惚 れるわ、それには振 られるわ、子供 はできるわ、それが不良 やわ、しかも近親相姦 の強姦 男やし、子々孫々 にまで祟 るし、その子々孫々 はアホやし、跡取 り作る気もなしで男と結婚 するしやな、お前は二番でええかって言うし、そんな子に惚 れてもうたし、水煙 も散々 や。
地球なんか来るんやなかったって、思ってんのちゃうか。
後悔 してるか。お月さんのとこ帰りたいかな。それやと竹取 物語やで? ストーリー変わってもうてる。
人魚姫 やったのに。月の都に帰りたいのは、竹取 物語のかぐや姫 やもん。
でも、そのお伽話 かて、あながち作り話では、なかったんかもしれへんな。
昔そういうお姫様 が、ほんまに居 ったんかもしれへん。
月から地球にやってきて、ちょっとだけ居 るつもりが、男に次々惚 れられて、帰るに帰られへん。ああどうしようみたいな。
それでも結局 、かぐや姫 は月へと帰る。地球に順応 でけへんかったんやな。
まさかセックスが痛 かったんか。そんな理由、恥 ずかしすぎて後世 に語られていないだけで、実はそうやったんか?
俺も黙 っていよう。皆 もここだけの話にしてくれ。秘密 やで。秘密 やで。
俺も無事 に目がさめたら、全 て忘 れてしまうことにしよか。そんなことが、できるもんなら、忘 れよか。
水煙 様との、たった一度きりの逢瀬 や。そんなもん、俺は憶 えてへん。全く記憶 にございませんと、素知 らぬ顔して生きていこうか?
しかし、そんな薄情 な俺を見て、水煙 は哀 しくならへんやろか。憶 えてないんかアキちゃんと、陰 でため息つかへんか。
それやと、あまりに、可哀想 やないか。
何や知らん、訳 も分からん憶 えてへんうちに、左手の、水煙 泣かせたセンサーが警報 を発して、冥界 から初代の人が駆 けつけてきたりしいひんか?
ヤバい、それは。意味わからへんから。
現実で、いきなり大蛇 出てきたら大騒動 やから。俺、今度こそ乗っ取られてまうで。
そん時、亨 がほんまに俺を守ってくれればええけど。大蛇 VS大蛇 やで。まさに妖怪 大戦やないか。
神通力 を磨 いておかなあかん。いろいろ学んでおかなあかん。そう易々 と体盗 られてたまるか。角髪男 には負けへんで俺は。
無事 に帰れたら、頑張 ろう。無事 に帰れたら、って、祈 る気持ちでブッ飛びつつ、俺は到着 した。現世 に。
がばあって、ベッドから飛び起きていた。ものすご大汗 かいていた。
変な夢見 た! エロかったり怖 かったり! 夢 がかなったり、悪夢 のようやったり。
でも全部夢 やったんや。俺は眠 りに落ちた時と同じ、ヴィラ北野のインペリアル・スイートの、白い新婚 さんベッドの上にいた。
シーツには、ぎょっとするほどの血の染 みが、俺が寝 ていた枕 のあたりから、かなりの広さで染 み付 いていた。
うわっ、なんやねん、これ!
そうやった、俺の血や。寝 る前、瑞希 にがつがつ食われた。
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