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25-60 アキヒコ

「ええ夢見(ゆめみ)たよ。幸せやった。でも(ゆめ)(ゆめ)。それが現実(げんじつ)になることはない。それでも良かったんや、お前の父の代までは。俺もそれで満足していた。でももう無理や、アキちゃん。俺もつらい。(こら)えきれへん。お前が好きで、たまらんようになって、(こら)えきれへんようになる。お前のために、(とおる)(みにく)く争うようになるかもしれへん。そんなことはしたくないんや。あいつと()る時、お前はほんまに幸せそうに見える。それを(こわ)したくない。お前の父から、(おぼろ)を取り上げたように、お前から(とおる)を取り上げたくはないんや」  (みにく)いと、水煙(すいえん)は自分を()じていたようやった。  だけどそれは、(だれ)でもそうや。(こい)してんのやから。  (だれ)でも(みにく)い。好きや好きやで必死になったら、(だれ)でも(みにく)(おに)みたいになる。  それは(はじ)か。  (たし)かに格好良(かっこよ)くはないやろう。  (だれ)もが目を(おお)うような修羅場(しゅらば)やろう。  まして、ほんまもんの神、ほんまもんの(おに)やねんからな。(こわ)爆発(ばくはつ)。ただの修羅場(しゅらば)じゃ()まへんで。  水蛇(みずへび)VS海蛇(うみへび)や。怪獣(かいじゅう)やで、怪獣(かいじゅう)。  しかし、それは何という(みにく)い、そして(かな)しい戦いやろか。  (たし)かに(みにく)い。俺は(いと)しい二柱(ふたはしら)の神さんを、そんな()き目に()わせるべきやない。  (だま)って身を引く他はない。撤退(てったい)しろと、水煙(すいえん)様が言うてんのやから、おとなしくそれに(したが)うて、無駄(むだ)足掻(あが)きをするべきやない。  でも、つらい。無理やて分かっていても、駄々(だだ)こねたい。それが()(まま)坊主(ぼうず)ってもんやんか。 「お前はいつも、正しいんやな。そうやって()げていく。(こら)えきれへんようには、なってくれへんのやな。他のアホとは(ちが)うんや。()(がた)い、お高い水煙(すいえん)様なんやもんな」 「おかしいか。それくらいの気位(きぐらい)は、最後に(たも)ちたいって、思うたらあかんか」  (かな)しい顔して、水煙(すいえん)微笑(ほほえ)んでいた。  それは美しい表情(ひょうじょう)やった。(かな)しいまでに、美しい。  そして独特(どくとく)の皮肉めいた、ほろ苦い(どく)がある。それがあんまり(いた)についてて、それ以外の顔をしている水煙(すいえん)なんて、想像(そうぞう)つかへん。 「あかんことない。ただ……俺は」  美しいなあって、俺は思わずひれ()したいような、()(がた)いうちの神さんを、ぼんやり無心に(なが)めていた。  そうして、ぼんやりと()()がってきた、(おのれ)の心の本音(ほんね)のところと、向き合うていた。 「俺は、お前が(くる)うような相手でいたかったんや。でも、そんなん、俺の(おろ)かな自惚(うぬぼ)れで、餓鬼臭(がきくさ)()(まま)やったな」  俺がそう、自嘲(じちょう)して結論(けつろん)すると、水煙(すいえん)(せつ)なそうな、(いと)しいという()みをして、俺を見つめた。 「そうやろか。俺は充分(じゅうぶん)、お前に(くる)っていたよ。アキちゃん、お前は俺の、最後の(あるじ)で、俺の使い手、俺を(まつ)る最後の(げき)や。お前のことを、ずっと(おも)うてる。それだけは、(ゆる)してくれ」  海に消え入る(あわ)になる。人魚(にんぎょ)(こい)(やぶ)れると、海の(あわ)になって、消えてしまうんや。そんな(かな)しい昔話を、俺はまた、ふと脳裏(のうり)に思い出していた。  それは(のろ)いのようや。まるで。  それがお決まりのコース。そうなっても、しょうがない。(かな)しくも、美しい、海から来た者たちの、お(さだ)まりの末路(まつろ)やねん。  そんなん(いや)やと、駄々(だだ)こねたところで、俺も結局(けっきょく)そうやったやないか。  水煙(すいえん)()いてやられへん。(ゆめ)ではない現世(うつしよ)では、結ばれることはない。  水煙(すいえん)()てようとしてたやないか。今もしている。  ()(にえ)になる(げき)の身代わりに、自分を海に()ててしまえと、水煙(すいえん)は俺に言うている。そうしようかと、俺が決めれば、そうなってしまうんや。  そうやって()()(すく)い、水煙(すいえん)(あわ)れ海の藻屑(もくず)に。そして俺は(とおる)と、ずっと幸せに生きていこうかな。それでハッピーエンドやって、そんなオチやで。  そうして、俺はいつまでもいつまでも幸せに()らせるのか。ほんまにそうか。  水煙(すいえん)手放(てばな)す、こいつを海に()()てる、その瞬間(しゅんかん)を、いつまでも永遠(えいえん)(おぼ)えていて、激痛(げきつう)とともに思い出してるんやないか。  勝呂(すぐろ)瑞希(みずき)()ってもうた、その瞬間(しゅんかん)を、いつまでも白昼(はくちゅう)悪夢(あくむ)として、()(かえ)し思い返していたように。  そしてそれが、(とおる)()ごす幸せすぎる毎日の中で、深く()さった(するど)(とげ)のように、俺の心のどこかを(くさ)らせていた。  それと同じ(のろ)われた(きず)を、俺はまた、自分に(あた)えようというのか。  二度目のそれは、()えられるやろか。  瑞希(みずき)(もど)ってきてくれたけど、水煙(すいえん)はもう二度と、(もど)って来ないんやろ。 「どうしたらええか、わからへん」  途方(とほう)()れて、俺は水煙(すいえん)にそう、泣きついた。  ぼんやりしたような、ゆらめく声やった。今にも気絶(きぜつ)しそうな、ぼけっとした声や。 「(なや)む必要はない。(ほか)に手はないんや。(りゅう)(いの)れ。太刀(たち)をやるから、神戸(こうべ)(あきら)め、引き返してくれと」 「(いや)や……俺はそんなん、したない」

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