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三都幻妖夜話(3)神戸編 25-52 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
25-52 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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552 / 928
25-52 アキヒコ
吐
(
は
)
きそう死にそうって、目の前ぼんやり
霞
(
かす
)
んでもうて、足もとフラフラ。そんな
惨
(
みじ
)
めな様(ざま)で、よろめきながら、俺はベッドを
這
(
は
)
い
出
(
だ
)
して、バスルームへ行った。
汚
(
きたな
)
い話で
恐縮
(
きょうしゅく
)
ですが、俺はトイレに行きたかったんや。
吐
(
は
)
きそうやってん。 ほんまに
吐
(
は
)
いたんや。何か、よう分からんもんを、げろげろ
吐
(
は
)
いた。 食いモンやなかった。何か黒い、虫みたいなもん。
物言
(
ものい
)
わねば
腹
(
はら
)
が
膨
(
ふく
)
れるという、
腹
(
はら
)
を
膨
(
ふく
)
らすアレやろう。何か
溜
(
た
)
まってたんや。
腹
(
はら
)
ん中にな、山ほど
溜
(
た
)
めてた。 俺は相当、
我慢
(
がまん
)
してたんや。 実は時々そういうことはあった。
子供
(
こども
)
のころから、
限界
(
げんかい
)
越
(
こ
)
えてストレスたまると、
吐
(
は
)
きそうになったんやけど、ほんまに
吐
(
は
)
いてもうたら、こういうのが
湧
(
わ
)
いて出た。
腹
(
はら
)
に
溜
(
た
)
めてた暗い
情念
(
じょうねん
)
のようなもの。 それが
百足
(
むかで
)
か長虫(ながむし)か、もやっとしてて
得体
(
えたい
)
の知れへん、
禍々
(
まがまが
)
しい
物
(
もの
)
の
怪
(
け
)
の形になっている。 俺はそれだけ、自分を
呪
(
のろ
)
っていたんやろう。
内
(
うち
)
から自分を
蝕
(
むしば
)
んでいた、自分が生んだ
怪物
(
かいぶつ
)
や。 それを、げえげえ
吐
(
は
)
いてもうて、しょうがないから、水に流した。 とりあえず水に流せば何とかなるよ。
水流
(
すいりゅう
)
には
神聖
(
しんせい
)
な力があるから。それがトイレの水でもやで。 というか、
水洗
(
すいせん
)
トイレって元々そういうもんやんか。
不浄
(
ふじょう
)
のもんを、水に流して
浄
(
きよ
)
めるという、そんな便利
機能
(
きのう
)
やで。 火でもええけどな、火はヤバいやろ。
火炎
(
かえん
)
式トイレは
怖
(
こわ
)
いやろ? それやし水やん。
水洗
(
すいせん
)
のほうが体に
優
(
やさ
)
しいよ。
不浄
(
ふじょう
)
のもんを
処分
(
しょぶん
)
するには、
燃
(
も
)
やしてからトイレに流せば
通常
(
つうじょう
)
は
完璧
(
かんぺき
)
なのや。
皆
(
みんな
)
も
憶
(
おぼ
)
えといたら何かの役には立つかもしれへんよ。
振
(
ふ
)
り
込
(
こ
)
め
詐欺
(
さぎ
)
の
偽
(
にせ
)
の
督促
(
とくそく
)
ハガキとか、別れた
彼氏
(
かれし
)
に昔もらったラブレターとかいった、
因縁
(
いんねん
)
めいたもんを
捨
(
す
)
てる
際
(
さい
)
のお
手軽
(
てがる
)
な方法としてさ。 そして
腹蔵虫
(
ふくぞうむし
)
を流すのにもいい。ゲロって
忘
(
わす
)
れてしまうのも、
踏
(
ふ
)
ん
切
(
ぎ
)
りつける一つの手やわ。 俺はしんどい。もう
限界
(
げんかい
)
。こんなのは、もう続けていかれへん。
鬼
(
おに
)
になればと思うけど、どうも俺にはそんな
甲斐性
(
かいしょう
)
はない。 気が弱すぎて、
亨
(
とおる
)
に悪いとは思いつつ、
水煙
(
すいえん
)
や
瑞希
(
みずき
)
も
可哀想
(
かわいそう
)
。どないしたらええか分からへん。追いつめられてアウト。 そしてそのまま
激流
(
げきりゅう
)
に、ずるずる
呑
(
の
)
