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25-59 アキヒコ

「苦しむことはない、アキちゃん。俺は身を引く。それに秋津(あきつ)の子らを守るのが、神としての、俺の(つと)めや。(りゅう)(まか)せろ。それを最後に、そろそろ引退(いんたい)させてもらうわ」  元気でなと、水煙(すいえん)はそう言うて、話はそれきりやった。  水煙(すいえん)はもう、話すことはなにもないという顔をしていた。まるでそれが、最終決定みたいやった。  俺はそんな話、今はじめて聞いた。いつ決まったんや、それ。  なんで勝手(かって)に決めてんの。俺が(あるじ)で、お前は俺の太刀(たち)なんやろ。  (たし)かにお前は()(がた)い神さんで、俺は正直(しょうじき)(あが)めたいくらいやけども、でも、俺らはチームなんやろ。家族やろ?  なんで一人(ひとり)勝手(かって)に決めたりできんの。  それええな、さすが水煙(すいえん)、ナイス・アイデア。ほな、それで行っとこかなんて、俺があっさり言うと思うてんのか。  馬鹿(ばか)にしんといてくれ。俺は(くや)しい。 「お前となあ、やってみたはええけど、正直(いた)かったわ。(とおる)にはああ言うたけど、実は逐一(ちくいち):(おぼ)えてるんや。もう二度と、やりたくないわ。海神(わだつみ)のほうがいい。お前より、格段(かくだん)に強いし、それになんというても俺にとっては、同じ海の眷属(けんぞく)で、(した)わしいしな。きっとそこで、幸せになれるよ。心配いらへん」 「(うそ)や、そんなん。口から出任(でまか)せや!」  にこにこ言うてる水煙(すいえん)に、俺は思わず怒鳴(どな)っていた。  正直、(きず)ついていた。俺は今、水煙(すいえん)に、()られようとしている。  元々こっちが別れを()げて、()まんけど俺のことは(あきら)めてくれと、平身低頭(へいしんていとう)、お(たの)(もう)すはずやったのに、なんでそうなる。  水煙(すいえん)瑞希(みずき)が俺ではない(だれ)(ほか)のと、幸せになってくれたら、そのほうがええわと言うてたくせに、なんで、そうか行くのか、ほんなら好都合(こうつごう)やなあって、ホッとできひんのか、俺は。  ほんまは別れるつもりなんかなかったんやないのか。  (いや)(いや)でたまらへん。水煙(すいえん)()てるなんて、ほんまは(いや)やった。そんなことしたくないって、それが本音(ほんね)のところやったんや。  それでも向こう側からあっさり引導(いんどう)(わた)されて、俺は内心(ないしん)、ぶるぶる(ふる)えそうなくらい衝撃(しょうげき)受けてた。  ()(あせ)出るわ、()(いた)いわで、内心(ないしん)ボロボロ。容赦(ようしゃ)のないかぎ(づめ)のある手で、(たましい)を引き(むし)(むし)られるようや。  自分の心の中にある、大事なもんが、無理矢理(むりやり)引きちぎられて、()られるような(おそ)ろしさがある。  お前はもう、俺を(わす)れろと、水煙(すいえん)が言うている。  さよならアキちゃん。さよなら、って。 「俺のこと好きやって言うてたやないか。ただの(ゆめ)か。あっちが(うそ)やったんか。それとももう、心変(こころが)わりしたんか。それがお前か、結局(けっきょく)そういう(やつ)なんか。(うつ)()で……なんて不実(ふじつ)な神や!」  俺はグダグダ言うていた。かなり(なさ)けない状態(じょうたい)やった。  聞いたことある、俺も。その(たぐい)(うら)(ごと)なら、過去(かこ)()ったことある女の子から、さんざん聞いた。  この(おに)、人でなし、やり()げか、人の純情(じゅんじょう)()みにじりやがって。(ゆる)せへん。  ウチのこと、もう愛してへんの。もう()きてしもたん? そんなん(いや)や。お願い()てないで。()てんといてと、泣いて(すが)()く。  そういう光景(こうけい)、頭にいっぱいあったからやろか。  そんなん無様(ぶざま)や、あまりにも(みじ)めったらしくて、とてもできへん。  俺の格好悪(かっこうわる)いとこ、これ以上見せたら、ますます見込(みこ)みなくなる。心が(はな)れてしまうやろう。  アキちゃん好きやて、もう思ってもらわれへんようになる。それやし我慢(がまん)や、男の子なんやから。男が泣くもんやおへんえって、うちのおかんも言うていた。  餓鬼(がき)のように駄々(だだ)こねて、()(わめ)きたい。正直そう思うねんけど、もちろん俺は我慢(がまん)はしたよ。もうお子ちゃまやないから。  しかし内実(ないじつ)大差(たいさ)なしやで。心の中では、なんでやねんて、地団駄(じだんだ)()んで泣いていた。 「アキちゃん……俺がそういう神やということは、最初から知っていたやろう。お前には(とおる)()るやないか。(とおる)(なぐさ)めてもらえ。今はつらくても、俺が()らんようになれば、お前はきっと、ほっとする。結局それが結論(けつろん)なんやろ。お前は俺より(とおる)がええんや。あの子と行きたい。行ったらええよ、好きにすればいい。お前が幸せやったら、俺はそれでええんやしな」  ああ、また()きたい。何か()まってきた。(はら)ん中に、もの言わぬ俺が作ったモヤモヤが。  もっと何か(さけ)びたい。()ろうとしているこの神に、いろいろ(さけ)んで、言うてやりたいことがある。  でも、それが全部、なんでか言葉(ことば)にならへんのや。  なんて言うてええか、さっぱりわからん。  ただじっと、暗い顔して()(だま)り、俺は()()(こら)えてた。 「(うそ)やったんか、ほんまに。(ゆめ)ん中で言うてたことは、全部、(うそ)? 俺はちょっとだけでもお前のことを、幸せにしてやれたんやと思うてた」  でも、それも(うそ)か。もう(おぼ)えてへんのか。  そういうことにするって、決めてもうたんか。  あれは(ゆめ)現実(げんじつ)には起きてへん。どこかの異界(いかい)出来事(できごと)で、お(たが)(わす)れてしまおうって、そういう事になったんか。

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