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25-61 アキヒコ

駄々(だだ)をこねるな。それはお前の義務(ぎむ)なんや。血筋(ちすじ)(つと)めなんやで。お前の父も祖父(そふ)も、そうやって生きて死んだ。そうして人を(すく)うから、お前もこの世に生きることを(ゆる)されている。化けモンやない、人の子で、巫覡(ふげき)の王として、(あが)められる存在(そんざい)になれるんや」  やんわり俺をたしなめる水煙(すいえん)の声は、(やわ)らかな美声(びせい)やったけども、それでもどこか、きっぱり(こば)むような、強い(しん)を持っていた。  (てつ)でできてる。水煙(すいえん)は、結局(けっきょく)そういう(やつ)や。  俺を(たよ)って、(あま)えてはくれへん。()(まま)言うてはくれへんのや。  アキちゃん好きや、ずっと俺を、(はな)さんといてと、(とおる)のようには、俺に(すが)ったりしいひん。 「偉大(いだい)なものになれ、か? 俺はもう、そんなん考えんでええんやって、言うてたやんか。俺はなりたくない。偉大(いだい)な者なんて、ならんでええんや。普通(ふつう)でかまへん。普通(ふつう)絵描(えか)いて、お前とも、(とおる)とも、おかんやおとんや、(ほか)にも自分の大事な人らと、普通(ふつう)に幸せに()らしていたいんや。なんであかんの。その絵の中に、お前も()ったら、なんであかんのや。それやと(いや)やで、俺は。それやと絵が完成しいひん。その絵には、お前も()らんと、俺は幸せにはなられへんのやで」  くどくど言うて、(すが)()くのは俺のほう。それが痛恨(つうこん)(きわ)み。  心の(おく)の深いところに、まるで()(きざ)まれるような(いた)みがあって、助けてくれって思うけど、水煙(すいえん)様はそれから俺を(すく)ってくれる神さんやない。  ずうっとそうやった。二千年前、(あわ)れな怨念(おんねん)(へび)が、(にが)(せつ)なく見つめていた(ころ)から、この青白い神さんは、冷たい(てつ)でできていたんや。 「アキちゃん……(あきら)めろ。そういう運命(さだめ)や。お前はもう、選んだんや。俺ではなく、水地(みずち)(とおる)を。もはや流れは(さだ)まった。それに(さか)らえる者はおらへんのやで。太刀(たち)の一本ごときを()しんで、お前は三都(さんと)(ほろ)ぼそうというのか。(なさ)けない……巫覡(ふげき)の王の名が泣くわ!」  静かでも、()りつけるような強さで怒鳴(どな)られて、俺は内心(ないしん)、ほんまに(ふる)()がった。  全身の(はだ)粟立(あわだ)つような、強い霊威(れいい)を感じ、(ふる)えながら、(おも)()がれている。  水煙(すいえん)、お前は、美しい神や。なんとしても()がものに。  そやのに、なんでか、手が(とど)かへん。もう一度、強く()きしめたいような(せつ)なさが(むね)にあるのに、満たされへん。  引いていく(しお)を、(きし)()()く手だてが何もないように、ただそれを、見送るしかない。 「強い男になれ、アキちゃん。俺は強いのんが好きなんや。負け犬のはく太刀(たち)には、なりとうない。俺の(あるじ)になりたいんやったら、(だれ)より強い男になって、見事(みごと)にこの(まち)(すく)ってみせろ。そしたら生涯(しょうがい)永久(えいきゅう)に、お前に()()いてやる。たとえ彼岸(ひがん)此岸(しがん)に別れても、お前のことをずっと愛してる。それ以外の道などないんや。覚悟(かくご)を決めろ。お前も神の血を引く、血筋(ちすじ)(すえ)やろ。(おのれ)は泣いても、人界に()くして、生きていけ」  (きび)しい神やねん、水煙(すいえん)は。  大人(おとな)って、なんで、泣いたらあかんのやろ。餓鬼(がき)のころには俺も惰弱(だじゃく)で、なにかといえば、(かく)れて泣きべそ。そんな(なさ)けない餓鬼(がき)やったんやけどな。いつしか(なみだ)(こら)える技能(ぎのう)を、身につけていた。  泣きたいような気がしたんやけど、ほんまには泣かれへん。どないして泣くんやったか、もう、思い出せへんのや。  それは俺がよっぽど、(おに)やという事なんやろか。  (おに)かて泣くらしいのに。(おに)の目にも(なみだ)って、(ことわざ)にもあるやんか。  どんな(おに)のような(やつ)にかて、(なみだ)する心はあるんやという意味の、(ことわざ)やで。昔の人は、ええこと言うてる。  俺は(おに)以下や。  もう行くという水煙(すいえん)に、(なみだ)を流して()(すが)りたかったけども、どうやってそれをやればええのか、俺はもう、分からんかった。  そやから、どうにもしょうがない。ただ呆然(ぼうぜん)として、神の言葉に()たれ、内心でだけ、のたうち回る断末魔(だんまつま)(へび)のように、(もだ)え苦しんでいた。 「お前が……好きや。ずっといてほしい」  そこにいた(へび)が死に、()(がら)だけになったような心で、俺はやっと、それだけ言うてた。 「そうか。ありがとう、アキちゃん。お前がそう言うてくれただけでも、俺は満足や」  まるで俺がもう、(りゅう)退治(たいじ)の手はずに同意したかのように言うて、水煙(すいえん)は静かに微笑(ほほえ)んでいた。  それは人の身では、到底(とうてい)動かしがたいような、神の結論(けつろん)やった。 「(なまず)()(にえ)(だれ)をやるか、ヘタレの(しげる)はどうあっても、(くじ)取りをしたいらしい。本家だけに大役(たいやく)()しつけるのが、どうにも(いや)やと、あれは言うてる。好きにさせてやれ。(くじ)をとろうが、何をしようが、一度(さだ)まった運命(うんめい)は変わりはせえへん。水(みずうら)()けば、天地(あめつち)は、(とら)をやれと答えるやろう。(りゅう)には俺をやれ。それでこの難局(なんきょく)は乗り切れる。お前もとうとう、一人前(いちにんまえ)や」

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