548 / 928

25-48 アキヒコ

「お前、道に(まよ)っているぞ。帰る方向は、あっちやで。ほんまに世話(せわ)()ける子や。アホやしなあ。アホな子ほど可愛(かわい)いということなんか? 俺も今から、どないしてアホになろうかなあ。(かしこ)すぎてわからへん」  にやにやと、(かしこ)いらしい初代(しょだい)の男はそう言い残し、俺を()げた。  ()げてん。ブーン、て。どこへとも知れない暗闇(くらやみ)のほうへ。ものすごい怪力(かいりき)やった。  俺はまるで消える魔球(まきゅう)かなんかのように、風がぎゅんぎゅん(うな)る速さで、錐揉(きりも)状態(じょうたい)になって異界(いかい)を飛んだ。  死ぬう! 容赦(ようしゃ)がない。絶対(ぜったい)(うら)んでる。(うら)んでいる(やつ)にしかできないくらいの仕打(しう)ちや。  このままどっか、()てしなく飛んでいくんやないか。俺、抹殺(まっさつ)されてもうたんやないか。(のろ)われたしな。ぶっ殺されたんや、絶対(ぜったい)そうや。  ひどい。なんてことするんや、可愛(かわい)子孫(しそん)やのに!  守ってくれてもええやんか、ご先祖(せんぞ)様なんやったら。  普通(ふつう)の家のご先祖(せんぞ)様はそうやで。子孫(しそん)を守ってくれるから()(がた)いんやで。  全然(ぜんぜん)守ってくれへんで、ただ(たた)るだけなんやったら、なんで()(がた)いことあるねん。詐欺(さぎ)や!  今まで(ぼん)とか正月とかに、お前のために(いの)ったり、御神酒(おみき)(ささ)げたり、(はか)掃除(そうじ)したり、たびたび神社で祈祷(きとう)してもろたりしてたんやないか! それがなんやねん、ぶん投げるやなんて!  俺、もう()きそう!!  ものすごい重力加速度(じゅうりょくかそくど)や。地球に()()んでくる隕石(いんせき)に、心があったらこんな感じか。  行きすぎる風が、()えるように熱い。摩擦熱(まさつねつ)やろう。()えそう。  きっと水煙(すいえん)も、地球に落ちてくる時には、こんな気分やったんやろなあ。  びっくりしたやろ。月とはあまりに(ちが)う世界や。月がどんなか、俺は知らんのやけども、それでも絶対(ぜったい)、地球とは全然(ちが)う世界やで。  海もないしな、空気もないんや。重力かて地球の六分の一しかない。ふわふわ軽い世界なんやで。  宇宙(うちゅう)から見た()(さお)な海が綺麗(きれい)やなあって、()()んでみたのはええけども、男に()れるわ、それには()られるわ、子供(こども)はできるわ、それが不良(ふりょう)やわ、しかも近親相姦(きんしんそうかん)強姦(ごうかん)男やし、子々孫々(ししそんそん)にまで(たた)るし、その子々孫々(ししそんそん)はアホやし、跡取(あとと)り作る気もなしで男と結婚(けっこん)するしやな、お前は二番でええかって言うし、そんな子に()れてもうたし、水煙(すいえん)散々(さんざん)や。  地球なんか来るんやなかったって、思ってんのちゃうか。  後悔(こうかい)してるか。お月さんのとこ帰りたいかな。それやと竹取(たけとり)物語やで? ストーリー変わってもうてる。  人魚姫(にんぎょひめ)やったのに。月の都に帰りたいのは、竹取(たけとり)物語のかぐや(ひめ)やもん。  でも、そのお伽話(とぎばなし)かて、あながち作り話では、なかったんかもしれへんな。  昔そういうお姫様(ひめさま)が、ほんまに()ったんかもしれへん。  月から地球にやってきて、ちょっとだけ()るつもりが、男に次々()れられて、帰るに帰られへん。ああどうしようみたいな。  それでも結局(けっきょく)、かぐや(ひめ)は月へと帰る。地球に順応(じゅんのう)でけへんかったんやな。  まさかセックスが(いた)かったんか。そんな理由、()ずかしすぎて後世(こうせい)に語られていないだけで、実はそうやったんか?  俺も(だま)っていよう。(みな)もここだけの話にしてくれ。秘密(ひみつ)やで。秘密(ひみつ)やで。  俺も無事(ぶじ)に目がさめたら、(すべ)(わす)れてしまうことにしよか。そんなことが、できるもんなら、(わす)れよか。  水煙(すいえん)様との、たった一度きりの逢瀬(おうせ)や。そんなもん、俺は(おぼ)えてへん。全く記憶(きおく)にございませんと、素知(そし)らぬ顔して生きていこうか?  しかし、そんな薄情(はくじょう)な俺を見て、水煙(すいえん)(かな)しくならへんやろか。(おぼ)えてないんかアキちゃんと、(かげ)でため息つかへんか。  それやと、あまりに、可哀想(かわいそう)やないか。  何や知らん、(わけ)も分からん(おぼ)えてへんうちに、左手の、水煙(すいえん)泣かせたセンサーが警報(けいほう)を発して、冥界(めいかい)から初代の人が()けつけてきたりしいひんか?  ヤバい、それは。意味わからへんから。  現実で、いきなり大蛇(おろち)出てきたら大騒動(おおそうどう)やから。俺、今度こそ乗っ取られてまうで。  そん時、(とおる)がほんまに俺を守ってくれればええけど。大蛇(おろち)VS大蛇(おろち)やで。まさに妖怪(ようかい)大戦やないか。  神通力(じんつうりき)(みが)いておかなあかん。いろいろ学んでおかなあかん。そう易々(やすやす)と体()られてたまるか。角髪男(みずらおとこ)には負けへんで俺は。  無事(ぶじ)に帰れたら、頑張(がんば)ろう。無事(ぶじ)に帰れたら、って、(いの)る気持ちでブッ飛びつつ、俺は到着(とうちゃく)した。現世(げんせ)に。  がばあって、ベッドから飛び起きていた。ものすご大(あせ)かいていた。  変な夢見(ゆめみ)た! エロかったり(こわ)かったり! (ゆめ)がかなったり、悪夢(あくむ)のようやったり。  でも全部(ゆめ)やったんや。俺は(ねむ)りに落ちた時と同じ、ヴィラ北野のインペリアル・スイートの、白い新婚(しんこん)さんベッドの上にいた。  シーツには、ぎょっとするほどの血の()みが、俺が()ていた(まくら)のあたりから、かなりの広さで()()いていた。  うわっ、なんやねん、これ!  そうやった、俺の血や。()る前、瑞希(みずき)にがつがつ食われた。

ともだちにシェアしよう!