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25-62 アキヒコ

 (たの)もしい俺を言祝(ことほ)ぐような(ほこ)らしさで言うて、水煙(すいえん)はいかにも、満足げやった。  長い年月をかけて()り上げた、秋津(あきつ)血筋(ちすじ)(すえ)に、とうとう生まれた不死人(ふしじん)に、心底(しんそこ)満足しているようやった。  それと()()うご神刀(しんとう)や、水煙(すいえん)は。  それは決して、(あま)いような関係やない。  切れ味(するど)白刃(はくじん)()るう、その(わざ)(きわ)みに、一瞬(いっしゅん)だけ(あらわ)れる愉悦(ゆえつ)に満ちた和合(わごう)。その一時(ひととき)だけが、俺とお前の逢瀬(おうせ)やと、じっと見つめる水煙(すいえん)の、強い目が語りかけていた。  それはもう、(さだ)まった道や。水煙(すいえん)はそう、覚悟(かくご)を決めている。  俺がどう泣きつこうが、()らぐような弱い決意ではない。  ()れた()れたと(みにく)く争い、身(もだ)えるような無様(ぶざま)を、水煙(すいえん)はもう(さら)したくないんやって。  そんなんするくらいなら、(いさぎよ)く身を引くわと、水煙(すいえん)様はそう言うていた。  それに俺が、どう(さか)らえるやろ。(おそ)()って、(したが)うしかない。  自分も無様(ぶざま)(さら)したくないならば。一夜(いちや)(かぎ)りの(ゆめ)やったと、(すべ)(こら)えて引き下がるしかないわ。 「水浴びて、(あせ)を流していけ、ジュニア。それは水(みずうら)(あらわ)れる、姿(すがた)なき天地(あめつち)の神への礼儀(れいぎ)や。(みそ)ぎして、(きよ)めた体で運命(うんめい)の声を()け」  (みちび)師匠(ししょう)の声で言う水煙(すいえん)指図(さしず)に、俺は(だま)って(うなず)いた。  (ほか)になんも、することないしな。(たし)かに大汗(おおあせ)かいていた。  シャワーでも、浴びようか。まさか()(がた)水煙(すいえん)様のいる風呂(ふろ)に、俺もいれてと言う(わけ)いかへん。  俺は(こば)まれた。代々(だいだい)当主(とうしゅ)がそうやったように、俺も水煙(すいえん)に、拒否(きょひ)されていた。  そやのに()()れしくするわけには、いかへんやろ。  それで大人(おとな)しく服()いで、俺は頭から冷や水を浴びた。  冷たい水やった。(なだ)(なだ)の宮水(みやみず)や。(おそれ)ろしく(きよ)い。  今さら水煙(すいえん)に、(はだか)見られて()ずかしいとは、ちっとも思えへんかった。何もかも(さら)してもうた後や。(すべ)て今さら。(かく)しても無駄(むだ)やもん。  ただ、ものすごく、肩口(かたぐち)にある(きず)に、水が()みた。()けた鉄でも()しつけられたような、()えた指で(すが)()かれたような、そんなひりつく傷痕(きずあと)やった。  おかしいなあと、俺はぼんやり思っていた。  あれは(ゆめ)やろ。(ゆめ)のはずや。  俺に()かれて水煙(すいえん)が、必死で(すが)()いてた、あれは(ゆめ)なんやろう。  そやのになんで、現世(げんせ)にある俺の()に、その時()()むようやった、水煙(すいえん)の指の(あと)が残っているんやろう。  (たし)かにあれは(ゆめ)やけど、俺は(わす)れたくない。あの時の抱擁(ほうよう)の、(いた)いほどの強さを。きっとそれを、一生(おぼ)えてる。  (のろ)われた、深い傷痕(きずあと)のように、ずっとこの身に(おぼ)えているままやろう。  水煙(すいえん)はその(きず)を見ているようやった。  それでも何も言うてはくれへんかった。ただじっと、何考えてんのか分からん、心も感情(かんじょう)もないような目で、俺を見ているだけで。  そして水垢離(みずごり)を終えた俺が、体()きつつ()()っているのを(なが)め、水煙(すいえん)は言うた。 「いよいよやなあ。また二人(ふたり)で、熱く()えようか。死の舞踏(ぶとう)が始まれば、()らなあかん(おに)は、()いて()てるほどいる。こないだの船の()やないで。()って()って()りまくれ」  (あわ)微笑(びしょう)()かぶ、青白い顔で、水煙(すいえん)はバスタブから俺を見上げていた。  美しい神やと俺には思えた。湯縁(ゆべり)にくつろぎ、戦意(せんい)()えてる(あわ)水煙(みずけむり)をまとった姿(すがた)は、とても美しい。 「どないなるか、わからへん。準備(じゅんび)万端(ばんたん)、整えたけども、運命とは気まぐれなもんや。何かのちょっとした手違(てちが)いで、突然(とつぜん)、流れが変わることもある。気をつけなあかん。死の舞踏(ぶとう)と戦う者の中には、死者も出る。お前がそうならんとも(かぎ)らへん。油断(ゆだん)はするな。生きて祭壇(さいだん)まで辿(たど)()け」 「一緒(いっしょ)に行くんやろう、お前も」  まさかそれも反故(ほご)やないやろ。(ゆめ)の中では、お前が俺にそう(たの)んでたんやないか。  自分も連れて行ってくれ。()てるのは、その戦いが終わった後にしてと、お前が俺に懇願(こんがん)していた。  なんで(ぎゃく)になってんの。俺はいかにも気弱みたいな、お(すが)りモードやったわ。 「一緒(いっしょ)に行く。それとももう、(ほか)武器(ぶき)でも調達(ちょうたつ)したんか」  意地悪そうな口調で、水煙(すいえん)(たず)ねてきた。  そんなもん、あるわけないと知ってるふうな口振(くちっぷ)りやった。 「俺に使われるのは、もう(いや)か?」  そうやって言われたらどうしよう。俺は相当(そうとう)(みじ)めっぽい顔でもしてたんか。(たず)ねた俺に、水煙(すいえん)(こま)ったような顔で微笑(ほほえ)んでいた。 「そんなわけないやろう。どうしたんやジュニア。俺はお前の太刀(たち)なんやろう。お前が当主(とうしゅ)で、俺はその守り刀や。何に()えてもお前の身を、守ってやる」 「俺はお前に守られたかった(わけ)やない。お前のことを、守ってやりたかったんや」  おかしいなあ。なんで過去形(かこけい)なんやろ。  俺がしょんぼりそう言うと、水煙(すいえん)はほんまに、(こま)ったような、(かな)しいような顔をして、俺から目を()らした。

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