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25-50 アキヒコ
それで生まれて初めて、俺はにこにこ幸せやった。
七面鳥 の絵描 いてたからやないよ。なんでそんな絵描 いたくらいで、幸せになれるねん。意味わからへんやないか。
俺は絵が好き、描 いてりゃ幸せ、それはほんまや。嘘 やない。
でもその時に幸せやったのは、俺が描 いてる落書 きを見て、亨 が楽しそうやったからやろう。
にこにこ笑って俺を見ている、あいつの顔を憶 えてる。綺麗 な顔や。俺を見ている。
一体お前は今まで、どこをほっつき歩いてたんやろう。ずっと探 してたのに。なんで見つからへんかったんや。
不思議 なもんやなあ、世間 ていうんは。狭 いようで広い。
お互 い探 してたはずやのに、見つけるまでに随分 かかった。
でももう、やっと見つけたし。もう離 さへん。離 れられへん。
俺をもう、一人 にしんといてくれ。
お前が居 らんと寂 しいんや。寂 しい寂 しい、寂 しいてたまらへん。
俺の愛 しい蛇神 様は、いったいどこへ行ったんや。
お前は俺の運命 の恋人 なんやろう。俺を置いて、どこか遠くへ行ったりしんといてくれ。
やっとお前とずっと永遠 に、抱 き合 うてられる身の上になったんやで。俺はもうお前と離 れたくない。永遠 にずっと。
でも何やろう、運命 の赤い糸というのが、ほんまにあるんやとしたら、それが今、無茶苦茶 に絡 み合 っていた。
人間て、生まれ変わる時、いろんな人と混 ぜ合 わされるらしい。
普通 、前世のことは忘 れている。リセットされてる。新しい人生を生きていくため、全く新しい人間として生まれ出てくる。新品 なんや。
でも時には執念深 く、前に生きてた時のことを憶 えてる奴 が居 る。
よっぽど何か思い残すことや、因縁 があったんやろう。
冥界 の火で焼かれ、天界 の光に溶 かされて、神々の手による臼 で挽 かれて、粉々 に砕 かれ、再 び霊水 で捏 ねて再生 された新品 の魂 となっても、その中に消え残る前世 の魂 の欠片 が、俺はまだ忘 れてへんでと往生際 が悪い、そんな奴 も稀 には居 てる。
それが俺やなあ、たぶん。
憶 えてはいない。思い出すことはできへんのやけど、漠然 と感じる。
水地 亨 を知っている。クリスマス・イブの夜に、初めて会 うた訳 やない。ずっと前から知っていた。
お前は俺のもんで、俺はお前のもんやった。でも、前の時には、うっかり死んでもうたんや。人間やったから。
そして転生 を繰 り返 し、俺の魂 は何度かリサイクルされた。
元は一人分の魂 やったもんが、幾 つかの欠片 に分かれ、何人かの人間へと生まれ変わったんやろうな。
そんな運命の恋人 候補 が、世の中には何人も居 てるということやろなあ。
油断 できひん。
俺だけやない。俺にとって運命的 な相手らしいのが、亨 の他 にも居 てるように、亨 にもいてるんや。
ヴィラ北野 の支配人 、中西 さんもたぶんそうやろ。
俺があの人のこと好きなのは、もしかしたら一種のナルシズムやないか。
おとんを好きなのも、そうかもしれへん。
自分とよく似 た人間が、この世には五人いてるらしい。そういう言い伝えがある。
そいつはもしかしたら、同じ魂 に由来 する欠片 を持っている人間なのかもしれへん。
しかし、何より大事なのは、今生 を生きることや。前世 がどうやとか、そういうことに、過剰 に拘 ってもしょうがない。
なんと言うても、それはもう、終わってもうた一生なんやからな。今を生きなあかんのや。
俺は亨 を愛してる。なんでそうなったのかには、何か理由があるんかもしれへん。せやけど俺はそれについて、憶 えてへんわ。
ここで重要なのは、俺がただ、あいつを好きやということや。
なんで好きかは一目惚 れ。理由なんて、それでええやん。
アキちゃんどうせ面食 いやねんから。あの顔が好きやったんやということで、誰 しも納得 できる話やろ。
なんせ美貌 や、水地 亨 は。
そんなあいつが、アキちゃん好きやて言うてくれて、惚 れへんほうが異常 なのや。
俺は普通 や、覡 として、人としてもやで、麗 しい神さんの霊威 に満 ちた求愛 に、正常 な反応 をしただけや。
踏 ん張 りどころはここからなのや。亨 が好きやに理由は要 らん。運命 なんて関係あらへん。
前世 でどうやったかなんて、もう関係がない。ただ好き。それだけなんや。
クリスマス・イブの夜に出会って、始まった恋 や。まだ一年経 ってへん。
俺は亨 のことを、まだ八ヶ月分しか知らん。それで永遠 に続く一生を共有 しようなんて、早まった決断 やったやろか。
もっとよく考えて、他 にも運命的 っぽい相手 が居 てへんかどうか、ようく確認 してから決めるべきやったか。
そうかもしれへん。
運命 の相手 が何人もいてる、そういう可能性 はあるからな。
実際 、俺には居 たわけやから。
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