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25-63 アキヒコ
「そうか。ありがとう。でも俺は、守ってもらわんでも平気や。亨 を守っておやり。あの神と、手を携 えて生きていけ。俺と居 るかぎり、お前は戦い続けることになる。そんな一生、お前は嫌 なんやろう」
嫌 や。俺は、争いごとは嫌 いやし。喧嘩 するより、我慢 している。その方が性 に合ってる。
戦って、どうなんの。そこから何か、生まれんのか。
しょうもない。そんなことしてる暇 があるなら、俺は好きな絵描 いてたい。
平和主義とか、そういうのやないんや。俺はただ、怖 いだけ。
戦いの空気に呑 まれて、自分までそれに染 まる。そういうのが、怖 いんや。
自分の中に、熱く燃 えてる火がある気がする。
今は抑 え込 まれた熾火 になって、それは眠 っているけども、ひとたび何かで掻 き立 てられれば、もう抑 えきれへんような強い火になる。
何もかも焼 き尽 くすような業火 になって、暴 れ出 す。そんな予感がして、怖 いんや。
自分が平和なぼんくらの坊 では、居 てられへんようになるんが怖 い。
俺はたぶん、ずうっと知っていたんやろう。自分の中に怨霊 がいることを。
子供 のころから、ずっと知ってた。
ひとたび箍 が外れると、俺は鬼 になる。
初代の男がそうやったような、血も涙 もない男に化けて、弱い者を顧 みず、強い者でも叩 きつぶそうとするかもしれへん。
戦いと、血を求める、悪鬼 と化すかもしれへんわ。
それが怖 くて、戦うのが嫌 や。餓鬼 の頃 かて、他愛 もないチビの喧嘩 で、ぶん殴 られてムカついても、殴 り返 されへんかった。
怖 いんや。俺はもしかしたら、相手が死ぬまで殴 るかもしれへん。
たとえ体は子供 でも、俺には通力 があるんやから。
怒 ったらあかんえと、おかんは強く俺を諭 していた。
あんたは怒 ったらあきません。腹 の立つこともあるやろうけど、それを堪 えて、我慢 しなあかん。
あんたは普通 の家の子とは違 うんえ。天狗 さんの子や。
あんたが怒 れば嵐 が吹 き荒 れ、雷鳴 が轟 く。そういう力を持った子なんえ。
お友達 と喧嘩 して、殺 したいほど憎 いんか。人殺しになりたいんどすか。
そうでないなら、怒 ったらあかんえと、おかんは真面目 な暗い顔をして、俺を叱 った。
その時のおかんの綺麗 な顔の怖 さが、いつも脳裏 に焼き付いていて、その話が脅 しではない、もしもほんまに激怒 して、相手を睨 めば現実になる、そういうもんやという確信 があった。
剣 とは殺しやと、新開 師匠 は言うていた。そうかもしれへん。
俺は剣道 は好きなんやけど、それも血を好む我 が身 の業 な気がするわ。
その道を行けば、いずれ修羅 の道へと辿 り着 く。そういう気がして怖 あて、どうも上達 しいひん。
しかしそれは、相手が人間やからやろう。罪 もない人を殺してもうたら、俺が鬼 や。
そやけど相手が鬼 なんやったら、それを斬 る俺は何。ヒーローか?
そういう事なんやろな、結局な。
自分も鬼 や、人ではない。そもそもご先祖 様からして、人でなし。神か鬼 かというような、妖 しい出自 の生まれや。
そんな不気味 なやつが、人の世で人に愛されようと思ったら、ヒーローになるしかない。
正義 の味方 や。そのための通力 や。人を救 うために、振 るう力や。
そやから俺を、許 してくれ。人の世の一員 として、受け入れてくれ。
そしたら俺は皆 のために、身を賭 して働 くから。
どうか俺のことを鬼 や悪魔 やと、嫌 わんといてくれ。
俺は寂 しい。
愛 しいこの世に、受け入れられたいんや。俺もここで幸せに、生きていきたい。
当たり前に家族を養 い、それを守って、生きていきたい。
結局 それがずっと、秋津 の家の者たちの、もうひとつの悲願 やった。
そして水煙 が教えた、究極 の奥義 でもあった。
人に愛されたければ、神になるしかないんや。そうでなければ、鬼 なる。
何を斬 るのか決めるのは、水煙 ではない。その柄 を握 ることを許 された男が決める。
いくつもの位相 を渡 れる力を持った、神の太刀 を振 るって、鬼 も斬 れるが、人でも斬 れる。
神も悪魔 も斬 れるやろう。幽霊 だって斬 れる。俺が何を斬 る、何者になるのかは、他 の誰 でもない、俺自身が決めるんや。
そやから恐 れることはない。
自分が鬼 になるかなんて、恐 れる必要はない。
そうはならへん、俺は正義 の味方やし、巫覡 の王や。ええモンなんやで。
皆 を守って戦っている。そうして世間 の役 に立つ。
有 り難 いお方と畏 れられ、崇 められる、お屋敷 の暁彦 様や。
それが俺やと、自分を戒 め、強く暗示 をかけてる限 り、俺は俺を、恐 れる必要はない。
自分を縛 る呪縛 の力で、自分の中にいる鬼 を、封殺 していられるうちは。
「水煙 。俺は、戦うのが嫌 なんやない。怖 いんや。俺も鬼 になってしまうんやないか。お前に泣いて斬 られるような、そんな悪いモンに、なってまうんやないかって、怖 くてたまらへん」
「お前がそんなモンに、なるわけないよ。優 しい子やねんから」
驚 いたような淡 い苦笑 で、水煙 は悩 みもせずに否定 した。
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