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25-49 アキヒコ

 そういや瑞希(みずき)はどこ行ったんや。(はら)いっぱいなって、散歩(さんぽ)でもしに行ったんか。  (とおる)もどこ行ったんや。水煙(すいえん)は。  俺はひとりでベッドに()ていた。ぐちゃぐちゃに寝乱(ねみだ)れてるけど、でも一応(いちおう)ちゃんと着ている、パジャマのままで。  (まど)の外にはさんさんと、神戸(こうべ)の朝の日が()っていた。朝というか、もうすぐ昼みたいやった。  寝坊(ねぼう)したんや、俺は。寝坊(ねぼう)なんかしたことないのに。  いつも早朝に目が()めるタイプやのに。調子(ちょうし)(くる)った。夢見(ゆめみ)のせいや。  気持ち悪い。()きそうや。  ご先祖(せんぞ)様にぶん投げられて、えらいめに()うたからや。  まじで()きそう。まるで猛烈(もうれつ)にひどい二日酔(ふつかよ)いの朝か、船酔(ふなよ)いでもしてるみたいや。  でもたぶん、俺は自分に反吐(へど)が出そうやっただけ。  (とおる)はどこへ行ったんやろう。いつもいるのに。朝起きた時にはいつも、俺の(となり)()てたのに。なんで今朝(けさ)はいいひんのやろう。  きっと俺に愛想(あいそ)()きたんや。俺も()きるもん。あいつが()きひんはずがない。  俺は何か、言うたらあかんような寝言(ねごと)でも口走(くちばし)っていたんやないか。  あいつはそれを聞いてもうたんか。あれは(ゆめ)やと()()って、平気で居直(いなお)ってられたんは、(ゆめ)の中にいる間だけやった。  (ゆめ)から()めたら、まさに現実(げんじつ)。それに直面(ちょくめん)してもうて、(のう)みそフラフラ。  また()()かれそうになっている。(だれ)の手でもない、たぶん自分自身の手で、俺は自分を()()いてんのやないかな。  だって、おかしい。ほんまに頭が三つも四つもあるような、化けモンみたいな大蛇(おろち)でもなきゃ、同じ一つの体の中に、あれもええなあ、これもええなあって、(だれ)(かれ)もが世界一好きなような、そんな多情(たじょう)な愛があるわけがない。  (だれ)かひとりにお前が(だれ)より好きやと(ささや)けば、(ほか)のは二番か三番で、それを必死で()そうったって、結局は(うそ)やないか。  (だま)してるだけなのや。都合(つごう)のええ、(うそ)や。  俺は水煙(すいえん)に、(うそ)をついたんやろか。  そんなこと、したくないのに。好きやったのは、ほんまやけど、でも(とおる)()てて、お前を選べる(わけ)やないんや。そんなことするつもり無い。  俺はたぶん、臆病(おくびょう)なのや。また(きず)ついた水煙(すいえん)を見るのが(こわ)い。  可哀想(かわいそう)でしょうがない。それが自分のせいやと思うのがつらい。  昔、別れを()げた女の子たちが、(あわ)れっぽく()(くず)れて可哀想(かわいそう)やった。  俺も一応(いちおう)それのことは、可哀想(かわいそう)やと感じてた。  でも、どないもしようがない。もう愛してへん。それを何とかできへんかった。  もしかしたら俺は、初めから、そのうちの(だれ)も愛してなかったんかもしれへん。  ずっと(だれ)かを(さが)してた。こいつでもない、この子でもない、俺が(さが)している(たましい)を持っているのは、この相手ではないと、いつも不満で、がっかりしていた。  なんでやろう。俺はきっと、おかんを(さが)してるんやろうなと、ずっとそう思ってきたけど、ほんまにそうやろうか。  亜里砂(ありさ)はおかんみたいな女やったで。俺はほんまにあの()が好きやった。  でも、何とはなしに遠慮(えんりょ)があった。  この()でもない。俺が(さが)してんのは、この()ではない。  すごくいい()で、(もう)(ぶん)ない。俺を幸せにしてくれるやろうと思えた。  それでもあかんのや。何であかんかったんやろ。  俺はずっと(さが)してた。自分の()()いになってくれる、(たましい)片割(かたわ)れを。  この世に生まれてきた時からずっと。もしかしたら、その前からずっと。  (だれ)()っても(さみ)しかった。おかんと()っても(さみ)しかったんや。  一番大事な、(だれ)かがいいひん。それが(だれ)なのか、俺にはずっと疑問(ぎもん)やったんやけど、もしかしたら、おとんやないかと、子供(こども)(ころ)は思ってた。  おかん大好き。世界一愛してんのやけど、でもそれは、俺がおかんの息子(むすこ)やからやろ。自分の母親やから(いと)しいんや。それ以上の理由はなにもない。  俺にとっては(もう)(ぶん)のない親やった。ちょっと変でも、(やさ)しかったし、俺をこの世にまた生み出してくれた女や。  でも、それだけやと、足りひんのや。  きっと、俺にはおとんが()らんからやろな。(ほか)の子にはみんな、おとんが()るのに、俺には()てへん。それで(さび)しいんやと、俺は自分を納得(なっとく)させていたけども、でも、実際(じっさい)のところ、どうやったかな。  (たし)かに、おとんが(もど)ってきてくれて、俺は(うれ)しいわ。内心(ないしん)深く喜んでいる。  相当(そうとう)変でも、あれはあれで、俺を見守ってくれる、心強い父親や。  迷惑(めいわく)やけども、(はら)も立つけど、それでもただ()てくれるだけでも()(がた)い。  神さんやからかな。英霊(えいれい)なってもうてるからか。何か()(がた)みがある。  それでも足りひん。おとんが()って、おかんが()っても、(とおる)()てへんと世界が完結しいひんのや。  なんでか知らん。クリスマス・イブの夜、バーに立ってたあいつを見つけて、俺は心底(しんそこ)満たされた。  やっと見つけた。ずうっと(さが)していた(たましい)片割(かたわ)れを。  もう(はな)さへん。これでやっと俺も、心底(しんそこ)(なご)める。  もう(さび)しい(さび)しいと、(なげ)きながら彷徨(さまよ)う必要がない。

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