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三都幻妖夜話(3)神戸編 25-66 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
25-66 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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25-66 アキヒコ
囁
(
ささや
)
き声でそう言われ、俺は
一応
(
いちおう
)
頷
(
うなず
)
いたけど、どうしてええかわからんかった。 どうすればその
傷
(
きず
)
が消えるのか、
見当
(
けんとう
)
つかへん。 「
水煙
(
すいえん
)
、あのな、
今日
(
きょう
)
はずっと、この
格好
(
かっこう
)
でいてくれ。お前のこの
姿
(
すがた
)
が、俺は好きなんや。お前を
無難
(
ぶなん
)
な
姿
(
すがた
)
に変えようなんて、俺がアホやった。どんな
姿
(
すがた
)
をしてようが、それがお前のほんまの
姿
(
すがた
)
やったら、きっと
皆
(
みな
)
にも分かるやろう。お前が美しい神やということが」 「そうやろうか、アキちゃん。お前の
恥
(
はじ
)
にはならへんか」 ぼんやり心配げな声で、
水煙
(
すいえん
)
は
訊
(
たず
)
ねてきた。 その時、どんな顔をしていたのか、俺には見えへんかった。
抱
(
だ
)
きかかえた体を、ぎゅうっと強く、
抱
(
だ
)
きしめていたせいで。 「アキちゃん……そんなに強く、
抱
(
だ
)
かんといてくれ。
胸
(
むね
)
が苦しい……」
押
(
お
)
しつぶされそうやと、
切
(
せつ
)
なげに苦しんで、
水煙
(
すいえん
)
はそれでも、
萎
(
な
)
えた
腕
(
うで
)
なりの強さで、俺を
抱
(
だ
)
き返してくれた。 これが最後の
抱擁
(
ほうよう
)
や。もう二度と、こんなことはないと、
触
(
ふ
)
れあった
肌
(
はだ
)
から、そう
諭
(
さと
)
されているような気がした。これを最後にしておけと。 そうや、俺には、
亨
(
とおる
)
が待ってる。この身を二つに
引
(
ひ
)
き
裂
(
さ
)
いて、
片方
(
かたほう
)
を
水煙
(
すいえん
)
にやるわけにはいかへん。 死んでまうやろ、そんなことしたら。死んでしまう。 でも俺の
魂
(
たましい
)
は、実はもう二つに、
引
(
ひ
)
き
裂
(
さ
)
かれた後やないやろか。
水煙
(
すいえん
)
を手放す自分を思うたら、
引
(
ひ
)
き
裂
(
さ
)
かれた
魂
(
たましい
)
の一部が、
怖
(
おそれ
)
ろしい
断末魔
(
だんまつま
)
の悲鳴をあげて、死ぬような気がする。 それは
怨霊
(
おんりょう
)
の声か。そうやない。俺の中に
怨霊
(
おんりょう
)
は、もう
居
(
い
)
てへんのやから。 それは俺の声で、俺の
悲鳴
(
ひめい
)
や。
水煙
(
すいえん
)
恋
(
こい
)
しい。そういう声や。 俺もなんて、
多情
(
たじょう
)
な
蛇
(
へび
)
やろ。もうアキちゃん、殺さなあかん。
皆
(
みな
)
もそう、思うやろ? 俺かてそう思うんや。俺はもう、自分で自分を殺さなあかん。 自分の
魂
(
たましい
)
の中にある、
水煙
(
すいえん
)
恋
(
こい
)
しい言うてる部分を、泣いて
斬
(
き
)
るしかないんや。 そして、だらだら血を流す。苦しい
痛
(
いた
)
いて
悶
(
もだ
)
え苦しむ。それを
隠
(
かく
)
して、にこにこ生きていかなあかん。 「お前には俺の
魂
(
たましい
)
が、見えるんか、
水煙
(
すいえん
)
。その
魂
(
たましい
)
の、俺がお前を愛してるところを、
千切
(
ちぎ
)
って持っていってくれへんか。俺はお前にも、俺をやりたいんや。今でもまだ、俺が
欲
(
ほ
)
しいと思うてくれてんのやったら、俺の
魂
(
たましい
)
の
欠片
(
かけら
)
だけでも、持っていってくれ」 俺は本気でそう
頼
(
たの
)
んでた。苦しいんや。
引
(
ひ
)
き
裂
(
さ
)
かれそうで苦しい。 そんならいっそ、
裂
(
さ
)
いていってくれ。お前の神の手で。 でも
水煙
(
すいえん
)
