550 / 928

25-50 アキヒコ

 それで生まれて初めて、俺はにこにこ幸せやった。  七面鳥(しちめんちょう)絵描(えかき)いてたからやないよ。なんでそんな絵描(えかき)いたくらいで、幸せになれるねん。意味わからへんやないか。  俺は絵が好き、()いてりゃ幸せ、それはほんまや。(うそ)やない。  でもその時に幸せやったのは、俺が()いてる落書(らくが)きを見て、(とおる)が楽しそうやったからやろう。  にこにこ笑って俺を見ている、あいつの顔を(おぼ)えてる。綺麗(きれい)な顔や。俺を見ている。  一体お前は今まで、どこをほっつき歩いてたんやろう。ずっと(さが)してたのに。なんで見つからへんかったんや。  不思議(ふしぎ)なもんやなあ、世間(せけん)ていうんは。(せま)いようで広い。  お(たが)(さが)してたはずやのに、見つけるまでに随分(ずいぶん)かかった。  でももう、やっと見つけたし。もう(はな)さへん。(はな)れられへん。  俺をもう、一人(ひとり)にしんといてくれ。  お前が()らんと(さび)しいんや。(さび)しい(さび)しい、(さび)しいてたまらへん。  俺の(いと)しい蛇神(へびがみ)様は、いったいどこへ行ったんや。  お前は俺の運命(うんめい)恋人(こいびと)なんやろう。俺を置いて、どこか遠くへ行ったりしんといてくれ。  やっとお前とずっと永遠(えいえん)に、()()うてられる身の上になったんやで。俺はもうお前と(はな)れたくない。永遠(えいえん)にずっと。  でも何やろう、運命(うんめい)の赤い糸というのが、ほんまにあるんやとしたら、それが今、無茶苦茶(むちゃくちゃ)(から)()っていた。  人間て、生まれ変わる時、いろんな人と()()わされるらしい。  普通(ふつう)、前世のことは(わす)れている。リセットされてる。新しい人生を生きていくため、全く新しい人間として生まれ出てくる。新品(しんぴん)なんや。  でも時には執念深(しゅうねんぶか)く、前に生きてた時のことを(おぼ)えてる(やつ)()る。  よっぽど何か思い残すことや、因縁(いんねん)があったんやろう。  冥界(めいかい)の火で焼かれ、天界(てんかい)の光に()かされて、神々の手による(うす)()かれて、粉々(こなごな)(くだ)かれ、(ふたた)霊水(れいすい)()ねて再生(さいせい)された新品(しんぴん)(たましい)となっても、その中に消え残る前世(ぜんせ)(たましい)欠片(かけら)が、俺はまだ(わす)れてへんでと往生際(おうじょうぎわ)が悪い、そんな(やつ)(まれ)には()てる。  それが俺やなあ、たぶん。  (おぼ)えてはいない。思い出すことはできへんのやけど、漠然(ばくぜん)と感じる。  水地(みずち)(とおる)を知っている。クリスマス・イブの夜に、初めて()うた(わけ)やない。ずっと前から知っていた。  お前は俺のもんで、俺はお前のもんやった。でも、前の時には、うっかり死んでもうたんや。人間やったから。  そして転生(てんせい)()(かえ)し、俺の(たましい)は何度かリサイクルされた。  元は一人分の(たましい)やったもんが、(いく)つかの欠片(かけら)に分かれ、何人かの人間へと生まれ変わったんやろうな。  そんな運命の恋人(こいびと)候補(こうほ)が、世の中には何人も()てるということやろなあ。  油断(ゆだん)できひん。  俺だけやない。俺にとって運命的(うんめいてき)な相手らしいのが、(とおる)(ほか)にも()てるように、(とおる)にもいてるんや。  ヴィラ北野(きたの)支配人(しはいにん)中西(なかにし)さんもたぶんそうやろ。  俺があの人のこと好きなのは、もしかしたら一種のナルシズムやないか。  おとんを好きなのも、そうかもしれへん。  自分とよく()た人間が、この世には五人いてるらしい。そういう言い伝えがある。  そいつはもしかしたら、同じ(たましい)由来(ゆらい)する欠片(かけら)を持っている人間なのかもしれへん。  しかし、何より大事なのは、今生(こんじょう)を生きることや。前世(ぜんせ)がどうやとか、そういうことに、過剰(かじょう)(こだわ)ってもしょうがない。  なんと言うても、それはもう、終わってもうた一生なんやからな。今を生きなあかんのや。  俺は(とおる)を愛してる。なんでそうなったのかには、何か理由があるんかもしれへん。せやけど俺はそれについて、(おぼ)えてへんわ。  ここで重要なのは、俺がただ、あいつを好きやということや。  なんで好きかは一目惚(ひとめぼ)れ。理由なんて、それでええやん。  アキちゃんどうせ面食(めんく)いやねんから。あの顔が好きやったんやということで、(だれ)しも納得(なっとく)できる話やろ。  なんせ美貌(びぼう)や、水地(みずち)(とおる)は。  そんなあいつが、アキちゃん好きやて言うてくれて、()れへんほうが異常(いじょう)なのや。  俺は普通(ふつう)や、(げき)として、人としてもやで、(うるわ)しい神さんの霊威(れいい)()ちた求愛(きゅうあい)に、正常(せいじょう)反応(はんのう)をしただけや。  ()()りどころはここからなのや。(とおる)が好きやに理由は()らん。運命(うんめい)なんて関係あらへん。  前世(ぜんせ)でどうやったかなんて、もう関係がない。ただ好き。それだけなんや。  クリスマス・イブの夜に出会って、始まった(こい)や。まだ一年()ってへん。  俺は(とおる)のことを、まだ八ヶ月分しか知らん。それで永遠(えいえん)に続く一生を共有(きょうゆう)しようなんて、早まった決断(けつだん)やったやろか。  もっとよく考えて、(ほか)にも運命的(うんめいてき)っぽい相手(あいて)()てへんかどうか、ようく確認(かくにん)してから決めるべきやったか。  そうかもしれへん。  運命(うんめい)相手(あいて)が何人もいてる、そういう可能性(かのうせい)はあるからな。  実際(じっさい)、俺には()たわけやから。

ともだちにシェアしよう!