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25-51 アキヒコ

 たぶん、俺にとっては水煙(すいえん)も、前世(ぜんせ)(ふか)因縁(いんねん)のある(たましい)を持った間柄(あいだがら)やった。  俺の中にいた怨霊(おんりょう)が、その証拠(しょうこ)と言えるやろうし、もしかしたら俺はどこかの平行宇宙(パラレルワールド)では、自分に()くっていた初代(しょだい)の男の(たましい)欠片(かけら)に乗っ取られ、(ふたた)び出会った(いと)おしい天人(てんじん)に、やっとお前に追いついた、俺はもう不死人(ふしじん)になった、お前に相応(ふさわ)しい相手として、黄泉(よみ)から()(もど)ったと、愛し愛され、比翼(ひよく)の鳥か、連理(れんり)(えだ)で、古い予言(よげん)見事(みごと)成就(じょうじゅ)させていたんかもしれへん。  でもそれは、選択(せんたく)されなかったコースや。  俺の中にはもう、怨霊(おんりょう)はいいひん。それはもう話したやろう。  (ほか)ならぬ水煙(すいえん)が、俺の(たましい)の中から、自分と呼応(こおう)するはずの(たましい)欠片(かけら)を、()()ってしもたんや。  怨霊(おんりょう)(へび)を引きずり出した。  それによって、水煙(すいえん)と俺はもう、運命の恋人(こいびと)どうしではない。  それでも俺は水煙(すいえん)が好きや。それは怨念(おんねん)ではない。  今生(こんじょう)で出会った後からこっち、ほんの一ヶ月ばかりの間に(なが)めた分だけをとっても、水煙(すいえん)様は(うるわ)しい神さんやった。  俺はその神威(しんい)()れていた。  それは、後遺症(こういしょう)みたいなもん。怨霊(おんりょう)()かれていた傷痕(きずあと)(うず)く。水煙(すいえん)()しい、水煙(すいえん)()しいで、いてもたってもいられへん。  それでも俺は水地(みずち)(とおる)を選んだ。あいつと(ちか)った。永遠(えいえん)に俺はお前のもんやって。  運命の恋人(こいびと)やからと理屈(りくつ)をつければ、(ほか)にもいてる運命の相手に、それを論破(ろんぱ)される。そやから運命ではまずい。  理由はない恋愛(れんあい)でも、俺は(とおる)永遠(えいえん)(ちか)った。言霊(ことだま)に乗せて。(ちか)います(アイ・ドゥ)と。  月に(ちか)った。月読命(つくよみのみこと)に。  偶然(ぐうぜん)とは(おそ)ろしいもんで、その偶然(ぐうぜん)こそ運命か。俺の血のなせる(わざ)やったんか。  月は俺にとっては祖先(そせん)神にあたる。俺を()でてる天地(あめつち)の神の中でも、もっとも結びつきの強い神さんや。  それへの誓約(せいやく)神聖(しんせい)や。必ず()たされなくてはならない。  (とおる)にしときますと、俺は月に(ちか)ったのやしな、それ以外の相手とやってもうたら浮気(うわき)やで。それについては()(わけ)しない。  俺は浮気(うわき)な男やねん。それについても()(わけ)しない。  それはもう、おとんの血やわ。秋津(あきつ)血筋(ちすじ)や。多情(たじょう)なのや。  人間をやめることはできても、おとんの息子(むすこ)をやめる方法はない。親子はどこまでいっても親子なんやし、おとんに()てるのだけは、どうしようもない。  しかし同じ怨霊(おんりょう)()かれているはずの、うちのおとんは一体どうやって、水煙(すいえん)様を(あきら)めたのか。  あっさり俺にご神刀(しんとう)(ゆず)って、(すず)しい顔をしていたけども、それでよう平気やったな。その極意(ごくい)を知りたい、俺は。  なぜなら俺も水煙(すいえん)様を、(あきら)めることにしたからや。  愛していないはずがない。おとんも水煙(すいえん)を愛してたはずや。  なんでって。無理やろ。(うるわ)しの水煙(すいえん)様を愛さずに生きていくのは。無理やから。  (げき)剣士(けんし)の、俺のおとんやったら、絶対(ぜったい)()れているはず。そうでなきゃ、何度も()ったりするわけないやん。  俺もそうして生きていくのか。  もしも生きながらえたら。何度もやるのか、これを。  辛抱(しんぼう)たまらん言うて、何度も(とおる)裏切(うらぎ)っていくのか。  そしてそれを我慢(がまん)してくれ、これも血筋(ちすじ)(さだ)めやと、ずっと言うんか。  そんなこと続けていたら、(とおる)はほんまもんの(おに)になってしまうやろう。そんな気がする。これはその地獄(じごく)に続くコースの、最初の一歩やったんや。  でもまだ今のうちなら、(あわ)てて(もど)ることもできる。(あわ)ててバックして、別のコースに(もど)る。そうやって、やり直せるかもしれへん。もしも(とおる)が、俺を(ゆる)すっていうんやったらな。  それとも俺はもう、(ゆる)してもらわれへんのかな。(とおる)見捨(みす)てられたんか。  やめてくれ。死んでまうから。お前が()いひんと俺は死ぬ。生きていかれへん。  (さび)しすぎて無理。きっと俺も、発狂(はっきょう)する。  (おぼろ)様が変になってるみたいに。()ける(しかばね)(とおる)()いひん、その現実(げんじつ)を受け入れがたくて、いつも妄想(もうそう)のお前と二人連(ふたりづ)れ。きっとそうなる。  自分の心の中にある、(とおる)()ごした時の(あま)(おも)()や、(わす)れがたい記憶(きおく)欠片(かけら)()(すが)って生きていく。死んだほうがましやって(なげ)きつつ。それでもお前が生きているこの世から、立ち去りがたい未練(みれん)の糸で、がっちり(から)め取られてる。  (ほか)(だれ)かと新しい(こい)なんて、できるわけない。  お前あっての世の中や。ライスあってのカレーライスや。ゴハンくださいって(みじ)めに待ってる、それしかできることはない。  (おぼろ)様、なんて気の毒な神や。なんとかしたらなあかん。  俺もそんな、気の毒なアキちゃんになりたくない。  今ならまだ間に合うんや。(とおる)(あやま)ろう。  ごめんなさい、もう二度としません。(ゆる)してください。なんでもします!  浮気(うわき)しません。ほんまにしません。水煙(すいえん)にもちゃんと、もう無理やって言います。  どんなに好きでも、頑張(がんば)って(わす)れます。  ちゃんと(おに)になるしな、(たの)むわ(とおる)、今回だけは見逃(みのが)してくれ。(おが)みます!

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