まれるばかり。そして苦しむばかり。相手もそうやし、自分もそうや。
誰
(
だれ
)
ひとりとして幸せになられへん。 なんでやろ。なんでこんなことになんの。 人は幸せになるために人を愛するんやないんか。 神様は
違
(
ちが
)
うんか。神かて
似
(
に
)
たようなもんなんとちがうんか。
亨
(
とおる
)
は幸せになりたくて、俺と
一緒
(
いっしょ
)
に生きている。俺と
居
(
お
)
ったら幸せやねんて。 そやのに俺はあいつを全然幸せにしてやれてない。
中西
(
なかにし
)
さんとも約束したのに、
亨
(
とおる
)
をしんどい目にばかり
遭
(
あ
)
わせてるんや。
瑞希
(
みずき
)
も
惨
(
みじ
)
めそうな顔してるしな、
水煙
(
すいえん
)
かて
哀
(
かな
)
しい顔ばっかりしてるで。俺かてつらい。 一体
誰
(
だれ
)
がそれで幸せになってんのや。 どこかに、どこかにこの
迷宮
(
めいきゅう
)
の、出口はないんか。 幸せへと続くゴール。これより先は
極楽
(
ごくらく
)
でございますみたいな、
光
(
ひか
)
り
輝
(
かがや
)
くゲートがないか。 俺はそれを、どこかで見落としてんのやないやろか。コース
間違
(
まちが
)
えてんのやないか? どこかに全員でハッピーエンドになれる、そんな
奇跡
(
きせき
)
のコースはないのか。 「
吐
(
は
)
くほど
嫌
(
いや
)
な
夢
(
ゆめ
)
見やったか、アキちゃん」 げえげえ
吐
(
は
)
いてた俺の
背後
(
はいご
)
から、しみじみ
皮肉
(
ひにく
)
っぽい声がした。 俺は半分
涙目
(
なみだめ
)
で、口を
拭
(
ぬぐ
)
って、その声がしたほうを
振
(
ふ
)
り
返
(
かえ
)
っていた。 バスタブのあるほうや。
貝殻
(
かいがら
)
みたいな白いバスタブの中に、
水煙
(
すいえん
)
様が
鎮座
(
ちんざ
)
していた。
太刀
(
たち
)
やない。青い
人型
(
ひとがた
)
のほう。 それの
浸
(
つ
)
かる
風呂
(
ふろ
)
に
注
(
そそぐ
)
ぐ水の
栓
(
せん
)
を、
捻
(
ひね
)
って止めてやっている
途中
(
とちゅう
)
の
姿
(
すがた
)
のままで、
亨
(
とおる
)
がぽかんと俺を見ていた。 あんぐりしていた。口
開
(
あ
)
いていた。
水煙
(
すいえん
)
はいつも通り、
素
(
す
)
っ
裸
(
ぱだか
)
やったけど、
亨
(
とおる
)
はまだパジャマを着てた。 頭ぐちゃぐちゃやった。ついさっきまで
寝
(
ね
)
てたらしい。 実はちょっと前まで俺の
隣
(
となり
)
にいたんや。たまたまちょっと、
風呂
(
ふろ
)
にいただけで。 「なに、
吐
(
は
)
いてんの……?」 ものすご
気色
(
きしょく
)
悪そうに、
亨
(
とおる
)
は俺がトイレに
吐
(
は
)
いたもんを見ていた。 それはキイキイ
呻
(
うめ
)
きつつ、
蠢
(
うごめ
)
く暗い
影
(
かげ
)
やった。 「とりあえず流せ、アキちゃん。その
腹蔵虫
(
ふくぞうむし
)
を」 こともなげに言うて、
水煙
(
すいえん
)
は、俺に
吐
(
は
)
いたもんを
始末
(
しまつ
)
する方法を教えた。 流せばええのか、これ。そんなんで
解決
(
かいけつ
)
つくような化けモンなんか。 でも、俺は
敢
(
あ
)
えてうだうだ言わず、言われたとおりに水を流した。 ざああっと
普通
(
ふつう
)
に水は流れ、その
渦巻
(
うずま
)
きに
揉
(
も
)
まれるように、黒いモヤモヤは、ああーっ、と
可哀想
(
かわいそう
)
な悲鳴をあげつつ、水の流れに
崩
(
くず
)
れるようにして消えていった。
案外
(
あんがい
)
、大したことない
奴
(
やつ
)
らしい。
腹
(
はら
)
に
溜
(
た
)
めてると、えらい目にあうけど、思い切ってゲロってしまえば大したもんやない。 「
夢
(
ゆめ
)
にお前が出てきたんや、
水煙
(
すいえん
)
」 あれは
夢
(
ゆめ
)
やったんやと、俺は思っていた。
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椎堂かおる
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