は、それはあかんという顔で、やんわり首を
振
(
ふ
)
って
拒
(
こば
)
んだ。 「無理やアキちゃん。そんなことしたら、お前は死んでしまう。
魂
(
たましい
)
を分けることなんか、できへんのやで」 でも、もし、そんなことがほんまにできるんやったら、俺もそうしたいと、
水煙
(
すいえん
)
は俺に教えた。
水煙
(
すいえん
)
愛
(
いと
)
しいと、思うてくれている、その
魂
(
たましい
)
の
一欠片
(
ひとかけら
)
だけでも、もぎ取って
喰
(
く
)
らいたい。
愛
(
いと
)
おしいお前を、俺も自分のものにしたい。たとえ
一欠片
(
ひとかけら
)
だけでもな。
囁
(
ささや
)
く心の言うとおりの、
愛
(
いと
)
おしそうな
仕草
(
しぐさ
)
で、
水煙
(
すいえん
)
は青い
頬
(
ほお
)
を、俺の
頬
(
ほお
)
に
擦
(
す
)
り
寄
(
よ
)
せたけど、もうキスはしてくれへんかった。 すぐに
離
(
はな
)
れて、ため息とともに、こう言うた。 「無理なもんは無理や。しょうがない。
諦
(
あきら
)
めるしか、しょうがないなあ」 にやりと言うてる苦笑いの顔は、まさしく
水煙
(
すいえん
)
様のご
尊顔
(
そんがん
)
やった。 この
諦観
(
ていかん
)
の、
皮肉
(
ひにく
)
な
笑
(
え
)
みこそ、
水煙
(
すいえん
)
様の
魅力
(
みりょく
)
やったかもしれへん。
怖
(
おそれ
)
ろしくて
哀
(
かな
)
しい、なんて
麗
(
うるわ
)
しい神や。 そして
切
(
せつ
)
なく、つれない神や。 もう幸せそうには、
微笑
(
ほほえ
)
んでくれへん。 俺は
結局
(
けっきょく
)
、
水煙
(
すいえん
)
のことを、幸せにはしてやられへんかったのか。 さっきのあの
微笑
(
ほほえ
)
みは、
一瞬
(
いっしゅん
)
だけ見えた、
奇跡
(
きせき
)
みたいなもんやった。それを
拝
(
おが
)
めただけでも、俺は代々の
当主
(
とうしゅ
)
の中で、とびきり幸運な
奴
(
やつ
)
やったんや。 「この
姿
(
すがた
)
で行くわ。
車椅子
(
くるまいす
)
に
座
(
すわ
)
らせて。
宴
(
うたげ
)
の間は、
瑞希
(
みずき
)
に
面倒
(
めんどう
)
みさせるからな、アキちゃんは俺のことは、放っておけばいい。あの犬な、
今日
(
きょう
)
は一日、
余計
(
よけい
)
なこと考える
暇
(
ひま
)
もないくらい、俺がこき
使
(
つこ
)
うといてやるから、それも何も心配せんでええよ」 にやにや言うてる
水煙
(
すいえん
)
様は、
如才
(
じょさい
)
なかった。 俺はそれに、
畏
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
った。
有
(
あ
)
り
難
(
がた
)
やと、
崇
(
あが
)
め
奉
(
たてまつ
)
りたいような神さんやった。 遊んでおいでと
許
(
ゆる
)
す、その神のごとき
寛大
(
かんだい
)
さも、どこかおかんを思わせた。 俺のおかん、
秋津
(
あきつ
)
登与
(
とよ
)
は、もしや
水煙
(
すいえん
)
様を
理想
(
りそう
)
の自分として、それを
模範
(
もはん
)
と生きてきた女やったんかな。 「行こう、アキちゃん。もうとっくに
遅刻
(
ちこく
)
してんのやで。ヘタレの
茂
(
しげる
)
が
神経
(
しんけい
)
切れてる」 ほんまにいつまで
大崎
(
おおさき
)
先生は、ヘタレの
茂
(
しげる
)
なんやろか。 なんでヘタレの
茂
(
しげ
)
って言うんや、
水煙
(
すいえん
)
までが。おとんがそう
呼
(
よ
)
んでただけやろ。 もしかして、
違
(
ちが
)
うんか。
水煙
(
すいえん
)
がそう
呼
(
よ
)
んでたんか。それを、おとんがパクってただけか。 実は
案外
(
あんがい
)
、
舌鋒
(
ぜっぽう
)
鋭
(
するど
)
い神さんなんか。
水煙
(
すいえん
)
て、
毒舌
(
どくぜつ
)
なんか?
毒
(
どく
)
があんのか、あの、ちっさい白い
舌
(
した
)
には。
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椎堂かおる
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